013.祈りの歌と錬成術

アウローラに言われて馬車を降りる。

テキパキとアウローラは指示を出し、人払いをさせる。


「殿下、申し訳ありませんが、ここで先程の歌をもう一度歌っていただけますか?」


??

戸惑う私に、ルシアンが「私からも是非」と言うものだから、小声で歌った。


信じられない事に、目の前で植物がぐんぐん伸びて、葉を広げ、蕾を付け、花を咲かせた。

呆然としていると、アウローラも信じられないと言う顔をしている。


「ラルナダルト家に代々伝わるこの歌は、女神マグダレナに捧げる歌です。

歌う事で大気中の魔素を魔力に練り上げて増幅させ、大地にその恵みをもたらすのです。

女神の涙は持つ者の魔力を増幅させます。ですが、殿下はお持ちではないのですよね?」


宝石で持ってるのと言ったら、ルシアンからもらったアレキサンドライトぐらいだし、他に持っているアクセサリーなんてアンクだけだもんな。

……ん? アンク? アンクにも宝石ハマってたな、確か。


「ルシアン、皇宮図書館に行った際、ハルとエルにアンクを渡しましたか?」


「えぇ、渡しました」


「宝石をアンクに埋め込まれました?」


「いえ。ミチルのアンクにはありますね」


皇族の証だから常に身に付けておけと言われているので、アンクはチョーカーにしたり、ペンダントトップとして身に付けてる。寝る時と入浴時に外すぐらいだ。


アンクを取り出す。紫色の宝石が十字部分の真ん中に嵌め込まれている。

ルシアンもアンクを取り出す。ルシアンの物には無い。


そう言えば、ハルとエルに名乗った時、レイの名を持つ者の証って言われたりしたな。もしかしてこの宝石、女神の涙に近い効果があるとか?


皇宮図書館であった事を説明する。


「アウローラ、イルレアナ様は女神の涙を所持していたのは確かですか?」とルシアンが尋ねた。

アウローラは頷く。


「祖父の話では、イルレアナ様が女神の涙を所持して歌うと、蕾が花開いたとは聞いています。先程の殿下のような芽吹いて蕾を付け、花開くなどは聞いた事がありません」


アンクとこの宝石が凄いって事?


「殿下、ラルナダルトの血を引く者だけが、先程の歌を歌うと、効果があるとレーゲンハイムでは伝わっております。"名"を持つ者の祈りは女神に届きますが、歌で祈りを捧げられるのは、アスペルラ姫の血を引くラルナダルト家だけなのです。

これは、女神が直々にアスペルラ姫におっしゃられた事と聞き及んでおりますので、間違いないかと」


えーと……アウローラは私がラルナダルトの人間なのか懐疑的だったけど、私がラルナダルト家とレーゲンハイム家当主とその子供しか知らない歌を知ってて、かつ、歌った結果、花を咲かせる力を持っていた事から、私がラルナダルトの血を引くのは間違いないと確信したと。


女神から授けられた宝石は、魔力を増幅させる力がある。

それは代々、ラルナダルトを継ぐ者が持つ宝石だと言う。


「嫡子ではなく、祖母が持っていたのですか?」


「イルレアナ様の兄君は当主ですが、家督を継いだばかりで女神に祈る時間的余裕が無かったそうです。代わりにイルレアナ様が祈りを捧げてらしたようなので、イルレアナ様がお持ちだったとしても不思議はないかと」


