噂の渦中には殿下あり<ミルヒ視点>

近頃、巷を騒がせている話題の一つが、ミチル殿下だ。


ウィルニア教団の薬物を中和する薬を作った事は、アレクシア姫の立太子式典で民の前で伝えられたが、その時は然程記憶には残っていなかったろうと思う。


平民である民にとって魔道学での新発見なんかは大した関心ごとではなかったようで、その功績もあって皇族になられた事も、右の耳から入って左の耳から抜けていっただけだろう。

おエライさんが更におエラくなったらしい程度のものだ。


カテドラル建設中に石工職人が熱中症を起こした際、たまたま教会を訪れたミチル殿下が職人達を救っただけでなく、休ませる為にゼファス様にかけあった事は、職人達を通してあっという間に皇都に広がった。


平民の不調を気にかける貴族などいない。

それなのに、命を落とす可能性があるのだからと休む事が許され、職人頭が泣いて感謝していた。

殿下がいなくなってから話を聞いたら、これまでも同じように職人達が不調を訴えて、酷ければ命を落とし、助かっても不調が続くような状況が長い間続いていたのだそうだ。職人病とも、呪いとも言われていた。

呪いだと思われていた事が解決した事も、自分達を技術を持った者達と言ってもらえた事も、彼らには生まれて初めての事だったのだろう。


職人頭のグーマはあちこちでミチル殿下の話をした。

最初は信じなかった者達も、教会が孤児院建設を決めた事に驚き、信じる者もちらほら現れ始めていた。

年々増えていく孤児は、皇都の治安を乱していた。ただ、可哀相で誰も咎められなかったのだ。

ただ、次第に孤児による窃盗の被害が大きくなり、看過出来なくなってきていた。

最近では孤児が盗みを働いた場合は捕まえるようにしているが、逃げられてしまうか、結局どうする事も出来ないのが現状だった。

それを利用したのが窃盗団だった。


孤児院建設は木工職人が担当する事になった。

教会が水と塩を提供した事は、木工職人を驚かせたようだ。ゼファス様からである事も驚いたようだ。

塩は高い。いくら塩入りの水を飲んだ方が良いと言われても、おいそれとは手が出ない。

それから間もなくして、大量の、すぽどり(ミチル殿下がそう呼んだ)を持ったミチル様が訪れ、カテドラル建設中の石工職人と、孤児院建設中の木工職人に配られた。

塩が入っただけの水よりも、身体に染み渡る味のようだった。季節外れの為、他国から輸入している檸檬を入れているとの事だった。

檸檬が入っていると更に身体に良いらしい。

輸入物は高価だ。それを、大量に用意して振舞われた事に職人達は驚きを隠せなかった。


木工職人が家具を作る事を決めたのは、口では殿下への感謝などと言っていたが、費用を教会に払わせて、孤児の為に家具を用意してあげたかっただけだろう。

殿下が家具について感謝の言葉を述べられた時、気まずそうな顔をする職人達が多かった。

そんな木工職人達を石工職人達は冷めた目で見ていた。石工職人達は、木工職人のやってる事を批判していたからだ。命を救われた石工職人は、ミチル殿下を慕っていたのだ。

あっけらかんと、持ってる奴からいただいて何が悪いと、豪快に笑っていた(らしい。後からグーマに聞いた)木工職人頭のウェンデも、居心地が悪かったのだろう、ひっきりなしに頭の後ろをかいていた。


木工職人からもミチル殿下の話が広まっていく中で、少し前に起きた、貴族の粛清は、ミチル殿下を貶めようとした悪徳貴族を皇太子である姫が処罰された、という話も混じるようになった。

これにより、民の為を思って行動して下さるミチル殿下、それを後方から支える皇太子殿下とゼファス様、という図が民の中に定着した。


そこへ来ての側溝の掃除は、ミチル殿下発案とあったが、始めの頃、参加者はまばらだった。石工職人と木工職人は参加を表明していたが。

職人達の休憩時間に塩水を配る役割をしていた私は、ゼファス様から聞いた殿下の話をグーマとウェンデ達に笑い話として話した。


「側溝の掃除に参加しようとしたミチル殿下は、執事に気付かれて、叱られたようですよ」


私としては軽く笑いを取れたらと思っていたのに、グーマは感動して目を潤ませているし、ウェンデはまた頭をガシガシかいていた。


「あの姫さんは本当に、貴族らしくねぇなぁ」


「前世では平民だったようですので、我々に近い感覚をお持ちなのかも知れませんね」


「ゼンセ?」


転生者というものの意味を、平民達の大半は分かっていなかった。グーマやウェンデも。

転生について説明すると、二人は納得していた。


「ってえ事は、孤児院とかもお姫さんの気まぐれや暇つぶしって訳じゃねぇんだな」


「ミチル殿下に関しては、気まぐれではないと思いますよ。孤児達は大抵盗賊などの破落戸に身を落とす事が殆どです。それを防ぐ為に生きる力を身につけさせたいと、孤児院の建設をお決めになられましたから」


グーマは熊のような巨体を震わせて嗚咽を漏らしてるし、ウェンデはひたすら頭をかいていた。

…大丈夫だろうか。


二人からミチル殿下の話は更に広まり、お貴族様が自分達の為に何かをしようとしてくれたのに、当の自分達が何もしないのは恥ずかしい事だ!という声が沸き起こり、側溝掃除に皇都のかなりの数の民が参加する事になったようだ。


「ミルヒってさ、無意識に情報操作するの、上手いね」


「ゼファス様、お褒めの言葉をいただいてると思ってもよろしいですか?」


「うーん…一応褒めておこうかな。ミチルの計画が進むからね」


一応ですか。

意図したものではないので、お褒めいただかなくても良いんですが。


「ご褒美にこれをあげよう。私の力作だ」


ちょうだいしたのは、ゼファス様がミチル殿下を長時間拘束して作った塩バターキャラメルだった。


口に入れると、甘さが広がる。相反する筈の塩味がまた、甘すぎる味を抑えていて、バターの風味が贅沢な感じだ。

とても美味しい。

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