012.レーゲンハイム
レーゲンハイム家は王城での集まりの後、直ぐに私に面会を求めて来たので、会の一週間後、会う事にしていた。
そんな訳で、今日がその日なのです。
全員が私の姿を見るなり跪くものだからびっくりして、思わずルシアンの腕にしがみついてシマッタヨ。一瞬襲って来るかと思ったよね。
私の決定に不服がー!って。
レーゲンハイム家、とは聞いていたけど、これ、レーゲンハイム一門全員来たんじゃねー? って言いたくなる人数です。そしてそれを収容できるこの宮、凄い。
こんな大人数だと思ってなかったから、食堂で話を、なんて思ってたんだけど、さすがに入らないッス。
アビスから立ち上がるよう促され、全員が立ち上がった。
まだちょっとひよっている私はルシアンにぴったりくっついて立ってみたりして。
直答を許す旨が伝えられると、いぶし銀さんが前へ出て、胸に手を当ててお辞儀をした。
「殿下のご配慮のお陰で、我らレーゲンハイムは再び主人に仕える幸福を得る事が可能となりました。
心よりの感謝を述べると共に、忠誠をここに誓います」
ザッ、と一糸乱れぬ動きで全員が頭を垂れた。
ぐ……軍隊……?!
「ミチル、言葉をかけてあげては?」
ルシアンに促されるまで、呆然としてしまった。
我に返り、どんな人がいるのか、顔を見ようと思ったけど、皆俯いてるし。
「面を上げて下さい」
私の言葉に顔を上げたレーゲンハイム一門の顔を、出来るだけ早く覚えなくては、と思いながら見回す。
「改めて、自己紹介をします。
私はミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットー。近いうちにラルナダルトの名を名乗る事になります。
カーライル王国アレクサンドリア伯爵家の次女として生を受けました」
ルシアンを見ると、ルシアンが優しい表情で頷いた。
「こちらはルシアン・アルト。カーライル王国にて宰相を務めるアルト家の嫡子であり、私の夫です」
皆の視線がルシアンに移る。心なしか鋭い。
アルト家は良くも悪くも有名だから。
謀で有名なアルト家が、皇国に手を伸ばす為に私と結婚した、みたいな根も葉もない噂が立ってるらしい。
皆想像力逞しいね?!
「私は祖母がラルナダルト家の血を継ぐ事を知りませんでした。全てはここにいるルシアンが私をここに導いてくれたのです」
ちょっと端折ってるけど、大筋間違えてませんよ。
お義父様の案では、ラルナダルト家は再興しないままだったのだから、こうしているのは、ルシアンの決断による所が大きいのだし。
私の説明を聞き、ルシアンに注がれる視線が気持ち優しいものに変わった気がする。
「私はラルナダルト家の事を何一つ知りません。
貴方達の知るラルナダルトを、私に教えて下さいね」
ラルナダルト家の事で知ってる事なんて、ルシアンやお義父様から聞かされた事ぐらいだからね。
祖母は家の話はしなかった。今思えば、"レイ"と言う名はもらったけど、祖母はラルナダルト家の再興を望んでいるのだろうか?
祖父と出会った時にも、逡巡していたし。
「恐れながら」と声を上げたのは、いぶし銀さんの横に立つ男性だ。
年齢的にも、髪の色からしても、いぶし銀さんの孫で、アウローラさんのお兄さんではないかと思われる。
私が頷くと、男性はお辞儀をした。
「お目にかかる幸運に、我が身は震える思いにございます、殿下。
私はダヴィド・レーゲンハイム。レーゲンハイム家の当主にございます」
アウローラさんと同じ、ヒヤシンス色の髪をしている。
いぶし銀さんも、今はキレイな白髪だけど、元はヒヤシンス色だったのかな。
「殿下のお慈悲により、我らレーゲンハイムは離散の危機を免れました事、感謝の念に絶えません」
でも、財産とか地位とかは失ってしまったけどね。
「少し、話しても?」
ルシアンが声をかけてきたので、頷く。
私に向けていた顔をいぶし銀さん達に向けた途端、優しい表情から、無表情になった。
「ルシアン・アルトである。
ラルナダルト家は、今後アルト一門に加わってもらう事になる。その事に異議がある者は、今直ぐここを去るように。意に添わぬ主従関係は、お互いを不幸にするだけだ」
あ、俺様ルシアンだ?!
滅多に見られないレアルシアンじゃないですか、やだー!
ルシアンの言葉を受けても、誰もその場を去る人はいなかった。誰もが真っ直ぐにルシアンを見つめている。
その視線はルシアンを試しているようでもあって、自分がされてるのではないのに、緊張する。
私と違ってルシアンだから、失敗しないって分かってるんだけどね。
「今回のアドルガッサー解体により、王家に取り上げられた領地、およびレーゲンハイム家の領地の両方がラルナダルト家の物となった」
えっ?!
