大人になるまであと一歩。

ぬぬこ

第1話

自分が嫌いだった。毎朝鏡に映る容姿が、耳にはっきりと残る声が、人と比べて小さい身長が、思い通りに動かせない体が、とにかく自分の全てが嫌いだった。いつから自分が嫌いになったのか分からない。いつのまにか嫌いになっていた。


人も嫌いだった。友達なんて呼べる人はいなかった。自分がそう思っても相手は思っていないかもしれない。だから“友達”はいなかった。クラスで騒いでいる男子、「超ウケる!!」とか言っているけど本当はそんなこと思っていないでしょ。5、6人で集まってお喋りしている女子、「○○ちゃん可愛い〜」とか言ってるけど、自分の方が可愛いって思ってるでしょ。教壇に立っている先生、「先生はみんなのことを思って」とか言ってるけど、自分が出世したいだけでしょ。人は上っ面だけで生きているようなものだ。その上っ面を剥ぎ取ったらどんな恐ろしいものが見えるのかも分からない。 ああ、気持ち悪い。人は気持ち悪い。そうだ、自分も人だった。自分も気持ち悪い。


世の中も嫌いだ。うるさいテレビ、誹謗中傷が激しいSNS、たわ言ばかりの新聞、嘘ばっかりの政治家、不倫ばっかりする芸能人。どこをみても悪いことばっかり。真っ白な世界なんてないじゃないか。この世の中は真っ黒じゃないか。これからその世の中に飛び込んでいくんだろ、明るい未来なんてないじゃないか。


校則を守って、提出物も期限内に出して、授業中寝ないで、テストの点数も稼いで、成績を上げて、大会で結果を残して、先生や大人から“偉い”って言われてたのはなんだったのか。友達と呼べる人はいないけど、人付き合いも上手くやって、自分の好きなものなんてないのに「それ好きー」とか言っちゃって、ひたすら長いだけの相談に乗ってあげて、いつでも笑顔で嫌われないようにしてきた自分はなんだったのか。偉いってなんだ、人ってなんだ、好きってなんだ、嫌いってなんだ。


もう、いいや。めんどくさい。考えるのなんて疲れるだけだ。もうすぐ“大人”なんだ。そんなことグダグタ考えて立派な人になれるのか。嫌い、嫌いだらけの自分なんてもっと嫌いになるだけだ。人なんて全員そんなわけないだろ、気持ち悪い人なんてもっといるはずだ。世の中なんてそれは一部でしかないだろ、もっと酷いことも起こりうるはずだ。


今よりもっと酷いことが起こったり、自分が大嫌いになる未来があるのなら、今、随分といい世界じゃないか。なんだ、今いいじゃないか。


今日も顔を見て、友達と話して、先生の授業を聞いて、部活して帰る。全部嫌いだけど、今だから、今の世界があるから、もう少しだけ頑張ってみよう。


大人になるまであと一歩。

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