皇帝のゴブレット<レペンス枢機卿視点>
教会の者にレイを探させているものの、見つからない。
左腕を怪我したぐらいでは致命傷になりえない。
だが、短剣に仕込んでおいた毒が全身を回ればただでは済まない。
それにあの女の死体が発見されたという話も聞かないという事は、まだあの女を抱えているという事だ。そうそう身動きも取れないだろう。
良くて腕切断といったところか。
あの女はもう死んでいるだろう。あの愚かな女は。
憎みこそすれ、愛するなど有り得ない。
とは言え、入手した毒の効果は聞いてはいるが、実際の結果を自分の目で確認したい。そういった意味でも、あの女とレイの死に様は知っておきたい。
大公の事は始末する予定だったが、皇帝があのような行動に出るとは想定していなかった。
これまでの皇帝の思考、行動パターンと違う。
誰かが皇帝に入れ知恵をしたか……? 相談出来る相手など、あの皇帝に残っていただろうか?皆無ではないだろうが……。
極力孤立するように仕向けた筈だ。違和感がある。
だがあの女はもういないからその線で調べるのは無理だ。
情報の精度は下がるが、他にも城に出入りする者はいる。
そこから情報を手に入れるとしよう。
闇雲にあちこちから情報を得ようとして、気取られてはならない。
皇帝即位15年を祝う式典はもう目前に迫っている。
今はそちらに意識を向けるべきなのだ。気持ちを切り替えろ。ほんの僅かの気の緩みが全てを台無しにする。
気に入らない存在ではあったが、レイは実に役に立った。
アレが私の代わりに職務をこなしていたのは、世辞抜きに便利だった。あの場所に遭遇さえしなければそのまま使ってやったものを。
過ぎた事を考えても仕方がない。来たるべき日の為に、すべき事をする。それだけだ。
「レイの事、心配ですね。」
大司教は眉間に皺を寄せて言った。
「えぇ、本当に。彼は不器用ではありましたが、心根の真っ直ぐな、真面目な青年でしたから、皆、彼の行方を捜しているのですよ」
私の言葉に大司教は頷く。
本来ならノウン大司教なんぞとおしゃべりをしている暇はないのだが、レイの行方を探るという意味では、大司教の方が平民に近い分、情報を入手しやすいのではないかと考えたのだ。レイにはこの国の貴族のツテはない。逃げるとするなら市井だ。
そう思って時間を割いたというのに、先程の発言からして、レイに関する情報は入手していないようだ。
この時間は無駄だったかも知れないな。
「リュリュは毎日、睡眠時間を削って捜して回っているんですよ」
普通に考えれば、同郷であるもう一人の補佐の元へ身を寄せそうなものだが、この口振りではそうではなさそうだ。だが、捜している振りをして実は何処かに匿っているという事も考えられる。大司教に秘密にしていてもなんらおかしくない。
「こちらからも人を出しましょう。同じ場所を探していたら、無駄になるでしょうから」
「是非。リュリュも喜びます」
大司教は笑顔で頷いた。
結論から言えば、リュリュはレイの行方を知らない。
必死な様子で探すその姿は、鬼気迫るものがあったようで、見ているこちらが辛くなる程だと、同行した者が言うのだ。
少しずつ落ち着きを取り戻し始めた貴族達が、ちらほらとカテドラルに足を運び、私に情報を落としていく。
落とされていく情報は大した事はない、瑣末なものだ。だが、情報は点だ。無数の点も集まれば線になる。
大公と大公派はその罪により捕らえられ、投獄されたようだ。式典前の処刑は縁起が悪いという理由で生かされているようだが、処刑は確実なようだ。
正妃は行方不明扱いになっているのだろうか? 既に見つけ出していて、一緒にいたレイを捕獲していたとするなら? そうであるなら、いくら探しても無駄だ。正妃が皇帝以外の男と関係があったなど、知られたら権威にも関わるだろう。
とは言え、今更捜索を止める訳にはいかない。私の時間を奪われる訳ではないから良しとする。あとはレイの話題になったなら、殊勝な態度をする事が肝要だ。
明後日、私は式典の為に皇城内の神殿に足を踏み入れる。
式典では、マグダレナ教会の教皇に替わって皇帝の即位15年の祝辞をあげる。そして、
このワインは毒味が許されない。皇帝が即位した年に作られたワインであり、節目の年に飲むのだ。とは言え、あらかじめ毒が仕込まれていないかの確認はされる。
ワインも、
その際に鍵を持つのは皇室と教会と騎士団長の3人である。全て揃わないと開かない場所に保管され、式典の中で出されるのだ。
その為に式典の前日に皇城に入る。鍵をかけた後は近衛騎士が守り、何人も入れなくなる。それは皇帝も例外ではない。
式典で皇帝が倒れれば、後継者がいなくなる。
…………私以外。
二十年に渡る私の復讐がようやく結実する。
その為に、平民にすら諂って来た。
だが、もうそれも終わりだ。もうすぐ、私はあるべき地位に就く。
「それでは、確認をさせていただきます」
皇城内の一角には、女神マグダレナを祀る神殿がある。
ここは聖職者はおらず、祭事の場合のみ開かれる。
皇帝の為の神殿だ。神殿とは言っても本当に小さなもので、小さな教会のような造りだ。
雷帝国の正史では、女神マグダレナが人を統べるのに相応しい者として初代皇帝を選んだとされている。
その場所が皇城内の神殿であり、その際に渡されたのが式典で使われる
宰相は持ち込まれたワインと
まず、ワインを銀のカップに注ぎ、変色するかどうかを確認する。それが済むと今度はワインを魚の入った水槽に入れる。魚が死ななければ、ワインは問題ないと判断される。
次は
毒殺を防ぐには銀製である方が望ましいが、
様々な宝石が散りばめられた黄金の
「……問題ございません」
確認を終えたワインと
観音扉がしまり、鍵がかけられる。
鍵は今回の式典の為に作られたもので、あらかじめ複製を作っておく事は不可能である。作る職人も秘密にする程の徹底ぶりだ。
かつてこの式典で皇帝が毒殺された事がある為、今のような形に落ち着いたと聞いている。
一つ目の鍵を私がかけ、二つ目の鍵を皇帝の代理として宰相がかけた。三つ目を騎士団長がかけ、毒物の確認はこれにて完了になる。
「明日の式典も、よろしくお願い致します」
宰相の言葉に、私と騎士団長は頭を下げた。
皇城の奥底にレイがいるのか確認したいが、不用意な行動は慎む。ここで何かあれば、何もかもが泡と消える。
急がずとも、このままいけばこの城は私の物となり、何処へでも行けるようになるのだから。
カテドラルに戻った私は禊を行う。明日の朝も行うが、穢れを祓うとして、二度行う事になっており、禊を行った後、聖堂で女神へ感謝の祈りを捧げるのだ。
これは第三者との接触により、式典に良からぬものを持ち込ませない為のものである。
聞くところによると、騎士団長にも同じような禊があるとの事。
皇帝の場合は一週間前から禊に入ると聞く。暗殺防止の為だろう。
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