なるほど。


「そろそろ出発しましょう」


ルシアンに促されて馬車に戻ろうとした時、気持ちが悪くなって来た。世界が回ってるみたいだ。

その事をルシアンに伝えると、クロエとアウローラは別の馬車に移った。


「ミチル、頭をここに乗せて」


言われるままに膝枕をしてもらう。


「水を飲みますか?」


首を横に振る。

心配そうに私の髪を撫でるルシアン。


「どんな状態ですか? 胸がムカムカする? 胃もたれのような感じですか?」


「いえ……身体の中全部が……回っているみたいな……」


頭の後ろから引っ張られるような感覚と共に、意識を手放した。




「レイ、そんな顔をしないで」


泣くのを必死に我慢していた私の頭を、祖母は優しく撫でた。


今日は祖父母が旅に出る日。

家督を息子である父に譲った祖父は、祖母を伴って旅に出る事にしたのだ。

両親は鬱陶しい存在がいなくなると、清々した様子だった。

私は唯一の味方を失う事が嫌で、最後まで抵抗していた。

でも、祖父の意見は覆される事なく、二人は屋敷を後にした。


祖父母が旅に出てしばらくして、手紙が届いたけど、両親も兄も姉も関心が無いみたいで、大して見もしなかった。

手紙に自分の事が書いてあるのではと、僅かな期待を抱いて読むも、そこに私の名は無かった。

それが2度、3度と続き、5度目の時には私は祖父母からの手紙を見るのをやめた。


ミチルは祖母に捨てられたのだと思った。

それからは、両親に好かれようとした。兄や姉に好かれようとした。でも、関係はよくならなかった。

その寂しさを食べる事で紛らわせていた。

結果がアレだった訳だ。


目が覚めた時、ルシアンが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。


「ルシアン……」


ルシアンの指が私の目尻に触れる。


「大丈夫ですか? 怖い夢でも見ましたか?」


「ルシアン……」


「ここにいます」


「私を……捨てないで……」


酷く驚いた顔をして、ルシアンは私の頭を抱きしめた。


「あり得ない。絶対にあり得ません。私が貴女を捨てるなんて、絶対に」


温かい。

ルシアンの体温が、染み込んでくる。


「捨てないで……」


眠い。

泥のように眠い。




*****




目を覚ました時、妙にスッキリした感じと、怠さと、咽喉の乾きと空腹感があった。


「ミチル……良かった……」


泣きそうな子犬顔のルシアンがいた。


馬車の中……にしては広いな……。

周囲を見渡していたら、ルシアンに抱き起こされた。


「水を飲みましょう」


支えられながら水を飲む。乾いていた身体が潤っていく感じがした。

水が美味しいっス。


コップを受け取り、水を飲む。

水、美味し!


「このまま、目を覚まさないかと思いました」


あっ、コップを奪われた。

いや、確かにもう飲み終わっていたけどね?


私の頰を撫で、おでこにおでこをくっつけてくる。

相変わらず甘々だなぁ、ルシアンは。


「どのぐらい寝てましたか……?」


「一週間です」


一週間?!

そりゃルシアンも心配するよ! 甘々にもなるよ!


「心配させてしまって……ごめんなさい……」


ルシアンの頰を撫でる。私の手の上に自分の手を当てると、目を閉じるルシアン。


「本当に良かった……」


「ここは……?」


「カーライルに戻って来ました」


一週間もあれば戻るか。そりゃそうだ。


「随分とうなされていました」


熱が出た時の夢って、大体悪夢だよね。


「ミチルの目が覚めた事を知らせてきます。

汗をかいたでしょうから、湯浴みをして、消化しやすい物を食べましょうね」


こういう時のルシアンは急にお父さん化する。お母さん化とも言うかな。


ルシアンが部屋を出た後、エマとクロエが部屋に飛び込んで来た。心配かけていたみたいで、二人とも泣き笑いみたいな顔をしていた。


二人の手を借りながら湯浴みを済ませ、部屋に戻る。

帰って来ましたよ、一年ぶりの我が家です。

ロイエがワゴンで料理を運んで来た。

ロイエも久しぶりー! 久しぶりなのに、寝込んだ状態で運び込まれてソーリー。


ルシアン手ずからリゾットを食べさせられた。


祖父母が旅立ってから見ていた夢は、思い出したくもない、家族からの虐めの日々だった。

そんな夢を見た後だったからか、ルシアンの甘やかしが嬉しくて心地よくて、膝の上にのせてもらいながら、食べている。


あーん、と言われる前に口を開けて、次のひと口を催促した時には、ルシアンが感動していた。


「可愛い……いつにも増してミチルが可愛い……!」


いや、落ち着こう? ルシアン。


「はぁ……こんな日が来るなんて……」


感極まってるけど、色々と大丈夫かな……。

ため息すら色っぽいね、相変わらず。どうなってんの、このイケメン。

顔を覗き込んでみる。

その動作もルシアン的に予想外だったらしく、手で顔を抑えていた。


「ちょっと……今が現実なのか自信がなくなって来ました……もしかしたらミチルが目覚めるのを待ち焦がれている内に意識を失って見ている夢なのかも……」


大袈裟だな?!

って言うか夢ってどう言う事よ?

まぁ、私が甘える事、全然ないもんね……。


ルシアンの服を掴んで、次のひと口を更に催促する。

うっとりした顔で、ルシアンは私の口にスプーンを運ぶ。

トマトベースのリゾットは酸味がちょうど良くて美味しい。五臓六腑にしみわたりますー!


「もっと食べたいです」


リゾットを掬ったスプーンを口に運んでくれる。


「美味しい?」


「ルシアンが食べさせて下さるから、より美味しく感じます」


これは本当に。

夢の中で心をボッキボキに折られてしまったものだから、ルシアンの優しさが心にしみてしみて仕方がない。目まで潤んでくるよね。


ルシアンの耳が少し赤い。


「夢なら覚めないで欲しい……」


ルシアンの暴走? がまだ続いてるけど、放っておこう……。


リゾットを食べ終えて、ほうじ茶を飲む。ルシアンに支えられながら。

大丈夫なんだけどな、と思ったけど、ルシアンがやりたいみたいだから、抵抗しなかった。


ルシアンに寄りかかり、頬ずりをすると、ルシアンはまた、何かに耐えてると言うか、何かと戦っていた。

ふぁいと?