あの……もしかしてそれ……私があんな事しなくても、そう言う事になってた?
余計な事しちゃった?
私の視線に気が付いたルシアンが、笑いながら言った。
「いえ。あの後、公家の面々が我らを抜きにして話し合い、決めた事のようです。ミチルの発言がなけれは、あのままの裁定だったと思いますよ」
よ、良かった……。
余計な事を全貴族の前でやっちゃった、一人だけ空気読めない奴になったかと思ったよー!!
「私も妻も、カーライルの王都にいる事が多くなる。領地を持ったとしても、治める事は難しい。
そなた達に、ミチルに代わりこの地を治めてもらいたい。
それから、明後日にはここを発つ。ダヴィド、そなたはカーライルに付いて来るように」
「仰せの通りに」
ダヴィドは深々とお辞儀をした。
明後日にはここを出るのか。
何だかんだ、結構ここに滞在したよね。
「お願いがございます」
いぶし銀さんが言った。
隣に立つアウローラさんが真っ直ぐに私を見ている。
……えっ、もしかしてこの前の奴、本気なの?
「殿下の護衛として、孫のアウローラをお連れ下さい。
必ずやお役に立つと思います」
いやいや、私なんかの護衛なんてとんでもない、とお断りしようとしたら、先にルシアンに「許可する」と言われてしまった。
ルシアンは過保護だと思う……。ゼファス様が付けてくれた影もいるって事が分かったのに。
この前、アドルガッサーの王太子に向けられた
*****
オリヴィエとアウローラの関係は、あんまり良くない。
何がいかんのか分からないけど。
オリヴィエはあからさまにアウローラを無視していて、アウローラは笑顔で嫌味を言うし。
えー……? こんなんで護衛務まるのー?
「あの二人はあのままなのでしょうか……」
ため息が出るよ。
我も我も、と言った行動はない。アウローラも先輩をとりあえず立てますが、と言うスタンスだからだ。
でも、そう言った雰囲気に私がげっそりしてしまう。
よく分からない二次被害に遭ってる……。
「どうなんでしょうね」と言うルシアンは、まったくあの二人の事に関心がないようで、私の頰を撫でている。
くすぐったいよ?
「アビスには二人の事をよく見るように言ってあります」
あぁ、仲裁してくれるって事?
有り難いわー。
ホッと息を吐いた私に、ルシアンが鬼畜発言をする。
「使えないようなら直ぐに辞めてもらうようにと」
そっち?!
「大丈夫です。その内全て落ち着きますよ」
その自信は何処から来たし。
長距離用馬車とはよく出来たもので、揺れにくいように徹底されているし、座りっぱなしでも疲れにくい。
そう、揺れにくいので、馬車の中でもワインが飲めたりするらしいよ。
ただ、そんな余裕はなく。何故かと言えば、今まさに、旧レーゲンハイム領を通ってる訳なんだけど、多くの人達が馬車を取り囲んだりするからだ。
すわ、敵襲か?! と思ったら、領民の人達で、ラルナダルト家が復興した事を喜んでいた。
特に、結構な高齢の領民達が、拝むように手を合わせるからビビった。
馬車に同乗していたアウローラが教えてくれた事には、祖母はラルナダルト領でも、レーゲンハイム領でも、領民に自ら声をかけていたらしく、その気さくさと美しさから、とても慕われていたのだそうだ。
それを聞いて、祖母らしいと思った。祖母ならそうするだろうなと思ったから。
不意に馬車が止まった。
「見て参ります」
アウローラが馬車を降りた。
ルシアンは私の肩を抱いて引き寄せた。
少しだけ緊張する。
しばらくしてアウローラが戻って来た。
「お待たせして申し訳ございません」
アウローラは大輪の花束を手にしている。
「レーゲンハイム領でこの時期に取れる花で作った花束を、是非殿下にと渡されたのですが」
クロエが花束をアウローラの手から奪うと、つぶさに確認していく。
「クロエは植物にとても造詣が深いの。念の為、危険な物が混じっていないか確認しているのよ。気を悪くしないでね」
そう説明すると、納得したようでアウローラは頷いた。
「そう言う事だったのですね。さすがアルト家です」
「問題御座いません」と簡潔に答えたクロエは、アウローラに花束を返した。
アウローラは改めて私に花束を差し出した。
「ありがとう」
受け取った花束には、季節の花がまとめられていた。
お花屋さんが作ってくれたものではないから、キレイに見せるようには作られていない。
葉っぱもそのままだし、バラバラに組み合わさった花は、花束としては、落第点だろう。
でも、一つ一つの花はとてもキレイで、沢山ある中で一番美しく咲いていたものを選んでくれたのだろうと思った。
会った事も無い、私の為に。
それは、祖母がそうやって領民に接して来たからだ。その事に、胸がじんわりと温かくなる。
