第77話 月夜野vs桜
いつも外に出た直後の風の匂いで季節を感じる……。
今日熱風だった風がいつの間にかぬるくなっている事に気が付く……。
工事したてのアスファルトが夏の日差しで溶け、その上を自動車が走る……何台ものタイヤが焼け、ゴムの焼ける様なツンとした臭いが俺の鼻を刺激する。
我慢しながら少し歩くと、今度は近くの公園から草と土が焼ける匂いがしてくる。
色々と焦げた匂いが混ざり合う夏の匂い……つい昨日まで、そんな匂いだったのに、今日はどこからかほのかにキンモクセイの匂いがする。
昼の暑さは相変わらずだけど……この匂いで、「そろそろ秋が近付いていると……」
「お兄ちゃんと彼女の間に空きも近付く今日この頃、秋は別れの季節」
「──別れねえよ! ってか人がちょっと感傷的な表現をしようと思っていたのに……俺だってそう言う表現も出来るんだ、ただのオタクじゃないんだっていう所を見せようと思ったのに!」
「お兄ちゃんに文学的才能は無いよ、ビデオで見たけど勝った時のコメント、『嬉しいです』しか言って無かったよ、もう少し気の聞いた事言わないと」
「その時は小学生だったんだからしょうがないだろ!」
「まあ、そんな事はどうでもいいんだけどね、別に別れなくても良いから、昨日言った事、お兄ちゃんの彼女さんの許可さえ降りれば私の処女を貰ってくれるって約束は必ず守ってよね!」
「──あ、ああ……」
桜が家に来てから二日間が過ぎた。その間毎日桜の夜討ち朝駆けが続いている……桜は俺の寝ている隙や風呂トイレ、あらゆるタイミングを狙って俺を襲ってくる。
引退して数年の俺と桜じゃあ、実力は拮抗っていうか、場合によっては押される状況だった。体格差を高速タックル等の高等テクニックでどうにかしてくる桜に、俺は身の危険を感じていた。
「やったね! いよいよだね、今夜は燃えようねお兄ちゃん!」
俺の腕にしがみつき胸を押し付ける桜……これでも色々手は尽くした……でも父さんはただ爆笑するだけ、母さんは孫の顔が早く見れると泣いていた……おい……。
そして何故か桜の両親に気に入られている俺……冗談なのか本気なのか叔父さんは電話で『うわははは、そのまま結婚すれば?』と言ってくる始末……。
最後の手段として俺は恋人の月夜野に頼る事にした……だってこうでもしないと諦めねえんだもんこいつ。
◈ ◈ ◈ ◈
「へーーーー緊急事態って言うからなにかと思えば……」
久しぶりに外で会う月夜野 瑠……彼女は俺の隣でかき氷をパクパクと食べる桜を怪訝な表情で見つめていた。
詳しい話をメールですると何か誤解を招きそうな状況だったのと、そもそも現在俺と瑠はシステムが利用出来ない関係でちょっとめんどくさい方法で連絡を取らなければいけなかった。
まあ、今回はなんの事は無い、学校でなんだけどね。
特に会うのは規制されていないが、瑠はシステムにこだわると宣言した関係で、システム使用禁止期間が解けるまで、スマホ、家電、自宅PC等のシステム監視対象となっている一切の連絡をするなと俺に言っていた。
なので緊急事態の場合、直接家に行くか、公衆電話からか、友達経由しか連絡を取れない状況になっている。
今回はそれほど緊急性は高くないので学校でそれとなく近付き、緊急事態なのでと一言言い、休みの日の今日急遽、いつもの利用している喫茶店にて3人で会う事になった。
「それで身の危険が迫っているから会いたいってどういう事なの? この娘が関係してるの?」
「関係も何も……」
なんて言ったらいいか俺は言葉に迷う……まさかストレートに『関係を迫られて困っている』……なんて言ったら間違いなく俺の鼻っ柱に瑠の右ストレートが飛んで来る……。
俺が返答に困っていると桜はかき氷を食べている手を止めた。
そしておもむろにスプーンをかき氷の乗っている皿に置くと、真っ直ぐに月夜野を見て姿勢を正す。
「私はお兄ちゃんの従妹の桜です、お兄ちゃんがいつもお世話になっています」
そう言ってペコリとお辞儀をする、スポーツマンだけに姿勢正しく綺麗なお辞儀をする桜……その姿を見て少しだらけた座り方をしている瑠が釣られて姿勢を正す。
「こ、こちらこそお付き合いさせて頂いております、月夜野 瑠です」
家に来た時もそうだけど、身内に対してきちんと挨拶をする瑠……こういう所は好感が持てるんだよね俺の彼女って……。
「本日はご足労頂きありがとうございます、聞いていた通りの美人さんで、お兄ちゃんには勿体無いですね」
「え? えへへ、そ、それほどでも……」
……否定はしないんだ……まあ、本当に美人だけど……。
「今日は折り入ってお願いがあって参りました」
「私に?」
「はい!」
「何かしら、私に出来る事なら?」
美人と言われて気を良くしたのか? ニコニコと笑いながら妹を見る様な、慈愛に満ちた顔で瑠はそう言った……。
「大丈夫です、瑠さんには許可を頂きたいだけなので」
「許可? なんのかしら?」
「はい、私がお兄ちゃんとセックスする許可を頂きに今日は馳せ参じました、是非ともご許可の程宜しくお願いします」
そう言うと桜は再度頭を深く下げた。
「…………え?」
何を言ったのかわからなかったのか? 理解出来なかった様子の瑠は桜に聞き返す……ああ、駄目だそれは悪手だ。
桜は顔を上げ再び瑠を見つめ懇願するように言った。
「私の処女を捧げ、お兄ちゃんの精○を頂きたいんです! なのでどうかご許可をお願いします!」
「──ああ、なんだそんな事なら…………っていいわけ無いでしょ!! は? 何この子、なんなの一体! ちょっと瞬!」
「まあ……これが緊急事態って事で……」
瑠が俺を呆れた顔で見つめる……ああ、久しぶりに近くで見た俺の彼女……こんな理由で急遽会うとは……デートで逢いたかった、もっと可愛い顔を見たかった……。
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