016.ふぁびゅらす
ギウスに動きがあった、とロイエは言った。
ルシアンは私を布団越しに撫でた。
「詳細を聞いてきます」
ドアの閉まる音がして、被っていた布団から抜け出す。
びっくりした。
ルシアン、ロイエが入って来たのに気付いてなかったのかな…?
……そんな訳ないな、分かってたけど無視しようとしたんだな、絶対。前にドアを開けた音だけで起きたぐらいなんだから、気付かない筈がない……。
だからロイエも咳払いを……。
あともうちょっとでキスされそ……ってぅああああああ!!
今何を考えた?!
いやっ?! 別におかしくないのではないかな?! 夫婦だしね?! そうそう! 夫婦だしっ!
おしか……いやっ、だから……!
「奥様、枕が破裂する寸前に御座います」
はっ?!
クロエに声をかけられて気付いた。
ちょっと興奮して枕を掴んでベッドに叩きつけまくってた。
……こほん。
「湯浴みの準備が出来ております」
ささ、と言われてお風呂場に連れて行かれる。
湯浴みを終えて部屋に戻った私は、レモンのソルベを食べていた。
お風呂上がりの火照った身体にしみます。
酸味と甘さが絶妙なバランスです。本当、アルト家のパティシエの腕は素晴らしい。
病み付きになるかも。入浴後のアイスとか、最強コンボだよね。パピコよく食べてたなー、前世で。
ノックの後に開いたドアからルシアンが入って来た。
と、同時にアビスやらアウローラやオリヴィエが部屋を出て行った。
スゴイよね、この徹底的に二人にされる環境。
隣に座ったルシアンは、頰にキスをしてきた。
ぅあっ、甘さ継続なのかっ?!
「戻りました、ミチル」
「お帰りなさいませ」
キスされまくるのが容易に想像出来た為、ソルベをルシアンの口に運ぶ。
「レモン味ですね。すっきりしています」
顳顬にキスされる。
甘いー、甘いよー、溶けちゃうよー。
「先程、絶妙なタイミングで邪魔された件ですが」
ギウス!
大陸の1/3を占める大国だ。
ルシアンは私の手にあったソルベの器とスプーンを取ってしまった。何だろう。気に入ったのかな?
と、思ったら、ソルベを口に運ばれた。
甘やかしだった!
「ギウスが本格的に戦争の準備を始めたようです」
戦争?!
えっ?! 何処に攻める気?!
胃のあたりがぎゅっと縮む。
「攻め込もうとしているのは、帝国にです。
ギウスは以前、父に敗けた事がありますから、皇国には攻めて来ないと思います」
そう言えば前に、
だから、お義父様のいる皇国ではなく、帝国を攻めるって事?
「ギウスは、何故戦争を……?」
前世でも、戦争はあった。
自分がのほほんと生きてる時も、世界の何処かで戦いがあったのだとは思う。
そうは思うのに、分かっているのに。実感はない。テレビやネットのニュースで見る内容だった。
「資源が枯渇したんです。
彼らは、生きる為に、隣国に攻め込まねばならないくらいに困窮しているんです」
「で、でも、戦争をせずとも、商売ですとか…」
「ミチルのように考えてくれるなら、良いんですが、そうもいかないんです」
「……皇国はどうするんですか?」
「静観するでしょう。帝国から何がしかの要請があって、初めてどうするかが議題に上がるでしょうね」
それを酷いとは言えない。
誰しも戦争などしたくはない。
「では……」
「旅行は予定通りに行くそうです。
来週の兄上の結婚式に出席し、さ来週には向かうとの事でした」
「え……?」
戦争が始まるかも知れないのに、行くの?
「明日、もう一度確認する為に父の元へ行って来ます」
翌日、ルシアンはお義父様に会いに出かけたけど、旅行は決定事項だと一蹴されて帰って来た。
*****
ラトリア様とロシェル様の結婚式。
あんな不純な動機で決まったとは思えない程に、仲睦まじい二人の様子に、ホッとする。
ロシェル様が自分でデザインしたと言うウェディングドレスは、ロシェル様のゴージャスでナイスなばでーを惜しみなくこれでもかと見せつけてくるマーメイドラインだった。純白の薔薇のブーケが、よくお似合いですよ!
なんだっけ、ふぁびゅらす!
