マグダレナの慈愛<オーリー王視点>
マグダレナ大陸はその美しさと裏腹に、外部からの侵入者を排除する自浄作用を持つ。
どういった仕組みなのかは分からないが、マグダレナの民と、遥か昔にこの大陸に移り住んだオーリーの民は毒に侵される事は無いようだった。
毒に対する耐性が我らに付く日が来るとは到底思えなかった。何故なら、毒に侵され、大陸から引き上げた研究者は全員死んだ。ただの一人も残らなかった。
マグダレナの大陸で収穫された食料を口にすれば、いくらか毒素は和らぐものの、完全に解毒されるには至らないのだ。
解毒方法を得る為に何人もの研究者の遺体が解剖に回されたが、上陸から何年も経った今でも解明されていない。
人々は女神マグダレナの呪いだと言った。招かれていない者が、かの大陸に足を踏み入れれば女神の怒りを買うのだと。
そんな馬鹿なと信じていなかったが、解剖結果を教えられ、心がざわついた。
解剖された遺体の内臓は腐っていた。心臓も、肺も、胃も、ありとあらゆる臓腑が毒に侵され腐っていた。
若く健康な者が、マグダレナ大陸でしばらく過ごしただけで、全ての内臓が腐るなど、考えられない。
イリダの王侯貴族は、美しく資源の豊かなマグダレナの大陸に移り住む事を考えたようだが、僅か数か月で内臓を腐らせる毒が蔓延する為、その考えは直ぐに捨てた。
魔石とはマグダレナの民だけが作り出せる石だと言う事が分かった。しかもそれを、己の意思で作り出せる。
あれだけのエネルギーを内包したものを生み出せる。
イリダはマグダレナの民の肉体に興味を抱いた。
拉致した何人ものマグダレナの民達は、ひたすら魔石を作らされていたが、ある時限界が訪れたのか、作れなくなり、そのまま意識を失い、絶命した。
誰もが死ぬとは思っていなかった。
解剖しても我らと何ら変わらない構造をしている。
見えない構成要素があるのだろうと言う事だった。
大陸に長く住むオーリーの民は魔力を持たなかった。マグダレナとオーリーの混血も同様だった。
女神は、自身が作った民以外を愛さないのだと誰かが言った。
女神の大陸に住む事でマグダレナの民は魔力を有する事が出来るのだと言う事が分かった。
魔石がマグダレナの民から作られる事を知り、誘拐してきてひたすら魔石を作らせようと言う計画も、大陸から離れたマグダレナの民は、いずれ魔力が尽き、死ぬ事が分かった為、無理だと言う事が分かった。
定期的に燕国経由でマグダレナ大陸に潜入し、魔石を入手した。燕国からもいくらかは購入した。購入を拒否して大陸へ渡る事を拒まれない為であったし、魔石はいくつあっても十分と言う事もなかった。
マグダレナの民だけでなく大地からも魔力を吸い上げる事が可能だったが、一度吸い上げてしまうとしばらく復活しない事が分かり、魔石が最も高エネルギーを生み出し、場所も取らない事が分かった。
帝国皇帝の叔父は愚物であった為、難無く懐に入り込む事が可能だった。奴の元で、マグダレナの民の根源的な部分に触れる事が出来たのだから。
魔力とは、女神マグダレナが己の民だけに与えた特別な力である事は、十分過ぎる程に理解している。
どれだけ長い月日をこの大陸で過ごしても、平民であるオーリーが魔力の器を持つ事はなかった。
ごく稀に、混血である者が器を持つ事はあったが、遺伝しない突然変異的なものだった。
慈愛の女神と言うが、狭量な事だとも思ったが、こうして横から掻っ攫おうとしている我らのような者がいるのだ。
当然と言えば当然の事だった。
それに、イリダとオーリーの争い後にマグダレナ大陸に逃げたオーリーの民もイリダの民も、今では毒に侵される事もなく平和に暮らしているのだから、慈愛は間違いなくそこにあるのだ。その範囲を広げれば、己が民が不当な扱いを受ける事を、女神は見抜いていただけなのだと。
魔力を大地へ送り込む事で、大地に魔力が満ち満ちて農作物が豊かに実るのだと言う事だった。
