第75話 小さな頃の約束

 

「なんでやめちゃったの?」

 小さな桜は目を潤ませながら俺を見つめていた。


「才能無かったから……ごめん」

 俺は桜の目を見ずにそう答えた。

 かっこが悪いから、キモいって言われたから、元々自分の意思ではなかったから……もちろん全国で勝てなかった事も一つの理由……ここで勝てないなら将来は……世界は無い……から……。



 桜を前にして競技を辞めた時の事を思い出していた。


 そんな理由を一つ一つ桜に説明するには、お互いにまだ幼かった。

 今でも全部の理由を人に言った事は無い……。


 もちろん止めた事に関しては、今でも後悔はしていない。


 ただ、あのまま続けていたら……失う物も得る物ももっと多かっただろう……とは思っていた。


 そして今はそんな事よりもだ!!


「しょ、処女ってなんだよ! お、お前、意味わかってるのか!」


「うん、セックスの事でしょ?」


「ああああああああ、桜が、あの小さかった桜が、そんな事を言い始めた……」


 俺は思わず頭を抱えた……最後に合ったのは何年前だ? 少なくともまだランドセルを背負っていた事は覚えている。


「今時中学生で知らない女子なんていないよ!」


「ちゅ、ちゅうがくせい? お前が?」


「あああ、お兄ちゃん私の年忘れちゃったの!?」


「いや、なんとなくは……でもそうか……もうそんなに……」


「そうなのです! 今年から中学1年ピチピチのJCだよお兄ちゃん! 食べ頃だよ!」


「いや、どこもかしこも……少学生……」

 いや、どうみても小学生……しかもどうみても3ー4年生……中学年……中学年と言う意味の中学生じゃねえの? ってくらい桜は小さかった。

 まあ胸だけは中学生並みだったけど……。


「なによおお、仕方ないでしょ!」

 膨れっ面で俺を睨み付ける桜……うーーん、前に聞いた事あるけど、成長期に激しい運動をすると筋肉等で骨の発育が阻害されるとかなんとかって……。

 桜を見てやはり小さい頃から激しいスポーツをするってあまり良くないんじゃないかと俺は一瞬そう思った。


「いや、まあでも……小さい方が減量は楽になるから」

 最軽量級……多分足らない位……今のルールがどうなってるかは知らないけれど……。


「もりもり食べて大きくなるからね! あと揉まれればもっと大きくなるからね、だからしようね、お兄ちゃん!」


「いや、しないから」


「即答! 酷い!」


「そんな約束をした覚えは無い!」


「ひ、酷い……指切りしたのにいいいい」


「し……た?」


「したもん!」


「いつ?」


「4年前」


「俺が中学の時か……」



「うん……私……お兄ちゃんに憧れて、小さい頃お兄ちゃんを見て競技を始めたの……でもお兄ちゃんはとっくに辞めちゃってて……」


「まあ、うん……ごめん」


「でもちっちゃい頃に見たお兄ちゃんをはっきり覚えてて、最近ビデオとかも見せて貰ったりして、私お兄ちゃんみたいになりたいって4年前にお兄ちゃんにい言ったら……そしたら練習くらいならいつでも付き合うよって……そこでいったもん、フォール取れたら何でもしてやるって」


「…………あ」

 いや、練習って言っても父さんの道場に行くとかではなく、家で軽く組み合うだけだったし……そもそも体格差があるし、相手は小学生女子だし……調子に乗せる為にそう言うことを言った事はあるかも知れないけど、それにしても……そんな昔の事を……。


「いや、でもそうだよ、それでなんで……その……そう言う事になるんだよ?」


「だって何でもって言ったもん!」


「何でもって言っても」


「言ったもん、言ったもん!」


 何でもって言っても……さすがにそんな事をするわけにはいかない……今の俺には瑠がいる……こうなったら仕方ない……桜が泣くかも知れないけど……はっきり言わなければ……。


「……桜……ごめん! 俺には……今付き合ってる彼女が」

 俺はそう言って頭を下げた……それにしても……なんだろう……俺ってモテ期? 次から次へと、らのべじゃあるまいし……。

 俺は頭を下げたまま桜の返事を待った……罵られるのか、泣かれるのか……。


「へーーーー」


「……え?」

 俺の思っていた返事とは全く反対の反応に驚き頭を上げると、桜は全く興味なさそうな顔で俺を見ていた。


「お兄ちゃん彼女いるんだ、おめでとう……それで、どこでする? 私はどこでも、ここでもいいけど、やっぱり初めてはお兄ちゃんの部屋でする方が~~」


「いやいやちょっと待て、今の話し聞いてたか?」


「うん? 何が?」


「いや、だから俺には彼女がいるって」


「うん聞いたよ、おめでとう……さあお兄ちゃんお部屋に行こうか」


「いや、だから!」

 あれ? なんだろう? おかしいのは俺なの? 彼女がいるって俺これ以上なく、はっきり言ってるよね? 


「ああ、私は気にしないから、さあお兄ちゃん早く早く」

 桜は立ち上がると俺の腕を引っ張り始める……あれ? なんだこれ? っていうか……なんだこいつ?

 普通彼女がいるって言ったら諦めるよね? あ、でも……桜って……目的の為には手段を選ばないって性格だし……。

 それにそもそも高麗川もそうだし……。


 ひょっとしたら……俺はモテ期ではなく……女難なのではないだろうか……俺の周りに来る女子は、なんでどいつもこいつも変わった奴らばかりなんだ?


 俺は自分の事を棚に上げ、頭を抱えた。



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