世界は一度崩壊している。
宇曽井 誠
狂乱都市、六度目の太陽。一の葦に王は再来する。
世界は一度滅んでいる。それは覆せない常識で、覆したい悪夢だ。
砂漠の中で金髪の男が立っていた。軍服に身を包み、軍帽を深く被り、金の目を爛々と彼に向けていた。
「……何か、用か」
「いいえ」
短い返答は、しかし意味をなさない。
ギィンと金属音が響いた。彼が反射で掲げた槍に弾が打ち込まれている。硝煙を上げる長銃はいつ放たれたのか。それは分からないが、相手に敵意がある事は分かった。
「お前は、敵か」
「はい」
「俺が誰かを理解した上での、敵か」
「はい」
ならば、良し。小さく呟いて笑う。
槍を構えて彼は跳ぶ。黒い髪が尾を引く。
#####
狂乱都市は今日も狂っていた。道の至る所から血の匂いがして、それに慣れている自分自身に腹が立つ。そして、一番血の匂いが濃い所に向かう自分自身には吐き気すら覚える。
飯屋の屋台から声がする。
「ククル! 寄ってかないかい?」
「急いでいるから……また、今度」
何度目の嘘かは分からない。けども、今は食事の気分じゃなかった。
足早に市場から去る。背後で声がした。
「おっちゃん、諦めなって。ククルはほら、
……ああ、不愉快だ。
闘技場に入ると血の匂いが濃くなる。きっとオレと同じ名前の神様はこの光景を嫌うだろうけど、オレはそこまで嫌いじゃない。
かつて、この地では死が名誉だったそうだ。昔昔に聞いた話だけれど面白いから覚えている。
「ククルさん」
呼ばれた方に顔を向けると運営の人がいた。名前は忘れた。
「あと十分で試合が、」
「分かった」
足を入場口の方に向ける。きっと彼はオレを探していたのだろう。迷惑をかけてしまった。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「大丈夫……それに、もしもオレが死んだら、それはそれで盛り上がる」
「やめてくださいよ。死んだら終わりなんですから」
「それでも、世界は無情に動き続けるんだ」
きっと六つ目の太陽が沈んだって世界は動き続けるのだろう。
視界に会場への入り口が映る。さらに足早になるオレに彼は言う。
「生きて帰ってくださいね。応援してますんで」
それは嬉しいが、無理かもしれない。
暗い影から日の照る
……そういえば。六つ目の太陽はどうやって昇ったのだろうか。
相手は既にそこにいた。長い長い片刃の剣、確かタチというものだ、それを腰に差して立っていた。
オレが止まると相手が剣を抜く。
試合開始の鐘が鳴る。
「____太陽の王に、心臓を捧げよ」
司祭の長ったらしい前口上が、そうして終わった。
槍を構える。ギャンと剣が擦れ、隙間を狙って突きが来る。全て払い、避ける。こちらからはまだ攻撃しない。そのタイミングじゃない。
キン、キン、キンと三度打ち合い一歩前へ、槍を振る。心臓はまだだ、まだ狙えない。
一歩下がって攻撃を柄で受ける。足払いを跳んで避け、敵の頭上へ。刃を振って頭を狙うが、払われてしまい脇腹に刺さる。だが、良い。槍を振って肉と共に己へ戻す。
血の一層強い匂い。苦しむ相手に腕、足、肩と端から攻めていく。
ザンッと右腕が飛んだ。剣も飛んだ。遠くでカランと転げ落ち、カランカランと音を残す。
最後に心臓を刺す。もがき苦しんだ後に、相手は動かなくなった。
ワァと歓声が上がる。どこからか勝者としてオレの名が呼ばれ、波紋のように広がっていく。
死体から槍を抜いて十字を切る。そのまま立ち去ろうとした、が。
「ククルカンとは、大層な名ですね」
声がした。
振り返ると、客席のフェンスの上に背の高い男が立っていた。長い長い黄の髪を風にはためかせて、深緑色の軍服を身に纏っている。左手には長銃があり、銃口は下に向いている。
観客のどよめきとは反対に、オレは落ち着いていた。
「……久しぶりだな」
「はい、五年六ヶ月十日と一時間五十分ぶりです」
「オレを、殺しに来たか」
「はい」
槍を構える。
「オレが誰かを理解した上で、殺しにきやがったか」
「はい____五年六ヶ月十日と一時間四十四分前に殺した、ウォーウルフ=カミシロの義理の息子、ククルカン=カミシロです」
「ならば、良し」
一歩踏み出す。
フェンスから男が落ちる。
槍と銃が交差したのはその二秒後、離れた瞬間銃弾が肩肉を抉り、槍が左腕を削ぐ。二度目の銃弾。頬を掠めて壁を壊す音がした。槍は右腕を狙うが当たらず。足払いに引っかかり前傾、額を狙う長銃を石突きで払い槍を軸に上昇、下に見える頭部を蹴って背後に着地、狙われる前に脇腹を突く。動けない敵に蹴りを入れるが左手で防がれ急所を外す。腕は折れたが相手は片手撃ち、即座に弾が放たれこめかみを抉る。こちらに伸びた長銃を掴み力を込める。折れる頃には敵の手を離れており上段突きがくる。槍で防ぐと重い音、柄を避けてくる二撃目を首を捻って避ける。槍を振って三撃目を使わせず、左腕を断ち切る。刃を返して逆袈裟、石突きの突きは防がれたが膝蹴りを入れ後退、上体を逸らして地に腕をついて倒立、下段蹴りを頭の前を掠める。地面に伏せた状態で槍を振るが足は切れず跳ねて避けられる。四つ足姿勢のまま前に跳び槍を振り下ろす。当たらず、しかし突きに繋げる。
何度目か、心臓を突いた。そう確信した。が。
ガチャリ、と音がした。反射的に槍を手放して左に身を捻ると強い光が右目の隅にあった。続いて激痛。距離を取って確認すると右腕が消し飛んでいた。断面は炭になっている。
敵の口内から黒い銃身が露出していた。だが、二撃目は来ず、そのまま前傾、深々と槍に刺さり、頭から胸にかけて断たれてしまった。
「……人間、じゃなかったか」
分かりきっていた事を言ってしまう。
近づいてみるが、相手は息もしていなかった。赤い血が熱い地面に広がっては染み込んでいく。
自分の息が荒い事と、仇を取ったという事実、どちらに先に気づいたかは分からない。が、自分は今、酷く満ち足りていた。
「ククル、さ、ん?」
呼ばれて振り返る。強張った顔の、先程会ったばかりの運営側の人間がいた。
「だい、じょうぶ、です、か」
「凄く気分が良い……普段の生温い戦いじゃない、血湧き肉躍る、良い戦いだった」
死体から槍を引き抜く。強く振って血糊を払う。
口の端にあった血を舐めとる。自分の慣れた味のものではない。他人の、変な味をした血だった。
「ああ、血が美味い」
どうやら自分は堕ちてしまっているらしい。
それからすぐに全員殺して証拠を消して、オレは狂乱都市を後にした。
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