式を終えた後、親族での集まりでも、お二人の間に流れる空気が甘くて甘くて、砂とか砂糖とか吐けそうだった。
え? 私とルシアン? ナンノコトデスカナ?
「お義兄様、お顔が緩みきってらっしゃいますわ」
「いやぁ、一生独身かと覚悟していたからね。無事に結婚出来た上に、その相手がこんなにも素敵な女性なのだから、顔も緩むよ」
そう言ってラトリア様はロシェル様の頰にキスをした。ロシェル様の顔が赤くなる。
ぬぁっ?! 人前なのにお構いなしですか?!
「兄上もアルトの男ですから」
隣に立っていたルシアンが言った。
アルトの男?
「妻ただ一人を愛し、愛している事を恥じず、隠さず、惜しまず。これが初代当主が残したアルト家の男の心構えですから、ミチルも兄のあのような姿など鬱陶しいでしょうが、諦めて下さい」
お祝いの日でも容赦ないなー、弟……。
それにしても、そういう決まりなのか。
自分がされている事が、初代当主が残した言葉に則ったものだったのかもと思ったら、急に気持ちが萎んできた。
「家訓などなくとも、アルトの男は一人しか愛せませんし、溺れるんですが」
溺れる?!
ふふ、とルシアンは微笑んだ。
「私も、ミチルに溺れているでしょう?」
顔が熱くなる。
そ、そんなの、そうですね、なんて言えないし、何て答えるのが正解なの?!
慌てふためいていると、ルシアンのキスが顳顬に落ちてきた。
ここにも甘すぎる人いた!でも、甘さで溺れそうなのは私なんですが!
「ロシェル、名こそレンブラントだが、今日からそなたはアルト家の一員だ。よろしく頼むよ」
お義父様の言葉に、ロシェル様はカーテシーをした。
「不束者ではございますが、夫と共にアルト家の一人として、家を盛り立てて参りたいと思います」
そうなのよ、レンブラント家だけど、アルト家との縁は切れないのですよ。
そんな訳なので、ロシェル様、いらっしゃいませ、アサシンファミリーへ!
「ミチル、アルトは暗殺集団ではありませんよ?」
アレッ?! 口にしてないつもりだったけど、漏れてた?!
お義父様もお義母様を大切にするし、浮気なんかしてなさそうだし、ルシアンは言わずもがなだし、ラトリア様もきっとそうなんだろう。
アルト家男子って、そういう意味でも貴族令嬢の人気高そうだなー。重ね重ねアサシンファミリーだけど。
ロシェル様はお義母様と何やら楽しげに話し始めた。
あそこは趣味が同じだし、お義母様が人格者だから、嫁姑問題とかもなさそうだし、平和だ、うん。
ちょっとミチルさん? 貴女、社交も満足に出来ないようでは、アルト家の嫁として困りますわよ?とか言われてる姿を想像してみた。
……うん、正論だ。嫌味じゃない。至極ごもっともで謝るしか出来ないわー。
「父上、帝都へのご旅行は予定通りと伺っておりますが」
「あぁ、そうだよ。留守を頼むよ、ラトリア」
「心得ております。ですが、ギウスの件もありますし、ミチルを連れて行かずともよろしいのではありませんか?」
「今回の旅行は、ミチルが皇帝に会いたいから行くのだから、ミチルは必須だよ」
?!
そんな趣旨だったなんて、聞いてませんけど?!
「お義父様?!」
困った顔をするラトリア様。
ちょっ、違うから!
皇帝に会いたいのは間違いないけど、私が言ってるからじゃなくてですね?!
「発言に気を付けて行って来るんだよ。そうしないと、ルシアンが皇帝を始末するといけないからね」
心配するとこそっち?!
「父上とルシアンが一緒にいれば、大概の場所は安全なのは確実だけどね、兄上としてはやっぱり心配だよ」
「お義兄様、ご心配をおかけして申し訳ありません」
反省の意味を込めてお辞儀。
…って、私の所為じゃないぞ?!
