オメテオトルの渇望<セラ視点>
ロイエから、ルシアン様が大旦那様の元に行くと聞いて付いて行った。
何が起きているのかを把握しておかないと、ミチルちゃんを守れなくなる。
ニヒト様とアウローラ、オリヴィエにミチルちゃんの事を頼み、馬車に同乗させてもらう。
大凡の事はロイエから聞いた。
大旦那様は今、カーライルではなく皇都にいる。イルレアナ様が皇嗣殿下となる事が決定してから、差配する事があまりに多い為、皇都のアルト邸に滞在なさっている。
ルシアン様の考えでは、ショロトルは複数の人格を持つ人間で、オメテオトルはその内の一つだろう、と。
そんな事が起こり得るのかと半信半疑でいたが、ルシアン様のお考えを聞いた大旦那様は大きく頷いた。
「その可能性は思い付かなかったよ」
この反応からして有り得ない事ではないのだと知る。
大旦那様にしては珍しく、紅茶にミルクを注いでいく。カップの中でゆっくりと紅茶とミルクが混じり合っていく。
多分、ショロトルとオメテオトルの話を聞いて敢えてそうなさったのだろう。
「イリダの王族として生まれ、次の王になる事が確定していたショロトルは、容姿も優れ、才能もある将来有望な青年。そんな人物に一体何があると、精神が堪えきれなくなるんだろうね?」
興味がわくね、そうおっしゃって、ティースプーンで紅茶とミルクをかき混ぜていく。
大旦那様がおっしゃるように、ワタシもその点が不思議でならない。
ショロトルはあらゆるものを持って生まれた人間だ。それが何故、別人格を生み出す必要があったのか?
「オメテオトルがショロトルの別人格であると仮定して話を進めますが、オメテオトルがショロトルの為にミチルを欲する理由がまだ、見えてきません」
目を伏せるルシアン様に、大旦那様は笑顔で言った。
「そんなの、決まっているだろう」
全員の視線が大旦那様に注がれる。
大旦那様は分かっているようだ。
「アスペルラ姫は女神に直接会った事もあると文献に書いてある。その内容を信じるなら、オメテオトルは女神マグダレナに会いたいんだよ。ミチルの持つ特殊な能力は、ミチルを捕まえさせる為の方便だろう」
女神に会いたい──。
そんな事、思い付きもしなかった。
誰もが同じだったのだと思う。大旦那様の言葉に呆然としていると、ルシアン様が問うた。
「……何の為に」
ふふふ、と大旦那様は笑うと、紅茶を口にされる。
「可笑しな事を聞くね。人が神に会いたい理由なんて一つだろう。
願いを叶えてもらう為だよ」
鳥肌が立った。
己が願いを叶える為に、女神に愛される血族のミチルちゃんを欲する。
その言葉にルシアン様は目を細めた。
お怒りなのだろう。
確定ではないにしても、その可能性があると耳にしただけで不快さが自分の中でもわいてくる。
「オメテオトルはミチルを使って女神を呼び出したいのだよ、ショロトルの為にね」
「何故、自分達の神では無く、女神マグダレナに?」
大旦那様はルシアン様を見て困ったように微笑む。
「身近では無いのだろう、神イリダは。性格も傲慢そうであるし、とてもではないが、いくら王族だからと言って願いを叶えてくれそうにないのではないかな」
そうだとしても、納得は出来ない。
それは神イリダとしても受け入れ難いのではないか?
己の民が他の神を頼る。
「オメテオトルやショロトルは既に自分達の神に散々祈った後かも知れないね。
助けてくれない神より、助けてくれそうな神に望みを抱く。なんら不思議は無いと思うよ」
神に祈って祈って祈って、それでも神は助けてくれず、絶望したからこそ、ショロトルが己の中にオメテオトルを生み出したのだとしたら。
オメテオトルが女神マグダレナに救いを求めるのは、納得はいかなくても、理解は出来る。
ミチルちゃんを通して女神と接触を図りたいオメテオトル。
そうであるならば、オメテオトルと手を組んでイリダ王家の転覆を図る事を拒否なさるのだろうか?
「そんな顔をする必要は無いよ。ミチルをこの大陸から出す必要はない。
どうしても渡さなくてはならなくなったとしても、女神に愛された血筋の人間は、ミチルだけではないのだから」
……それは、ミチルちゃんの血を分けた家族の事だろうか?
「動かせる駒が一つしかないようでは、策を弄せないだろう?」
ふふふ、と大旦那様は笑った。
「愛する家族の為に犠牲になる──素晴らしい家族愛だと思わないかい?」
ベネフィス様はちらりと大旦那様を見たが、直ぐに目を閉じる。大旦那様が胡散臭い発言をすると、ベネフィス様は呆れたような目で見た後、目を閉じる。
「私の予想では、そろそろイリダが軍を動かす頃合いだ」
軍と聞いて、その場に緊張が走る。
「さて──燕国のお二人はどんな働きをして下さるかな。楽しみだね」
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