闇夜<セオラ姫視点>

ワジラ兄さまが将軍として国を出立してから、届くのは敗戦の知らせばかりだった。

決してワジラ兄さまは武将として無能では無い。ただ、ワジラ兄さまが知る戦略はギウスのそれであり、満足に馬を維持出来ない現状では、難しかったろうと思う。

白兵戦は帝国軍の方が得意だろう。それなのに準備も満足に出来ぬ状況で開戦に踏み切ったのは、焦りだけだったのだろうか。そもそも、期間があったからと言って、十分な準備が出来たかも疑わしかった。

このまま悪戯に月日を過ごすよりは、行動に移した方が早いと思ったのかも知れない。


帝国との関係性は最悪だった。

皇国との関係性とて褒められたものではなかったが、帝国よりはいくらかマシだったと聞く。でもそれは、大将軍と呼ばれた男がカーライルに独断で攻め込んだ事により手のつけようもないものになった。

どの面下げて仲良くしようなどと言ってくるのかと、撥ね付けられるのは必然だった。

それでも、民を生かし、国を存続させる為には頭を下げるべきだと私は思っていた。


出兵した兵士の半分は白兵であり、捕らえられるか殺されたか。

何とも酷い事だ。あたら無駄に命を捨てさせた兄の罪は重い。


雨季に入り、曇天が空に低く垂れ込める日々が続いた。

帝国と我が国の間には、帝国が建設していた砦がかつてない程に補強され、攻め込めなくなってしまった。

このまま戦争がなし崩しになれば良いと思っていた。

誰もが良いとは言えない状況を口にしなかったが、ワジラ兄さまの祖父達だけはイライラしているようで、用もないのに登城しては戦況を知りたがった。


ボルド兄さまが全軍を引き連れて戻って来て直ぐに、各部族へ召集命令がかかった。

軍が戻ったら集まる。そう言う決まりだ。

女の私はその場に参加は出来ないから、いつもこっそり隠れて成り行きを盗み見する。


「あいつが!」


族長への礼も忘れて、ボルド兄さまは悲鳴のように叫んだ。顔色が悪い。


カーライルの悪魔がいた!」


途端に議場が騒がしくなる。


「……静粛にせよ」


バトエルデニ兄さまが低い声で言うと、ゆっくりではあるが議場は落ち着きを取り戻し始めた。


「それで、ワジラはいかがした」


「兄者はカーライルの悪魔に捕まった!」


ワジラ兄さまとボルド兄さまの祖父は立ち上がった。


「族長! 出陣を!!」


皆が怪訝な顔になる。


「オレが出て何とする。真実、相手がカーライルの悪魔であるなら、準備が必要な事ぐらい分からぬか」


その後はまともな話し合いにならず、閉会した。




「ねぇ、イリーナ」


閉会後、いつものようにイリーナの元に向かった私は、カーライルの悪魔についてなにか知ってる事はないか、聞いてみた。


カーライルの悪魔、リオン・アルトは、どんな人だか知ってる?」


「ごめんなさいね。私はお会いした事がないから、どんな方なのか詳しくは知らないの。夫のソルレなら何か知ってるかも知れないわね」


そう言って、奥にいるソルレを呼んだ。

ソルレは年老いているとは思えぬ程に逞しい肉体を持っている。カーライルでは騎士団に属していたと言うから納得だ。


「何だ?」


「セオラが、リオン・アルト様の事を知りたいんですって」


ソレルは目を細めた。


「誰に聞かれた?」


「え?」


「セオラ、お前にはこうして居場所を提供してもらっている事に感謝はするが、儂はカーライルの人間だ。どんなちっぽけな事だとしても、話す気は無い」


それだけ言ってソレルは去って行った。そこで私は、自分が二人に祖国を裏切らせようとしていたのだと気付き、慌てて謝った。


「ご、ごめんなさい、イリーナ」


「いいのよ。私も知っていたとしても教える気はないもの。だから、貴女も私達に話しては駄目よ?」


そう言ってふふ、とイリーナは笑った。

ホッとした。


私はまた、罪を犯す所だった。




戦場がこっちに移ってからは、総指揮はボルド兄さまではなく、族長であるバトエルデニ兄さまがする事になった。

ボルド兄さまが嫌がったからだ。


カーライルの悪魔が来たと言うので、皆警戒していた。でも、ずっとギウス軍が勝ち続けた。

バトエルデニ兄さまはカーライルの悪魔の上を行くのではないかと、興奮気味に言う者も現れた。

ボルド兄さまが見たのは別人で、カーライルの悪魔では無いのではないかとも言われた。

考えてみれば、皇国にいる筈のカーライルの悪魔が、帝国にいたのもおかしな話だ。

連勝が続き、皆の緊張感が切れかけようとしていた。

バトエルデニ兄さまだけは、警戒を怠らなかった。


「もし、本当にカーライルの悪魔が現れたのなら、今が一番危険だ。皆の緊張感が切れた今は、策など弄せずとも我が軍はやられるだろう」


「でも兄さま、帝国の軍と、我らギウスの騎馬隊の相性で言えば、騎馬隊が有利ですよ?」


「その慢心が危うさを招く。

