心算<言綏視点>

それがしと二条様はイリダにしばらく滞在する事が許された。

当初、難色を示されたが、皇国の魔道研究院で用立ててもらった魔石をちらりと見せれば、面白い程に掌を返してくれた。

間者として送った者達は一人も戻っていない。全員アルト家で拘束されているのだから、当然の事。

既に魔石が本格利用されていると言うエテメンアンキ。十分に確保出来る算段も付いていないのに実用化に踏み切ったは、上からの強引な圧力の所為か、愚かさ故か、それとも、手に入る算段を取り付けたか?


ト国を介して入手する事は可能性として低い。ト国は数年前からカーライル国とのよしみを強くしている。

カーライルは近年皇国圏内での存在感を増している国。

魔石をイリダに融通すれば、カーライル国との関係性は間違いなく破綻する。そこまでする理由がト国には無い。

あるとするなら脅迫された場合であるが、それならば先程某が魔石を見せただけで相手が掌を返す筈も無い。

しんばそうであっても、ト国はカーライルに発覚しない程度に横流ししていると言う事であり、慢性的な動力源不足に悩むイリダにおいては、魔石がいくらあっても困らぬと言うもの。


『存外簡単に滞在を許されて、拍子抜けした』


用意された部屋で、茶を飲みながら、ほっと源之丞様は息を吐かれる。


『左様に御座りまするか?』


『言綏、あれだけの魔石、用立てるのはかなり大変だったのではないか?』


魔石は高値である。二条様が心配するのも無理からぬ事。


『ご安心なされませ。購入資金は五条様と九条様の個人資産からたんと頂戴致しました故』


二条様が何とも複雑な表情をなさる。


マグダレナを売り、私服を肥やしたお二方は、思う以上の資産を保持なされており、それがまた公方様のお怒りを買ったのは言うまでもない。


『かと言って、あれだけの量を簡単に用立てられるものなのか?』


皇国にいらした事もお有りであるから、よくご存知だ。

魔石が高価な理由は、出回る数が少ない事にも由来する。

マグダレナの民であれば比較的簡単に作れると言われる物だが、魔石は領地運営に使うものとされ、販売する為に作る物ではない。

金銭の為に魔石を作成し、販売するのは恥ずべき事である、と教育されている。それ故に出回る数は少ない。


『ミチル様にお助け頂きました』


『ミチル殿に?』


頷き、懐紙を出し、アラレをいくらか載せる。


『魔石の購入は何処でするのかと尋ねられたので、皇都での購入を考えておりますと答え申した。

それではいくら資金があっても足りないでしょうからと、魔道研究院に行く事を勧められたので御座ります。院長宛の手紙までご用意頂き申した』


『私がルシアン殿と話している間に、そんな話をしていたのか』


左様です、と答える。

アラレを口に入れる。ざらめの甘さがしみる。


『ミチル様は以前、魔道研究院の凖研究員であらせられたとの事で、院長と新しく就任なされたカーネリアン副院長と誼がお有りで』


魔道学において世紀の発見をなさったとか何とか。

院長とご面識がお有りなのもさもありなん。

皇都に入る際、アルト伯がアビスと言う名の影をお貸し下された。アビス殿は以前ミチル様の執事をなさっていたとの事で、魔道研究院に行った際にミチル様の手紙を持っていても不審に思われない為だと。無論、監視も含んでいる事は理解している。

得心する。ミチル様は今では皇国内で知らぬ者はおらぬと言って差し支えない程の知名度を持つ方。そのような方の書状を持っていたら疑われて追い出されるのが関の山。


細やかな気配りに驚く某に、ミチル様はアラレのお礼だと仰せになられた。それから、このような事しか出来なくて申し訳ないとも仰せだった。

全ては燕国の浅慮が招いた事、と否定すると、ミチル様は首を横に振って仰せになった。

例え切っ掛けはそうであっても、イリダが資源不足による動力源確保に動く事は火を見るより明らかだったろうと。それを早めたのは間違いなく燕国であったろうとは思うものの、それは今更言っても仕方ないのだとも。


今は成すべき事をするしかなく、その為にも某と二条様には無事に戻って欲しいと。だからこそ魔道研究院への紹介状を書きましたと微笑むお姿に、このお方は人の心を掴むのがとても、とても上手いと思った。

しかも、狙ってはおらなんだ。本当に必要だと思ってそうなされている。

ミチル様の横に立つセラ殿は、そんなミチル様を諦めた目でご覧になっていた。セラ殿は反対なされたのだろう。

当然である。そのぐらいの労苦は罪を犯した国の者として、超えねばならぬものだ。

それなのに、である。


"本番前から無駄に疲れては、良い仕事は出来ませんよ。

今は、使えるものは何でも使って下さいませ。

私、いつか燕国にルシアンと行きたいのです。その際はご案内をお願いしても良いですか?"


"勿論に御座ります、ミチル殿下。燕国にご招待させて頂きまする"


皇都の魔道研究院では、ミチル様の手紙を読んだ院長と副院長が、これでもかと言う程に魔石を用意してくれた。

貴重と言われる魔石が目の前に山ほど積まれた様子に、流石に怯む。これは、何かの罠かも知れぬと。


二人は如何にしてミチル様によって救われたかを説明してくれた。

今こうして自分達があるのはミチル様のお陰であり、そのミチル様を魔の手から守る為に必要であれば、いくらでも魔石を用意するとまで言われた。


ミチル様の無意識は無双であるな。

と、思い出していた所、一連の話を聞いた二条様は満足気に頷かれた。


『ミチル殿は柔軟な思考をお持ちで、それによりルシアン殿は救われた事があるのだそうだ。

その魔道研究院のお二方も、同じようにして救われたのであろうな』


成る程。

そうしてあの猛獣を手懐けたと……。


『それよりも、言綏。明日からどう言う心算こころづもりで動こうとしておる?』


『教えませぬ』


『は?』


『若君は演技が出来ませぬ故、教えませぬ。自由に動かれませ。言綏が御して見せましょう』


『ぎょ……私は馬ではないぞ?』


『人に御座りますな、一応』


衝撃を受けた様子で、何とか次の言葉を紡ごうとするものの、思い出すのは暴走の日々ばかりなのか、口を開けようとしては閉じる、を繰り返すのを眺めながらアラレを口にする。


二条様に演じてもらうのは元より期待しておらぬ。むしろその純朴さで大物でも釣って下さる事を期待している。


若君は腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。その様子が可笑しくてつい溢れそうになる笑みに気付かれぬように、アラレを口にし、アラレの味に満足している体で口元に笑みを浮かべた。

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