「"緑深き森の奥に 光射す
優しい風が吹けば 鳥たちも集いさえずり
けもの達も足を止め 喜び踊る"」
気分が良かったのだと思う。
祖母から教えてもらった歌を、気が付いたら、小声ではあるものの、歌っていた。
「"雨よ降れ降れ 地を潤し
新たな命を芽ぶかす力を与えたまえ
風よ吹け 種を 花を運べ
新たな命を生み出す力を与えたまえ"」
この歌を、祖母は祈りと感謝の歌だと言っていた。
領民の人達には聞こえないだろう。恥ずかしいから聞こえなくて良いけど。
ありがとう、顔も知らない領民の人達。
きっと祖母を愛してくれていたんだろうと思うんだよね。
「"乾いた風も 冷たい雪も
全ては新しい命を生み出す為に
穢れを払い 命の水となり
美しき年がまた 始まる為に"」
歌い終えた瞬間、アウローラが号泣してるものだからびっくりして花束を落としそうになった。
「あ、アウローラ?」
「その歌は……ラルナダルト家に代々伝わる歌にございます、殿下がご存知とは思わず……見苦しいものをお見せして、申し訳ございません!」
アウローラはハンカチで涙を拭った。
「祖母はよく、アスペルラ姫のお話をして下さってね。歌を教えて下さったのよ。今のもそうね。」
この歌がラルナダルト家に伝わる歌だとアウローラは知っていたと言う事は、こっちでは有名な歌なのだろうか?
恥ずかしさもあって、一緒に歌ってくれれば良かったのにと言うと、アウローラは首を横に振った。
「歌えますが、効果はありません」
効果?
私が分かっていない顔を見てしていたからだろう。
アウローラが教えてくれた。
「殿下、歌についてイルレアナ様から何か他に聞いた事はございませんか?」
「聞いた事……?」
歌に込められた意味なんかは教えてもらったけど……。
「名を持つ私達の歌は女神に届くのだと、何度も教えられましたわ」
名、と言うのが何を指しているのか、私には分からなかったけど。
「殿下の、"レイ"と言う名は、ラルナダルト家を継ぐ者にのみ引き継がれる名にございます。
皇国八公家はそれぞれ名を持っておりますが、今の公家は名乗る者もおりません。敢えて名乗らぬのか、その意味を忘れたのかは分かりませんが」
「そなた達、レーゲンハイム家はその意味を知るのか?」
ルシアンが尋ねた。
そう言えば前に、"レイ"の名を継ぐ一族はいない、みたいな事を言ってたけど。
祖母も秘密の名だと言ってた割には、私をそう呼んでいたし、なんだか分からん。
「レーゲンハイムはラルナダルトを守る為、ラルナダルトと同じ知識を代々有します。
本家に生まれた者は
当主だけしか知らぬ場合、不測の事態が発生すると知識が失われます。それは、絶対に避けねばならぬ事にございます」
なんか凄いな。
そこまでして徹底して引き継がれていくものなのに、現在の継承者が私で申し訳ない気持ちになってきたよ……。
「殿下は、髪の色、瞳の色、その名からしても、イルレアナ様のお血筋である確率は高いとは思っておりました。
祖父は間違いないと申しておりましたが、イルレアナ様を存じ上げない私には、信じきれない部分もありました」
あー……、うん。そうだよね。
謀に長けたアルト家がそれらしい人間を連れて来たという可能性を懸念したって事だよね?
ずっと探してて見つからなかったのに、孫でーす、ってイキナリ現れたんだから、無理ない事だよね。
アドルガッサーとカーライルは国を二つ隔てているから、探しきれなかったのだろうな。
「申し訳ございません。私は信じきれておりませんでした。兄は単純ですので祖父が言うのをそのまま信じている可能性が高いです。
我らレーゲンハイムがお仕えすべきはラルナダルト家の血を継ぐ方のみです。偽物ではありません」
そこまで言ってアウローラは笑顔を見せた。
いつも笑顔を見せてくれている人だったけど、今の笑顔を見て、これまでのは本物の笑顔じゃなかったんだと分かった。
「先程、殿下が歌われた時も、イルレアナ様の行かれた先で偶然教えてもらったのかとも疑いましたが……間違いなく、殿下はラルナダルト家のお血筋にございます。
イルレアナ様から、女神の涙も引き継いでいらっしゃるのですか?」
え? 女神の涙?
アスペルラ姫が女神からもらったって言う宝石?
あれ、祖母が持ってるの?
「いえ、受け取っておりませんわ」
アウローラの顔色が変わる。
「女神の涙を持たずに、これだけの効果を……?」
さっきから効果、効果言ってるけど、何ね、ソレ?
「馬車を止めます」
アウローラは窓から顔を出すと御者に止まるよう指示を出した。
な、何……?!
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