自然に魔力が大地に溜まる事はないのだと言う。
帝国ではマグダレナへの信仰は根強く残っていたが、大地に魔力を送り込む事の意味そのものが忘れ去られているようだった。その為、教会に寄付された魔石が時折大地に捧げられる程度らしい。
まともに潜入出来ていないが、ディンブーラ皇国圏との違いはそこにあるのかも知れないと、研究者は言った。
帝国の大公が持つ文献の中に、大変興味深いものを見つけたとドレイクが言った。
帝国の祖であるシラン・リヴァノフ・ライの妹姫は、歌うだけで魔力を生み出す事が出来たと。
その力は凄まじく、歌って魔力を大地に送り込んだ後は、瞬き程の時間で草木が芽吹いたり、蕾が花を咲かせると言う。
本来一つの国であったディンブーラ皇国は、兄妹の仲違いにより分裂した。末の姫は皇国に残りはしたが、姉である女皇の元では暮らさなかったようだ。
特別な力を持つ自分を、姉が疎ましく思い、排除される事を危惧した可能性もある。
時に血の繋がりは呪いのように人を苦しめる事がある。
聡明な姫はそれを理解していたのかも知らん。
そしてその姫の能力は、血族に遺伝していると言う事も記されていた。姫の子も歌う事で魔力を生み出していたのを、伯父である皇帝は偶然目にしたのだと言う。
皇国に入り込めば間違いなく発見されて始末されてしまうが、その姫の子孫を見つけ出せれば、こちらに取り込めたなら、魔石を安定して入手出来るのではないかと、我らは考えた。そうすれば過重労働を強いられるオーリーの民の負荷も下がるのではと思った。
姫の血が絶えぬようにコントロール出来たなら、我らは安定して魔力と言うエネルギーを得る事が可能だ。
素晴らしいと思った。マグダレナの民を必要以上に苦しめる事もなくなる。
果たして、姫の子孫が見つかった。
ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトと言う名の、妖精のように美しい女だそうだ。
既に婚姻を結んで厳重に守られていた為、彼女を誘拐する事は難しかった。また、あまり屋敷から出なかった為、まともに姿を確認する事も難しいとの事だった。
あまりに稀有な存在であるが故に興奮して見落としていたが、彼女もまた、マグダレナ大陸から出ては魔力を生み出せない。
是非手に入れたいが、入れたとしても連れ去れば終わりではない。血も残さねばならぬ。
入手は必須だが、それだけでは立ち行かぬ。
*****
帝国の大公の元にいた研究者達は全員捕縛され、大公そのものが失脚した。罪状は国家反逆罪だ。
イリダの研究者の手を借りて大公が行ったのは、貨幣偽造と言う第一級犯罪だ。露見すれば絞首刑が相応しいレベルの悪事である。
研究者たちが保持していた機密文書は全て奪われたと言う。ただ、イリダの言語で書かれている為、そう簡単に解読は出来ないだろうと言う事だった。
商人として市政に紛れ込んでいたこちらの影も全員拘束され、処刑された。
どうやら、皇国と帝国の関係性が改善され、我らの存在が帝国にも露見したようだった。
やり辛くなったと、思った。
しばらくの間様子を見ていたが、それ以上気付かれる事は無かったようで安堵したが、今までのように魔石を安定して入手出来なくなった。更にこちらの足元を見た燕国が、魔石の値段を釣り上げてもきた。
数年の間に、魔石によるエネルギーはイリダに浸透しつつあり、供給量を減らす事は不可能だった。
研究者を置いておけるかどうかも不確かであった為、手っ取り早く消えても弊害の無さそうなマグダレナの民を殺し、魔石を奪った。
……彼らマグダレナの民は、死ぬと魔石を生むのだ。それを頂戴した。そして数日で大陸から引き上げた。
ただ、この強引な手法は長く続けられない。
打開策を早急に練らねばならぬ。
突然ショロトルに呼び出され、警戒していた余に、思いも寄らぬ事を言って来た。