「帝都はとても美しいと聞く。今はまだ準備段階だろうから、開戦までは時間もあるだろう。安心して旅行を楽しんでおいで」
そう言って微笑むと、ラトリア様は私の頭を撫でた。途端に隣のルシアンから冷気が漏れた。
「兄上、命日と結婚記念日が同日になっても?」
慌ててラトリア様の手が離れる。
「いくら義妹だからと言って、気安く触るのはどうかと思うよ、ラトリア。私もそんな事をされたら腕の一本や二本は切り落としたくなるなぁ」
笑顔のお義父様の言葉に、ラトリア様は両腕を抱えた。
「許して、ルシアン……」
ルシアンからの冷気が消えない。兄だからなのか、本当に容赦しないんだよね。
どうしたもんかな。
えっと、あっと、うーむ……。
ルシアンの手を掴み、頭の上に乗せてみる。
驚いた顔になるルシアンと、ぶっと吹き出すお義父様。ほんわかした顔になってるラトリア様。
まぁまぁ、とお義母様とロシェル様まで!
私なりに場を和ませようとしてだね?!
「私の手で消毒と言う事でしょうか?」と笑顔でルシアンが言い、ラトリア様は泣きそうになっていた。
「消毒って……兄の扱いが酷くないかい?」
「あら、ミチルに勝手に触れたラトが悪いですわ」
「そんな、ロシェまで!」
ラブラブですわぁ。
二人の幸せが末永く続きますように。
「ロシェル様、おキレイでしたね」
何度思い出しても、ロシェル様のキレイなウェディングドレス姿にうっとりしてしまう。
あのないすばでーは、確かにマーメイドラインがお似合いでしたよー。
ふぁびゅらすですよー。
白い薔薇を髪に挿したロシェル様、女神かと思う程キレイだったー。いいなー、あんな美人の奥さん。ラトリア様羨ましい!
興奮している私とは対照的に、抑揚の無い声でルシアンは言った。
「そうですね」
棒読みだね?
私の視線に気付いたルシアンは、しれっと言い放った。
「ミチル以外、同じに見えますから」
眼科行く?
腰に腕を回され、ぐっと引き寄せられる。
「この世で一番ミチルが可愛い」
やっぱり眼科行った方が。
鼻を甘噛みされた。コレ、久々だ。
何も言ってないのに。何でバレたし。
「来週には帝都に向かいますからね」
ラトリア様とロシェル様の結婚式も終わったから、遂に帝国に向かうんだよね。
ディンブーラ皇国から出るの、初めてだよ。
「また皇帝兄弟に会うのかと思うと憂鬱です」
あー……やっぱり、自分を殺そうとした人となんて会いたくてないよね?
「私、配慮が足りませんでしたわ。帝都行き……」
「レーフの前に貴女を晒すのかと思うと、苛々します」
殿下?何で?
「!」
まっ、また鼻を噛まれた!
「まだ気がついてないんですか? 彼はミチルを想っているんですよ?」
「え? 冗談ですよね?」
「そんな冗談を言うメリットが私にありますか?」
……確かに?
「以前、自分に鞍替えしないかと言われていたでしょう?」
あー……そんな事言っていたような気もしなくもない。
「面白くない冗談だと思っておりました」
調子に乗るなコンチクショーとか思ってたような?
……あれ、冗談じゃなかったの?
「……物好きですわね?」
ルシアンがじっと私を見ている。
「………………」
はっ!
しまった!
これだとルシアンの事も物好きって言った事になってしまう! いや、大分物好きだとは思うけどっ。
「あっ、あのっ、ルシアンはあの、物好きって言うか、奇特って言うかっ」
「言い換えても意味ないですよ」と言ってルシアンは苦笑した。
すみません……。
えーと、ルシアンは私が殿下を見て心が揺れるかもと、心配してる?
それとも、私を見せたくない的ヤンデレ思考?
……どっちも?
と、とりあえず前者は絶対ありえないんだぞ、という事を伝えねば!
「ルシアンに似てるからって、好きになる訳ないのに、意味が分かりません」
むしろ嫌だろう。大好きな人と同じ顔なのに別人とか。
複雑な気持ちになるだけだと思うけど。
そうじゃない人もいるかも知れないけど、自分的にはないかなぁ。
「本当に?」
「本当ですっ」
「じゃあ、ミチル」
読めたぞ!
ルシアンの口を手で塞ぐと、目が笑った。
やっぱりー!
直ぐに手は外されてしまったけれども。
「ルシアンはいつもそうやって破廉恥な事ばっかり!」
「破廉恥じゃないでしょう? 妻に愛されたいと願うのが破廉恥なんですか?」
うぐっ。
「愛し合いましょうね?」
あぅぅぅぅぅっ。
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