「魔力酔いではないかと」


私が寝込んでいる間の仕事を片付けにルシアンが部屋を出て行った後、ロイエ先生とクロエ看護師、アウローラ女史との面談です。


先程の発言はロイエ先生です。

その言葉を受け、アウローラが頷いた。


「殿下はあの日、祈りの歌を歌われましたから、体内の魔力が巡られたのでしょう」


祈りの歌?と聞き返すロイエに、アウローラが説明した。

本来ならラルナダルト家とレーゲンハイム家のみが共有する情報らしいが、状況は変わった。

私が眠っている間に、アウローラはアルト一門の説明を受けたらしい。


アルト一門は数多くの一族をまとめているが、その中でも三つの家がその下の家門をまとめている。

一つ目はベネフィスを当主とするルフト家。代々アルト家の執事を担い、宗主であるアルト家当主の一番近くに侍り、全ての調整役を担う。薬物に長け、得意な武術は体術だそうだ。

二つ目はセラやフィオニアの父が当主を務めるサーシス家。諜報活動が最も得意であり、ディンブーラ皇国のあちこちに一族の人間を送り込んで情報収集をしているらしい。また、この一族は特殊能力を持つ。セラは幻覚を見せる能力、フィオニアは暗示をかける能力を持つ。この力がある為、サーシス家は力が出ていない人間であっても、アルト一門以外の人間とは婚姻を結ばない。力を保持していたら本家に養子に入る。血が薄まり過ぎないように調節されるらしい。何処ぞの皇室のようである。

三つ目は私も知らない。ここは当主直下らしいので、影と呼ばれる暗殺部隊なんじゃないかと推測。

今回、四つ目として、レーゲンハイム家が加わる事になり、その為にダヴィドは連れて来られたらしい。私が倒れた事を知ったいぶし銀さんもカーライルに来ちゃったとの事。過保護だ。


……で、当然これまでのアルト一門の中にレーゲンハイム家が加わる事に難色を示した家があったらしいんだけど、アルト家は皇国八公家に正式に入ってしまったし、旧アドルガッサーを治める意味でも必要だと説明がなされた。

あー、それじゃしようがないよねー、となる訳もなく。

反対した一門は脳筋な人達で、我等より強くなければ受け入れられぬと喧嘩を売り、断る所か受けて立ち、しかもアウローラが相手をしたと。

お約束の、女だからとて手加減せぬぞ! と言う言葉も虚しく、アウローラにやられ、兄はもっと強ぅございますよ? と言われてしまい、引き下がらざるを得なかったとかなんとか。まぁ、武門の家系が女性にこてんぱんにのされたら、引き下がるしかないよね、

レーゲンハイム家はラルナダルト家以外を主人としないというものがある為、事実上そこの位置に入るしかなかった。

アルト一門から配下を欲しいと言う事も無かったんだけど、アウローラにやられてしまった一門がレーゲンハイムの軍門に下った。

拳で語り合ったらもう親友、みたいなノリですか?それともアウローラたんマンセー的な?


脱線した。

そんな事があって、レーゲンハイムはラルナダルト家の事をアルト一門筆頭のルフト家、サーシス家、もう一つの謎の家に情報共有する事にしたのだそうな。


「魔力酔いと言う症状は聞いた事がありません」


ロイエの言葉にアウローラが頷く。


「無理からぬ事かと。魔力酔いは錬成術特有の症状です」


錬成? とロイエとクロエが聞き返す。


魔力関連の本を読んでたら、錬成が出てきたから、知識としては知ってる。


「そもそも魔道とは、生成、変成、錬成の三つの技を指すものですが、錬成は古ディンブーラ皇国──皇国が分裂する前をレーゲンハイムでは古ディンブーラと呼んでおります。古ディンブーラ皇国で行われていた技ですが、皇室や公家の方達しか出来なかったと言われています。

ですからご存知なくても何ら不思議ではありません」


ほうほう。なるほど。


「ですが、これほどの魔力酔いの症状は聞いた事がありません」


困ったように、頰に手を当ててアウローラが言った。


「殿下が祈りの歌を歌われる度に魔力酔いを起こされるとなると、困りますね……」


そう言えば、祖母が当主の兄の代わりに祈りを捧げてたって言ってたけど、それって私もやるのかな?


「アウローラ、その祈りを捧げると言うのは、私もやった方が良いのですか?」


「はい」


満面の笑みで肯定されてしまった。


「もう一度祈りを捧げていただき、それでも魔力酔いが起こるようであれば、別の方法を考えねばなりません」


ラルナダルト家はアスペルラ姫の末裔だから、祈りを捧げなくてはならんようだ。

歌うのは好きだから良いんだけど、その度に魔力酔いを起こして倒れるのは嫌だなぁ……。


錬成の事、カーネリアン先生、何か知らないかな。

いや、知らないだろ。だからカーネリアン家はあの病気で苦しんでいたんだから。


そう言えば、祖母は毎日、決まった時間に歌っていたっけ。


私を置いて行った夢を見て、目覚めた直後は絶望的な気持ちだったけど、眠ってる内に落ち着いたのか、ルシアンに癒されたのか、今はそれ程ささくれてもいない。


祖母は泣きそうな顔を堪えて、必死に笑顔を見せていた。

その顔を思い出せたのは良かった。

少しは、私を置いて行く事を、気に病んでくれたのだと思えるから。

どうしようもない理由があって、私を置いて行ったのだと思えるから。

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