盤上の駒< イリダ王トラロックの侍従視点>

天から硬貨が降ってくる、と言う諺があるが、トラロック様が王位を継いだのは、まさにその言葉通りだった。

当時の王には息子がいた。普通ならトラロック様に玉座は回って来ない筈だった。

王が急逝した事で、まだ幼すぎる王太子であるショロトル様を王位に就ける事は出来なかった為、中継ぎとしてトラロック様は王位に就いた。

その幸運にたがが外れたのだろう。

愚かにもトラロック様はショロトル様を亡き者にしようとして、悉く失敗する。それにより、母后からトラロック様は完全に敵対視されるようになった。当然だろう。


王位継承権を持つ他の王族が愚かにもショロトル様の命を狙い、腕を落とされ、懲りずに策を弄しようとして耳を切り落とされた。

愚かなトラロック様は、それをネタにショロトル様の王位継承権を下げた。


ショロトル様の成人間近になると、王室の嫡流を守るイリダの影がトラロック様の命を狙い始めた。

用済みであるという意味なのか、余計な事をするなと言う意味だったのか。はたまた両方だったのか。

恐れを抱いた王は、ショロトル様の継承位を元の一位に戻した。誰も文句はなかった。

命を惜しんだトラロック様は王宮の奥深くに籠るようになる。意地汚く王位にしがみ付いた。


成人なされても、ショロトル様は王位を継ごうとはなさらなかった。

イリダが抱える問題をトラロック様は何一つ解決出来ないでいた。早く王位をショロトル様に譲るべきだとの声が起こり始めていた。

そんな時に女装したショロトル様が皆の前に現れた。

何故なのか。真意は誰にも分からなかった。

皆、王や他の継承者を欺く為にこのような振る舞いをなさっているのだろうと思った事だろう。


それから間もなくして、マグダレナの情報がもたらされた。

王は一も二もなく飛び付いたが、朗報は直ぐに訂正された。何重にも守られた女神の大陸。

それでも、燕国を経由してもたらされる魔石を諦め切る事は出来なかった。

愚かな我らは、便利さに慣れ切り、不便な生活に戻る事を厭うた。


正直に言って、燕国から魔石を買い取る事は、イリダという国の財源から言って、負担を感じる程ではなかった。

それが突然、意見が一転する。

燕国から買い続ければ魔石は手に入るが、傲慢な王侯貴族達は、マグダレナは神イリダの妹神の大陸なのだから、兄の作ったイリダの民を助けるのは当然だと、自分達を正当化するようになっていった。

要するに理由など何でも良かったのだろう。マグダレナを支配下に置く為なら、何でも。


そんな折、ショロトル様が王に言ったのだ。


「私は王になりたくない。貴方は王でいたい。そんな私たち双方にとってメリットのある話を持ってきたヨ」


少女の格好をしたショロトル様はにこにこしながらおっしゃる。怪訝な顔で王はその言葉の裏を読もうとする。


「巷でマグダレナを支配下に置けば良い、と言う声が出ているコトは、王もご存知デショウ?」


ここで言う巷とは、イリダの上級国民とオーリーの上位貴族を指す。


「……燕国から購入する事で、王国内で利用する分は賄えていると聞いている」


「誇り高きイリダが、足元を見られて燕国に良いように脛を囓られるのを、よしとするなんテ」


挑発するような笑みを浮かべて、ショロトル様は王を見つめる。ぐっ、と王は声を飲み込む。


「だが簡単に支配など出来まい。かの大陸は女神に守られている。手を出さばタダでは済まぬと報告を受けておる」


「女神に呪われる事がコワイのなら、安心して欲しいナァ。間者が女神に愛された姫の末裔の存在を報告してきたんだヨ」


女神に愛された姫の末裔? と、王は鸚鵡返しする。

ソウダヨ、とショロトル様は頷いた。


「お姫様を我らのモノにすれば良いんだヨ。そうすれば女神は我らに手を出せないデショ。姫を人質として、マグダレナからは魔石を献上させれば良イ」


愚かな王ではあるが、トラロック様はその言葉だけでは応、とは答えなかった。


「上手くいけば、貴方はイリダの問題を解決し、全ての民の頂点に立つんだヨ。そうなれば、誰も貴方が王であり続けても文句は言わナイヨネ。私は王にならずに済む。貴方は王でいられる」