「君さ、影と仲良くやってるよネ」
ぎくりとしたが、表情を崩さず、目も逸らさず、かと言って強く見返す事もしなかった。
ショロトルはケラケラと笑った。
「安心して。それをどうこうしようなんて思ってないから。
君が影を裏で指揮するようになってから、マグダレナに関する調査はとてもとてもスムーズに進んだんだヨ」
身を乗り出し、余の目を見上げてショロトルは言った。
「研究者の事を唾棄するように嫌っていた影達が、突然研究者にとって効率良く動けば、不思議に思うデショ?」
そう言うと余から離れ、背を向ける。
じわり、と額に汗が浮かぶ。
何処まで知られているのか。
「君は根っからの王なのサ。憎いイリダの下級国民なんて放っておけば良いのに、捨て置けない。
お陰でイリダは魔石と言う貴重なエネルギーを安定して入手出来たケド」
舞うようにくるりと回転してこちらを向いたショロトルは、先程と変わらぬ笑みを浮かべていた。
「諦めた方が良いヨ。どれだけ愚鈍だと言っても、イリダは腐っても知恵の民なんだからサ。
マグダレナの民だけが持つものの事なんて、いくら君が隠したって、直ぐに露見しちゃうんだヨ」
イリダの王侯貴族が本気で動けば、マグダレナは滅ぶ。
オーリーの二の舞いになる。
マグダレナに特に思い入れなどは無いが、目の前で命が失われていくのを見るのは、オーリーの民であろうと、イリダの民であろうと嫌だった。
ククククク、とショロトルは笑った。
今日のショロトルは悪魔の方だ、と思った。
「ごめんねぇ、私、うっかり王にマグダレナの事を色々と話しちゃったんダ」
血の気がざっと引くのが分かった。
「王は興味津々だったヨ。
多分その内、隊が編成されるだろうと思う。私は汚いのは嫌だから、行かないけど、他の王位継承者達は行くと思うヨ。マグダレナを手にしたなら、継承位が上がりそうだもんネ」
止められないのか。余はまた、命が失われるのを、指を咥えて見ているしかないのか。
「軍隊の編成には最低で半年、順当なら一年ぐらいで完了すると思うナ」
空に両手を伸ばし、ショロトルはその場でくるくると回ってみせた。
「美しいと噂の金糸雀は、一体どんな声で歌うんだろうネ?」
そう言って、歪んだ笑みを浮かべるショロトルに、ゾッとする。
「……本気で王位を狙っているのか?」
ウフフ、と笑うだけでショロトルは答えない。
「ねぇ、アスラン王。私の事が怖いデショ?」
突然の脈絡の無い質問に、何と答えて良いのか分からない。
「今の私を、皆、狂っていると言うケドね、本当は私の方が良いんだヨ?」
言ってる意味が分からない。
ドレイクに、誰がショロトルに情報を流したのかと尋ねると、自分だとの答えが返って来た。
何故だと問えば、それが自分の職務だと答えられてしまった。
その日を境に、狂気を孕んだ状態のショロトルを見る事の方が多くなった。
「お兄様」
トレニアとの月に一度の面会の日。
いつもなら手に持っている筈のブーケを手に持っていない。
「今日は花はないのだな?」
そう尋ねれば、トレニアは微笑んで言った。
「私、殿下から歌を習っているのです」
ぎくりとした。
「……歌を?」
そうです、と誇らしげに頷くトレニアは、聴いていて下さいね、と言って歌い出した。
異国の歌だった。
不意に、マグダレナの歌う姫の事が頭を過ぎった。
あの狂気じみたショロトルは、トレニアに異国の歌を歌わせて、余に見せて何がしたいと言うのか。
無残に散らされるだろう異国の姫。
ただ、歌う事で魔力を作れるからと言うだけで、犠牲になるのだ。
トレニアが、オーリーの姫として生まれたばかりに、こうして閉じ込められるのと同じように。
じわりじわりと胸の内に広がる不快感は、何をしても晴れる事は無かった。
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