Ⅹ. モノが語る優雅さ

 今回はごく当たり前の話を書きます。

 私はモノが雄弁に語る文章が好きです。

 例えば、こういう文章があったとしましょう。



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 彼は、椅子に座りこむと、眠りはじめた。風が鳴っていた。

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 この文章にモノを加え、語ってもらいます。



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 彼は、ダマスク織りで張られた椅子に座りこみ、寝息をたてはじめた。五月の風が、鋭く鳴っていた。

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 これで、登場人物のいる場所は豪華な調度のあるところであり、五月の風が激しいというとおそらく英国ではないか、という情報が追加され、文章に色味が付きました。

 

 さらにもうひとつ。



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 彼は、篠竹で自ら組んだ椅子に座りこみ、舟を漕ぎ始めた。東風が、丹精の籠る巨松の梢で鳴った。

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 これは、おそらく登場人物は貧相な暮らしに甘んじているが手先は器用で庭木の手入れを愛しており、舞台は初春の日本であろうということが推し量れます。

 

 モノっていい語り手ですよね。

 だからこういうモノのTPOや市場価格としてのピンとキリの知識があると便利です。

 

 そしてまた例文。


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 彼女は自分で仕立てたブークレのワンピースを着て、頬を上気させていた。

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 彼女は自分で仕立てたピケのワンピースを着て、頬を上気させていた。

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 実物を見ればきっと皆さん「あーこれ知ってる」と仰るでしょうが、こういう表現は服地の知識がないと日本語でおk状態です。

 でも私は服地が大好きなので、こういう切り口の文章があるとうっとりします。


 ブークレはもこもこしたニット風の冬用服地です。個人的にはセミプロ~プロがよく使いお洒落さんなイメージ。

 ピケは夏用のやや薄い綿生地で、しぼのある部分と平織の部分がストライプ状になっています。可愛いのですがややリラックスウェアっぽい雰囲気。


 この情報だけで、この例文中の彼女の年齢、容姿や頬を上気させている理由がそれぞれ違って見えてきませんか?


 さまざまな身の回りにあるものは、知っている人にはものすごい情報量を与えてくれるのです。

 わからない人にはわからないのですが、何となくすごいという印象を与えるのでそれはそれでいいと思います。ふひひ。


 周りにあるもの、それがどんな名称であり、良いものか手頃なものか。

 世間一般にどんなイメージで受け入れられているものなのか。

 そういうことに興味を持ち、作品世界に持ち込むときっとリアルな、手に触れられる感覚を与えることができます。

 作者自身は直接的な描写を連ねずに、舞台装置に語らせるととてもエレガントです。


 なお、やりすぎは鼻持ちならない文体となりますので、なにごともほどほどに。

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