焦燥<セラ視点>
大公は先程から落ち着きなく室内を行ったり来たりしている。理由は明白で、皇帝から出された全貴族の召喚状の所為だ。
受け身である事を止め、攻めに転じるという、皇帝の強い意思が感じられる。
病を理由にのらりくらりと逃げていた大公には困った事だろうが、別に逃げ道が無い訳ではない。
帝位を狙うのであれば、そのまま爵位を返上してしまえば良いだけだ。その上で皇帝を殺し、自分が帝位に就けばそれで全てかたがつくと言うのに、思い付かないらしい。
親指の爪をガチガチと音を鳴らして噛み、ブツブツとあぁでもない、こうでもないと呟く。
時折、私とベネフィス様の存在を思い出し、何か案はないかと尋ねてくるものの、ベネフィス様が申し訳ございません、と頭を下げると、そうであろうな、と自己完結してウロウロする。
これをずっと、繰り返している。
堂々巡りと言う奴だ。
……知恵の回らない事だ。
そもそも、これまで何故大公の思い通りになっていたかと言えば、大公が賢い訳でも、大公派に知恵者がいた訳でもないのに、それに気付いていない。
それすら気付けていないのだから、推して知るべしと言った所か。
大公派が暗躍出来た理由。
ひとえに正妃の存在が大きかった。
正妃は実に良く立ち回った。本当に、見事としか言いようがない。
限りなく黒でありながら、その尻尾を掴まれなかった為、大公派は存在し続けた。
掴ませない為の情報が正妃から提供され続けていたが、ここに来て情報が途絶えた。皇帝と物理的な距離が空いたからだ。
正妃は決して策略家でも、詐欺師でも何でもない。
彼女はただひたすらに善良なのだ。
皇帝が離宮に籠ってからも、健気に正妃は皇帝に手紙を送り続けた。返事が一度としてこなくても。
それは皇城で働く者達の心をうつ程に健気なのだそうだ。
皇帝は大公を糾弾するだろう。
それだけの事を大公は長年に渡って行って来ている。
ベネフィス様は必要な情報を既に然るべき場所に送った。
大公も、大公派も、長き春に終わりを告げる時が来た。
分不相応な蜜を吸い続けたのだから、もはや十分ではないかと私は思う。
罰が怖いなら何故、そのような罪を犯したのだと問いたい。
これまで発覚しなかったからと言って、永遠に発覚しない訳はない。
罪は間違いなくそこにある。罪を重ねる年月が増えれば増えるほど、消えようもないものが積み上がっていくだけの事なのに。
嘘は必ず暴かれる。
「病気の振りを……いや、駄目だ。そうしたら爵位が奪われてしまう。かと言って城に行けば間違いなくアイツは私を責めるだろう」
病気で療養している筈の大公が、丸々と肥えた姿のまま行けば、それだけで皇帝の命に背いたとして罪に問われ、爵位は取り上げられてしまうと思うのだが、それすらも気が付かない程に頭が回っていないようだ。
召喚状が来てから5日経過してもこれなのだから、当日になっても何も思い付かないだろう。
何しろ、参内する日は明後日だ。
もはや手の打ちようが無い。出来る事は諦めて爵位返上し、肉親の情に訴えるのが関の山ではないだろうか。
「いっそ、その日にアイツを討つか……?」
たった2日で武装も暗殺の準備も不可能だ。
なのに大公にはそれが名案に思えたようで、嬉々とした顔でベネフィス様を見た。
「直ぐに使いをやれ!」
「御意」
ベネフィス様は恭しく頭を下げ、部屋を出る。私もそれに付いて行く。
「度し難いな、アレは」
軽いため息と共にベネフィス様は呟いた。
大公のあまりの愚かさに、さすがのベネフィス様も呆れたらしい。
「使いを送るのですか?」
「命令なのでな、誰が見ても恥ずかしくない文章を送るつもりだ」
なるほど、と私は苦笑した。
更に大公にとって不利な証拠を積み上げるという事か。
幸運にも無事に届いた書簡に、返事が届いた。それも一つではなく、いくつか。
数も撃てば当たるという奴だろう。
返事は一様に"拒否"ではなく、"無理"であるとの回答だった。至極もっともな回答だ。
それに青筋を立てて怒りを露わにする大公は、ここまで来ると潔い。いっそ清々しい程に愚かだと思う。
「日頃恩恵を受けておきながら、かような時に働かぬとは! 何と役立たずな!!」
ギリギリの大公の申し出にきちんと回答するのだから、むしろ義理堅いと思う。
ガシガシと頭を掻き毟ると、手にした返事を引きちぎり始めた。千切られた破片がバラバラと床に落ちて行く。
「おのれ、おのれ、おのれ……!」
時計の短針は12を回っていた。
皇城に参内する日がやって来た。
ベネフィス様は言葉巧みに大公を眠らせた。
その方が頭の中がすっきりして良い案が思い付くなどと嘯いて。
それでも眠ろうとしない大公に、少し強めの酒を入れた液体を飲ませると、だらしなく鼾をかいて寝始めた。
次に大公が目覚めた時、それは皇城に向かう馬車か、ともすれば皇城だろう。
間違いなく皇城に連れて行く為に、眠らせたのだから。
朝になっても目覚めない大公を、二人掛かりで身嗜みを整えて、馬車に放り込んだ。
「これで良い。後は勝手にやるだろう」
そう言うと、ベネフィス様は本来の主人、リオン様の元に向かった。
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