"名"<シミオン視点>

ラルナダルトを除いた皇国公家を招集した。

帝国にいるリオンから手紙が届いたからだ。


手紙を順番に回して読んでもらう。

読み終えた者達は決まって眉間に皺を寄せた。ある者は腕を組んで唸り、ある者はため息を吐き、ある者は額に手を当てて考え始めた。最後に手にした者は、読み終えた瞬間に手紙を握り潰した。

バフェットには最後に回るようにしたのは正解だった。


「何だこれは!」


怒りのままにバフェットが吠える。


「オットー卿、説明をお願いしたい」


エステルハージはメガネの位置を直すと、私を睨んできた。


「説明と言われても、その手紙に書いてある通りなんだが」


「これの何処にそんな説明がある!」


バフェットが投げ付けて来た、ぐしゃぐしゃに丸まった手紙を広げて皺を伸ばす。


"親愛なる皇国公家諸君

この手紙を目にしていると言う事は、公家としての役割の何たるかをまだ理解してないと言う事だろうと思う。

天下の皇国公家ともあろう方達が、こんな簡単な事も見落としてらっしゃるとは考えたくもないが、どうやら事実のようだ。


私のような愚物でもここまで知り得ていると言うのに、真実に一番近い場所にいながら、掴み取れていないとは。

愉快な事だね。

貴君達は今まで本当に起きていたのか? 目が開いていないのではないかな?


腹立たしさでそろそろ私からの手紙を読む気も失ったと思うから、手短に済ませようと思う。

個別に送る手紙を持って皇宮図書館に行き、名の更新をしてきたまえ。

もしこれを私への腹立たしさに拒否するなら、今すぐ公家当主を辞された方が世の為だ。何なら私がその手助けをしてあげるよ。


友人であるリオン・アルトより"


我が友ながら、リオンは本当に大概な男だと思う。

公家の当主達は、それぞれリオンに対して複雑な気持ちを抱いている。

普通に依頼の手紙を書いたなら、内容を無視する人間が出るだろう。例えばバフェットのようなリオンに悪感情を持っている人間は間違いなく。

それを敢えて、挑発するような内容にし、図書館に行かないと言う選択肢を選び難くする。

もし行かない事を選択した場合は、その時は行くように私が仕向ける訳だが。


怒る者、冷静であろうとする者、感情が読めない者、諦めている者など、反応はそれぞれだが、リオンが想定した通りの反応をしている。

神経を逆撫でするような満面の笑みで手紙を渡してくれると嬉しいよ、と頼まれているので、最初にバフェットに手紙を渡す。怒りが落ち着く前に渡すのが良い、と私宛てのリオンからの手紙には書いてあった。

引っ手繰るように手紙を受け取ったバフェットは、引き千切るように封を開ける。


「何だ……? ……"コウ"……?」


怪訝な表情をするバフェットに、皆、自分に当てられた手紙の封を切る。

そこには、各公家の当主が継ぐべき名前が書いてある。


「さぁ、皇宮図書館に向かおうか。時間が勿体無い」




手紙にはリオンの予定よりも早くにイリダに攻め込まれそうだとあった。

その為に、本来取りたくもない方法を取らざるを得ない事、無事イリダを排除した後の世界にもたらされる混乱に付いて書いてあった。


皇宮図書館に一番に入ったバフェットは、怒りを抑えられないまま、受付の前に立った。


「ようこそ、セオドア・バフェット様」

「皇宮図書館にようこそお越し下さいました」


いつものようにハルとエルが迎えた。

私が初めて皇宮図書館に訪れてからどれぐらい経ったろう。もう、三十年近くになるだろうか。

その時から彼らは、ずっとこのままだ。


「名の更新に来た」


「かしこまりました」

「それでは、新しい名を」


「セオドア・コウ・バフェット」


ハルとエルが同時にお辞儀をした。


「コウ様がお戻りになられた」

「ようやくコウ様がお帰りになられた」


バフェットは眉間に皺を寄せる。


「セオドア様が次のコウ様」

「新しいコウ様はセオドア様」


「誰かと間違えている訳では……なさそうだな?」


ちら、とこちらに視線を寄越すので、笑顔で返すと、眉間の皺が更に深くなった。


ハルとエルは同時に手を差し出した。

私の時もそうだった事を思い出す。


「アンクをお見せ下さい」

「コウ様のアンクをこちらへ」


胸元からアンクを取り出し差し出すと、エルは左手を、ハルは右手を出して、二人でアンクを受け取った。


「女神マグダレナの加護を受けし者の証」


エルの右手から赤い光があふれだした。


「コウの名を持つ者の証」


ハルの左手から青い光が溢れ出す。


「セオドア・コウ・バフェットを次なるコウとお認め下さいますよう」

「我らのコウに女神マグダレナの加護をお与え下されますよう」

「「我らここに祈りを捧げん」」


二人の声が重なった瞬間に、手からそれぞれ溢れていた光は離れて浮かび、空中で絡まり合うように回転した。

三度程回転し、空中に青と赤が混じり合って出来た紫色の宝石が浮かぶ。

宝石はそのまま下降し、アンクに吸収されていく。


さすがのバフェットも、声が出ないようで、手に戻って来たアンクをじっと見つめていた。


私はエステルハージに視線を送った。

呆然としていたエステルハージは、我に返るとハルとエルの前に立ち、手紙に書かれていた名を名乗った。


「クリス・トモ・エステルハージ、名を更新したい」

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