愚か者の定義<ロイエ視点>
帰りの馬車の中、二人なのを良い事に気になっている事を尋ねる事にした。
アビスとセラは別の馬車だ。
「……何を考えておいでなのですか?」
私の問いに、ルシアン様はちら、と視線をこちらに向けた。
「何を、とは?」
「オメテオトルが願い事を叶えてもらう為にミチル様を欲している事に、既にお気付きだったのに、何故あのように知らぬ振りを?」
先日、ドレイク達間者との会話を終えて後、ルシアン様は私とアビスにおっしゃった。
"オメテオトル達のミチルに関する情報源は、雷帝国ヴィタリーの叔父、大公が持っていた初代皇帝の日記だ。
皇国に入った間者はオットーとアルトにより殆ど潰されているから、情報の大元はそこだろう。
父上からの話によればアスペルラ姫は、女神と直接対話をしていたと言う。それはミチルからも聞いている。だからこそ、女神の雫と言う異例な宝をラルナダルト家が持ち得ている"
そう、ラルナダルト家は、女神の雫と呼ばれる魔力を増幅させる宝石を代々当主が受け継ぐ。
ミチル様は祖母のイルレアナ様より受け継がれた。
"オメテオトルの願う内容までは分からないが、ミチルを依代にして女神を呼び出すつもりだろう"
ルシアン様は的確にオメテオトルの考えを読みきっていたのに、何故なのか。
「天才は一人で十分だろう」
その言葉に、背筋がぞわりとした。
「リオン・アルトは稀代の天才。その息子は普通かそれ以下。それで良いし、事実だろう」
それに、と言って手に持っていた分厚い日記に視線を落とす。
「そうしなければこれが手に入らない」
ルシアン様の手元にあるのは、リオン様がベネフィス様に命じて大公の城から持ち出した雷帝国初代皇帝の日記だ。
「そんなに重要な情報が書かれているのですか?」
「さぁ。聞いた通りの内容しか書かれていないかも知れないし、新たな気付きがあるかも知れない。見ない事には何とも言えない」
何とも言えない気持ちで見つめていた私に、ルシアン様はおっしゃった。
「他者に良く思われる必要など無い。必要なのはオメテオトルやイリダの目論見を挫く為の情報だ」
顔を上げて私を真っ直ぐに見つめると、「そなたは私の名を広めたいのか?」と問われる。
あぁ、やはり。
故意なのだ、全て。
「以前から思っておりましたが、ルシアン様の手柄を全てリオン様の名で広めてらっしゃったのは、敢えてなのですね」
「御しやすいと思ってもらった方が、跡を継いだ時にやりやすい」
偉大な父親には能力も劣るし、従順な息子。妻は唯一無二の血筋を持つ転生者。恐るるに足らず、と。
そう思わせようとしているのだ。
「父は私が意図的にそう振る舞っている事に気付いているから気にする必要は無い」
そう言ってルシアン様は手元にある、雷帝国初代皇帝の日記を読み始めた。
この方は必要以上の物を望みはしないが、望む物は必ず手に入れていく。
ミチル様との未来の為に、将来枷になりそうな物に対しても既に考慮されている。ミチル様以外にはどう思われようとも構わないのだ。
「沿岸地域の砦の強化は進んでいるのか?」
「ショロトルも攻めて来るでしょうか」
何しろ、ミチル様を介して女神を呼び出したいのだから。
「来ないだろう。それならドレイク達に捕まえるよう指示も出さない」
それは確かにそうだが……。
「俺がショロトル──ここで言うならオメテオトルか、オメテオトルなら、余計な者達を唆して戦地に送り出し、王を始末する。王位を簡単に手に入れられるし、障害でしかない者達を戦争に送り出す事で減らす事が可能になる」
イリダの王族も、イリダの上級国民も、オーリーの上位貴族も、全てを一網打尽にする絶好の機会。
手柄の先にある玉座を求めて、その先に得られる富と名声を求めて、我先にとマグダレナ大陸を目指す。
エテメンアンキの上層にいて出てこない者達を、根こそぎ屠れる。
その為にオメテオトルは、ミチル様をダシに使い、マグダレナへの征服戦争をけしかける。
「オーリーの王と手を組んで、ですか? それに、王位は不要だったのでは?」
アスラン王はどの立場になるのか。疑問を口にする。
「執着していないからと言っても、あった方が物事が滞りなく進む。その為に一時的にその座に就く事はあるだろう。
ドレイク達の発言を聞いていて、アスラン王の意向を感じたか?」
「いえ、アスラン王を慕っている事は分かりましたが、王の意向を受けている風ではありませんでした」
「そう言う事だ」
オメテオトルはアスラン王の気持ちを忖度し、オーリーの王として復権させようとしている。
聞けば情に厚い男のようであるし、国民達から強く求められれば拒否はしないだろう。
「その場合、どうやってミチル様を通して女神と会うつもりなのでしょうか?」
「そうではない。戦争が終わって、敗戦国の人間として、堂々とこちらに来れるのだ、オメテオトルは。愚かなイリダの新しい王として」
ざわりと背中が泡立つ。
「降伏した者に必要以上の仕打ちは出来ない。
オーリーの王アスランを立て、イリダの国家を正しい形にしようとした立役者なのだから」
つまり、ドレイク達が我らと上手く手を組んだなら、マグダレナを勝利に導いて敗戦国の王としてマグダレナに入り、ドレイク達が失敗したとしても、ミチル様を誘拐させ、マグダレナを征服した後、ミチル様を伴ってこの大陸に戻るという考えと言う事か……。
「気にしなくて良い。父上も言っていただろう?
ミチルの血を分けた家族は他にもいる。女神が姿を顕して下さるかどうかは、我らの預かり知る所では無い」
そうだった。
オメテオトルもドレイクも、ミチル様の姿をご存知ないのだから、如何様にも誤魔化せる。
髪の色などは一時的に染めてしまえば良い。
「左様に御座いますね。焦りから、当たり前の事すら取りこぼす所でした」
ふ、とルシアン様は淡く笑みを浮かべた。
「どんな考えを相手がしても構わない。するべき事は一つだ。俺からミチルを奪う事は許さない」
「心得ております」
至星宮に戻って直ぐに、出迎えたミチル様をルシアン様は抱き上げた。
ミチル様を部屋に閉じ込めるのだ。恒例行事である。
閉じ込められてしまう前に土産を渡さなくては。
「ミチル様、これはお土産に御座います」
「まぁ、ありがとう、ロイエ」
箱を二つ渡す。
大きくて薄い箱と、小さめの箱だ。
「二つもいただいて良いの?」
「一つはネグリジェ 、一つは近頃皇都で流行っております塩バターキャラメルです」
瞬間的にミチル様の顔色が変わる。
「ネグリジェは間に合っております!」
私に返そうとするミチル様を妨害するように、ルシアン様は進み出す。
「ルシアン、止まって下さいませ! これをロイエに返したいのですっ!」
「何故? 早速着て見せて? それとも着せて欲しい?」
「?!」
ミチル様が動揺しているのをいい事に、ルシアン様は階段を上がって行く。
「あ、冷蔵庫に食材を入れておくよう手配済みだから安心してねー」
遠去かる背中に向けてセラがいつもより大きな声で言った。
お二人の姿を見送った後、セラに腕を掴まれた。
満面の笑みでセラが言った。
「知ってる事、教えてもらうわよ?」
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