「……そなた、本当に王位に興味がないのか」


「あればとっくに取り返しているヨ。成人しているモノ」


ショロトル様の言葉に矛盾は無いように思えた。

女装されるのは、王になりたくない理由の一つかも知れない。

このまま自由なままでいたいのかも知れない。


「イリダの戦艦で艦隊を組んでマグダレナに攻め込み、圧倒的武力を見せて相手の戦意を喪失させ、姫を我らに差し出させヨウ。

姫と同じマグダレナの民の間に子供を産ませて、こちらの味方にすれば良いよ。トレニア姫のように。そうすれば女神を封じる事が出来る。

そうそう、姫はとてもとても美しいと聞くから、何だったら王の寵愛を与えでもすれば、姫の心も柔らぐかも知れないヨ」


そんな馬鹿なと思ったが、好色な王は、ショロトル様の言葉に陥落した。


かねてより王が王族であるチャルチウィトリクエ様を自分の物にしたいとお考えだったのは知っていたが、どれだけ贈り物や甘い言葉を囁いても長い間お心を動かす事は叶わなかった。

それがここに来て、チャルチウィトリクエ様が王の物となる事を受け入れた。

王が引き続き王でいるのならば、私は王の物になる、とチャルチウィトリクエ様は仰せになった。


打算が服を着て歩いているような王は、男の王族を秘密裏に呼び出し、マグダレナ侵攻で功を立てよ、さすれば朕はこのまま王として君臨し、後継としてそなたを指名しよう、と五人の王族全てに同じ事を言ってその気にさせた。

ショロトル様の事を信じられない王は、他の継承者を自分の味方にしつつ、マグダレナ侵攻を確実に成功させようと考えているようだった。


程なくして正式にマグダレナ侵攻が決まり、国内に発布された。


侵攻に必要な戦艦の建造が進められた。

だが、戦争に向かう王族は最低でも五名。全員分の戦艦を作るには時間も費用もかかる。

さすがにそれは難しいと言う事で、現存する戦艦を急ぎ整備する事で対応する事になった。


戦艦の整備が進んではいたが、戦争という雰囲気ではなかった。王侯貴族の誰もがマグダレナ侵攻を軽く見ており、それよりも他の継承者をどう出し抜くか、誰に付くかに関心が寄っていた。

お祭り気分ではあったものの、誰もが明確にいつ攻め込む、というビジョンは持っていなかったように思う。

王ですらそうであった。


その空気を打ち破ったのは、母后とイリダ教の神官長だった。

神官長はトラロック様が玉座にいるのは宜しくないと、ある事無い事をあげつらった。

息子であるショロトル様を王位に就けたい母后がその流れに乗った為、王はうかうかしている暇はなくなった。

イリダ教など、今更なんの力も無い組織ではあるが、神の名を出されれば面倒なのは事実であるし、母后がついたのが良くなかった。

挙句、母后はチャンティコ様を焚きつけた。


「そなたもマグダレナ侵攻に、王太子の名代として向かうが良い。戻りし時にはそなたを王太子妃としよう」


「謹んでお受け致します。王太子様に代わり、マグダレナ侵攻を無事果たしてご覧に見せます」


本来であれば玉座争いのゲームに上がる筈の無かったチャンティコ様が舞台に上がった。こうなれば嫌でもショロトル様も王位争いに加わる事になる。

母后を止められないようで、ショロトル様は困ったように微笑むだけだった。


焦燥に駆られたトラロック様は、研究所に戦艦の整備を早く終わらせろと催促したが、その為に必要なエネルギーが足りないと言われてしまう。


燕国の定期船が良い頃合いに到着した。

まるで魔石の不足を補うように。


定期船でやって来た燕国の者から魔石を全て買い上げ、そのまま研究所に回した王は、これでどうだと言った。

研究所の筆頭研究員は平伏したまま、魔石を与えてもらった事への礼を延べた。満足気に笑みを浮かべる王に、筆頭研究員は言った。


「これではまだ足りない可能性があります」


誰が言ったのか、オーリー王 アスランがマグダレナ大陸に放った間者が魔石を送って寄越したと言う噂を聞いた、と。


王はすぐさまアスラン王を呼んだ。

魔石があれば研究が進み、マグダレナ侵攻が開始出来る。

そうなればマグダレナの民をそなた達オーリーの下に付けよう。どうだ、嬉しかろう。


アスラン王は僅かに目を細めた。……が、御意、とだけ答えるのみだった。

明らかに不本意であると顔に出ていたが、異論は口にしなかった。

後日、アスラン王は間者から受け取ったとされる魔石を大量に研究所に提供した。

これにより、戦艦整備が格段に加速してゆく。

冬前にマグダレナ侵攻に向かえそうであると、研究所から報告が上がった。

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