セオラ、よく覚えておけ、絶対などと言うものはない。

そう思われていたのに、僅か十二歳だったカーライルの悪魔に我が国で戦上手と言われた将軍が破れたのだから」


「はい、兄さま。

でも、機動力のある騎馬隊を、どうやって帝国軍が止めるのでしょう?」


兄さまは答えなかった。




翌日、族長の許可も得ず、ボルド兄さまが自身の騎馬隊を率いて帝国軍に襲撃をかけたとの知らせを受けた。

ボルド兄さまとその祖父の一族による単独行動だ。どんな結果になろうと、罰は免れない。


私はバルコニーから様子を見ていた。


百騎以上はいるだろうボルド兄さまの騎馬隊が、帝国軍の陣に向かって突っ込んで行く。

いつもなら騎馬隊に突撃され、兵が散り散りになるのに、今日は違った。

受け入れるように兵の中央が凹み、騎馬隊の側面に向かって攻撃を始めた。


「やはり出て来たか」


振り返るとバトエルデニ兄さまだった。

兄さまは私の横に立ち、戦況を見つめる。


「それは、カーライルの悪魔の事ですか?」


「そうだ。この前までと違って兵の統率が取れている。カーライルの悪魔でなかったとしても、敵将が変わった事は間違いない」


「でも、騎馬隊が兵の中を抜けますよ?」


帝国兵に囲まれたは囲まれたが、機動力がある騎馬隊を止めるのは難しい。兵の薄い部分を突き破って抜けようとしていた。


「いや……あれは……」


騎馬隊が抜けた、と思ったのも束の間、直ぐにまた包囲された。


「何が起きたのですか?!」


「騎馬隊の機動力を削ぐ方法は一般的に二つある。前面は強いが防御の弱い側面を打つ事。機動力をそのものを奪う事」


機動力を奪う?


「あの辺りは土が異なる。長雨が抜けきらずにぬかるんでしまう場所なのだ。それを知っていて手前に陣を構え、騎馬隊を誘導したのだろう」


地の利を逆に活かされたという事?


「自国にどのような場所があるかも把握しておらんボルド達の負けだ」


それからしばらくして、ボルド兄さま死亡の知らせが城内に届いた。

バトエルデニ兄さまのお陰で上昇していた機運が、目に見えて下がり始めた。




その日の夜、夜襲の知らせが城内を駆け巡った。

馬そのものは夜目が利くが、人間は利かない。だからギウスは昼間にしか戦をしない。

夜間は守りに徹する。その為、ギウスでは幼い頃より、性別に関係なく弓を覚える。


夜襲の知らせと共に、城内の者達は一斉に、壁にかけてある弓と矢を手に、バルコニーに駆けて行った。


「姫さま」


「夜襲は?」


「あちら側です」と言って指差された方向に目を向ける。


城から見て東側。日が沈み、一番に暗闇に包まれる方角だ。

今夜は新月だ。明かりも持たずに進撃出来る筈も無い。


「全員、位置に付け!」


お互いの腕がぶつからぬ程度に間隔を空けて立ち、弓をつがえる。いちいち矢を筒から取り出していては時間の無駄となる。

二本は最低でも同時につがえておき、連射する。


「構え!」


弓が一斉に上を向く。


「ぎりぎりまで引きつけてから射よ!」


帝国軍のものと思われる松明の明かりが、列を為して近付いてくる。

明かりが城の直ぐ下まで届いた時、私は号令を発した。


「放て!!」


矢を明かりの方向に向けて放つ。しばらくすると明かりが消えた。倒したか?

そう思った時、声が上がった。


「あちらにも!」


明かりのある方角に射やすいように移動し、同じように引きつけてから射る。


……なんだか違和感がある。


そうこうしてる間に明かりが消えて行き、また別の方角で明かりが灯った。


違和感の理由を考えている間にも、矢は放たれ、狙ったように次の明かりが灯されていく。


「罠かも知れない。放つ矢の本数を減らしなさい。それから夜目の利く者に、放った矢がどうなっているかを確認させに行きなさい」


防衛の為にも城の明かりは消す事が出来ない。あちらが明かりを消してもこちらは視認出来る。

こちらからは明かりがあったとしてもはっきりとは確認出来ない。

月が出ていればまだ、見えるのに。新月で全く見えない。


しばらくして視察に行かせていた者が戻って来て言った。


「明かりだけです! 帝国兵は見当たりません!」


何の為に明かりを?

明かりでこちらに人を引きつけておいて、手薄になった場所を攻めるつもりだろうか?


「何人かの兵を連れて城の周辺で何か問題が起きていないかを確認させよ」


「はっ!」


撹乱か? そうでないとするなら、何の為の明かりだ?


警戒しながら城を見て回らせたが、結局何も異変らしきものはなかった。


翌朝になって、武器庫にあった矢の半分以上が昨日一晩で消費された事を知り、向こうの狙いが矢そのものだった事に気付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る