フォンセの城

浅馬 京

第1話 森

耳元で風が唸り声をあげる。荒くなった呼吸のリズムと血液を送り出すタイミングが合わず息苦しくなりながらシェリーは死にものぐるいで走っていた。

踏み出す足の一歩一歩に意識はなく、意思だけで身体が動いているといっても過言ではない。胡桃色のくせ毛も汗で顔に張り付き視界を邪魔しているうえ、さらにシェリーが走っている森の中は真っ暗で、生憎天気が悪かったため雲が夜空を塗りつぶしざあざあと雨も降っていた。いつの間にか赤のチェックのスカートもびりびりに避け、骨ばった脚は枝で擦り切れていたが痛みに気がつかないほどシェリーは必死だった。雨の音に紛れて遠くの方からどどどどと馬の蹄が聞こえる。男達の野太い叫び声と鞭の音。確実に近づいている、そう判断したシェリーはこのまま走っていても追いつかれるだけだと思い、どこか隠れられる場所はないか探そうと決めた。だがこんな状況でゆっくり探していられないのは確かだ。シェリーはどうか、どうか私を救ってくださいと祈りながら、自分の勘を信じ、直進していた道を外れ舗道されていない、さらに森の奥へと向かう道無き道へ進路を変えた。

先ほどの道よりじっとり湿った木が茂り足元でも蔦が絡まり石もごろごろ転がっていて進みにくかったが、雨はたくさんの葉のお陰でそこまで気にならなくなった。

目が暗闇に慣れ、うっすらと周りの様子が見えるようになったシェリーはスピード緩め近くにあった木に寄りかかりしゃがんだ。すぅと息を吸い込むと森の何とも言えない青臭い匂いがつんと感覚を刺激する。ふぅと大きく息を吐き、胸が上下するのが収まるまでシェリーはじっとつま先を見つめていた。爪はところどころ剥がれ、血が滲んでいた。意識を向けると爪はじくじくと痛み出したが改めて自分の腕や脚を見るとそこかしこ傷だらけで痛みも分散するように感じた。

ここなら雨も凌げるしとりあえず眠ろう、と横になろうとした時、視界に何か動くものを捉えた。「それ」はばさばさと羽音を立てながらこちらに近づいてくる。驚きはしたが反応する気力も残っていないシェリーは眼を閉じようとした。すると「それ」はシェリーの頭付近に降り立ち、こつんと頭を突いた。

さすがのシェリーもそこまでされたら気にならない訳にはいかない。

「何…」と呟きながら払いのけようとすると「それ」はひょいっとシェリーの手をかわし、カアと鳴いた。カラスだ。カラスは艶やかな黒羽を整えると、どこからの光か、きらきらと目を光らせ背を向けて歩き出した。こっちへこいよ、と言っているみたいに。

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フォンセの城 浅馬 京 @Miyako_HR

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