亡き主人の現し身<レシャンテ視点>
旦那様は帝国産の紅茶を、機嫌良く召し上がっている。
私がお仕えしたリュミエル様のご子息であり、現アルト家当主であるリオン様。
「若様は、お眼鏡に適っておいでですか?」
「そうだね。思ったより頑張っているよ」
歴代アルト家当主の中でも一、二を争うと言われるリオン様。
幼少の頃よりその異才を身近で目にして来た。
5歳になられ、貴族令息としての教育が始まるなり、教育を担当した家庭教師は興奮気味に口を揃えて言った。
"ご令息は天才です!"
どんな事も難なくこなされ、いつも何処か冷めた様子でご覧になっている。子供らしくないリオン様を、父であるリュミエル様だけが、子供として扱っていた。
よくある、口では恥ずかしがっているが内心喜んでいる、というのはリオン様には全く当てはまらなかった。
リオン様はリュミエル様を父として慕っておいでだったし、弟君であるキース様を可愛がっていらした。
リュミエル様は異才である息子を厭う事なく、むしろ自慢してらっしゃった。
"鳶が鷹を産むって、本当にあるんだね。まさか自分で体験するとは思わなかったよ"
そう言ってコロコロと笑う方だった。
ギウス国による強襲がなければ、あの悲劇さえなければ、平和な日々は続いたのではないかと、この歳になっても考えてしまう。
12歳と言う異例の若さで当主になり、先代様の仇を取り、若さ故に侮って来た者達を、確実に抹殺して来た。
側から見れば、父親の死すら、なんら影響を与えていないように見えるが、リオン様はこれまで以上にキース様を構い倒した。溺愛と呼ぶに相応しい程に。それは、あのリオン・アルトも人の子だった、と言わせた。
これまで優秀過ぎる兄に、何処と無く距離があったキース様だったが、両親を失い、兄しかいなくなった事、その兄が自分を溺愛する様子から次第にリオン様に心を開いていった。
14歳になられた時には、リオン様は領地の殆どを掌握なさっておられたし、カーライル王国においてリオン様を侮る者は一人もいなかった。
突然宗主を失ったものの、一門はさして混乱しなかった。幼い頃からのリオン様を間近で見ていた一門のそれぞれの当主は、幼くとも宗主たるに相応しい器を既にお持ちであると認識していたからだ。
それを見届けたからなのか、リオン様はしばらく遊学してくるとおっしゃって、皇都に行かれると、一年と半年程でご帰国された。
それからは以前よりも何かを考えてらっしゃる事が増え、何かを探すよう一門に命じる事が増えた。
探索する先は皇国圏内を超えて、帝国、ギウス国にも及んだ。
息子のベネフィスが成人した為、リオン様の筆頭執事にした。リオン様のご命令は大陸全土に及んでいたし、内容によっては私が動いた方が良い案件も多かった。
若過ぎるベネフィスでは、相手に警戒を与えるのもあったが、誰に似たのか剥き身の
基本、サーシス家が諜報を行う為、問題はないが。それでも動かなければならない事も数多くあった。
一体、リオン様は何をなさろうとしているのか。
分からないまま数年が経ち、リオン様はおっしゃった。
大規模な探索は唐突に終わりを告げた。
「レシャンテには随分あちこちに行ってもらった。ご苦労だったね」
「目的は達成されたのですか?」
私の問いに、リオン様はいつも通りの柔らかい笑みを浮かべた。
「達成はまだ先になりそうだ。
まぁ、私が死ぬまでに出来れば良いぐらいのものだから、急いではいないよ」
「それでは、私はリオン様の偉業をお目にかかれそうにありませんな」
「偉業などと言う大それたものではないが。
そうだね。こればかりはね、やって出来ない事もないが、やる事が多すぎる。
当主としての仕事もあるからね、なかなか思うようにはいかないものだ」
珍しく弱気な発言に、おや、と思っていると、リオン様は苦笑いを浮かべた。
「皆、私がただの人である事を忘れているのではないかな? 少しばかり謀が得意で、それに向いた家に生まれただけなんだよ」
「ご謙遜を」
ベネフィスが僅かに呆れを滲ませた目でリオン様を見て、そんなベネフィスを見てリオン様はふふふ、と笑う。
「盤面の駒は把握したからね。あとは成り行きを見守る。今はまだ、時ではないから」
それから少しして、私は隠居の身になった。
数年後、リオン様から、ご次男のルシアン様の世話を助けて欲しいと頼まれ、しばらく振りにアルト家の屋敷に足を踏み入れた。
「よく来てくれたね、レシャンテ。息災でなにより」
リオン様の背後に幼い子供が隠れている。リオン様と同じ黒髪だ。嫡子のラトリア様は奥方譲りのブロンドに、快活なお方だと一門の者から聞いている。
対して、ご次男のルシアン様は見た目こそリオン様に似ているが、とても内気な気質だと。
「ほら、ルシアン、父様の後ろに隠れていては挨拶出来ないだろう?」
おずおずとリオン様の陰から姿を現したルシアン様を見た時、心臓が鷲掴みにされた。
「よく、似ているだろう?」
「……えぇ」
今は亡き、失われてしまった、私が唯一と誓った主人に。
リュミエル様に、ルシアン様は似ていた。
視線が合うように屈んだ。
「初めてお目にかかります、ルシアン様。
レシャンテ・ルフトと申します」
「……れしゃんて?」
少し舌足らずに発音された己の名前に、胸が締め付けられる、
「左様にございます。本日より、ルシアン様のお世話をさせていただく事になりました」
そう言って笑顔を向けると、ルシアン様は微笑んだ。
「何があっても、私がお守り致します、若様」
己の命に代えてもお守りします、今度こそ。
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