第15話 彼女の恋人
本屋の匂いは昔から好きだった。
小学生の頃買い物帰り母さんに連れられてよく来ていた。
怖い絵本にドキドキし、図鑑にワクワクした。
その気持ちは今でも変わらない、まあ、変わったのは絵本がラノベに図鑑がアニメのムック本になったけどね。
「ねえねえ、お薦めの参考書とかある?」
笑顔で俺にそう話かけて来る月夜野、なんか馴れ馴れしい、俺との距離も近いし一体どうしたんだ?
「うーーん、苦手なんだよねえこういうの選ぶのって、昔から絵多くてカラフルなのを選んで失敗してるから」
「だよねえ、良く絵で選んでたよねえ~~」
そう言いながらスキップでもするように他の本棚をみて回る。こんなに楽しそうな月夜野は初めて見た。いつも人に対して壁を作っていたその壁が無くなっている様な感じがした。
「五十川く~~ん、あっちにある絵本見に行っていい?」
月夜野は参考書の先にある児童書のコーナーを指差した。いや、俺に断らずにいつもの様に勝手に行けば良いだろ? と思わずそう口走りそうになるのを抑えた。
「良いよ行こう」
「うん!」
そう言ってニコニコと絵本コーナーに早足で歩いて行く月夜野……何か本当にデートしているんじゃないかって感覚に陥る。いけないいけない、また『私を連れてドヤッてるんでしょ』っ言われる。
参考書コーナーには同じくらいの年の男が数人いたが、常に月夜野の方をチラチラと見ている……ドヤりはしないが、それなりに優越感ではあった。
俺は月夜野と微妙に距離を取って後を追い男子一人で入るにはちょっと勇気がいる絵本コーナーに二人で入った。
「わーーー懐かしい見てこれまだあるんだ」
月夜野はそう言って二匹のネズミが手を繋いで森を歩いてる絵本を手に取り俺に見せつける。
「ああ、それ確かまだ家にあったなあ」
「おーー五十川君も見てたんだ、懐かしいよねえ」
そう言って嬉しそうに本を捲る。下を向くと美しい黒髪がサラサラと流れ落ちていく。
その髪をかき上げる仕草、チラリと見える耳の後ろのうなじに俺はドキドキしてしまう。
なんだ今日の月夜野は、その姿、態度、これじゃまるで……俺の理想の人じゃないか……。
この間の喫茶店の一件で素直になった?……いやいや俺と月夜野はあんな程度で仲良くなんてなれるわけない。
あの月夜野が俺に言われたぐらいで態度を急変させるなんて思えない。何かある……絶対何かあるに違いない。例えば不用意に近付きちょっとでも触れた日には痴漢で通報するとか…………うん、あいつなら十分有り得る。
「どうしたの?」
「いいや何でもない、それ買うの?」
俺は月夜野が夢中で見ているその本を指差しそう聞くと月夜野は少し考えてから絵本をパタリと閉じ本棚に戻す。そして俺の方を見て微笑みながら言った。
「五十川君まだ持ってるんだよね、今度貸してよ、ね?」
首をかしげ、何かをおねだりをするように俺を見る月夜野……いやいや本当になんなんだ今日は……月夜野の態度の激変に俺は戸惑いを隠せないでいた。
「あ、うんじゃあ今度持って来るよ」
「やったああ」
手を叩いて喜ぶ月夜野……いや、良いんだよ当然ギスギスしながらよりも、こうやって楽しく一緒にいる方が全然いい、良いんだけど……意図が読めない。
間違っても月夜野が俺との、この1年限りの関係に、そしてこのデートに、本気になっているなんて思えない。
一体何があったのか?
いや、違う……何かがあるのか? そう、そうだ、今の月夜野はクリスマス待つ子供……いや、久々に恋人と会う少女の様な雰囲気だ。
まさか……本当に好きな人が……恋人が出来たのか? 俺はそう思った。
いや、別に俺達はシステムを利用しただけの仮の関係……現にカップリングの失敗例にそう言うのもあると聞く。
この場合勿論カップル解消は出来ない、システムの要望を無視し事実上の解消と言う事になる。
当然誓約書に記載されているので罰則が適用されるが、こういった場合殆んどが利用停止処分で終わっているらしい。
俺にはいい加減に使った負い目がある、だから月夜野の要望に応えるべくこうして一緒にいる。当然罰則は両方に適用され俺も使用停止を食らうだろう。
だけどそれは構わないと思っている。月夜野さえ問題なければ俺はいつでもこの関係を解消しても……してもいいと…………思っている。
「さてと、まだちょっと早いよねえ、どうする他の階も見る?」
「は、早い? え? 何が!? 誰かと会うの?!」
「は? 何言ってるの? まだ会って1時間も経って無いでしょ? これじゃデート扱いならないでしょ?」
「あ、ああ、そうか」
デートの時間に制限は無いが、短いと不正扱いされる可能性ある。まあいわゆるお金が絡むデートの事と言ったらわかるだろう。あまりそういう事が続くと当然警告が来る。もしそう言った事が発覚した場合当然処罰の対象だ、利用停止では済まない。
システム利用者の居場所はスマホによって特定されている。そしてそういった警告者には不正行為の現場を確認する監視官が張り付く事もあるそうだ。そんな事態は勿論避けたいに決まってる。
「漫画……とか買ったりするんでしょ? 行く?」
「え! ああ、いやあ、有名作品をちょっと読むだけだから、今はあまり読まないしさ」
「そうなんだ」
少し残念そうな顔する月夜野、危ない油断してた、思わず喜び勇んでコミックフロアに走り出す所だった。
「そういえば喫茶店があったよね、とりあえず次の打ち合わせとか、学校でのサインの確認とかしよう」
学校で俺と月夜野はシステムの話をする事が一切出来ない。だから何かある度にサインを決めておく必要がある。前にやった放課後喫茶店に来いってのは机を指で3回叩くというそれだ。他にも色々あり、何かある毎に新しく作ったり確認したりしなければならないのである。
システムの為にスマホやメール等を封じられている為に完全にアナログ方式なやり取りになってしまっていた。
そして1時間半程喫茶店でそう言った確認をし後はそれぞれスマホを見たりして俺達の池袋デートは終了した。
「じゃあ、またねえ~~」
「あ、うん」
月夜野は頬を赤らめ、トロンとした目、幸せそうな表情で俺にそう言うと駅の方向に歩いて行った。まるでこれから恋人に逢いに行くようなそんな足取りで…………。
俺は……少しだけ考えてから決意を固め、見失なわない距離を保ち彼女の後を追った。
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