056.兄と弟の本当のトコロ 其の一
真夏に突入した。
分かってはいた事だけど、本当に暑い。
茹だるような暑さとは正にこの事である。
私が暑さにやられていても、ルシアンはいつも涼しそうにしてたなー…。
そういった器官も常人と違うのか、アルト家は?
…と思っていたけど、私の目の前にいるラトリア様はすっかり夏バテでヘタレているので、おかしかったのはルシアンだけだったようだ。
夏バテになりやすい私は、料理長に夏バテ対策レシピを色々伝授していた。
今年もそれで乗り切ろうと思う。
食欲が…とのたまっていたラトリア様だったけど、ビシソワーズと冷製パスタはお気に召したようで、いつもより食べている。
「冷たくて美味しい…」
散々冷たい食事をしていただいた後は、温かいお茶をアビスに淹れてもらった。
「せっかく身体が冷えたのに」と嫌がるラトリア様に、冷え過ぎるとおなかを壊しますよ、と小学生男子を叱るような事を言ったら、大人しくなった。
心当たりあんのかな。
「ルシアン達はもう、カーライルに着いたでしょうか」
「そうだね、着いたろうね」
カーライルに着いたら、アレクサンドリアをアルト公爵領に併呑する手続きを行うという。
それが終わったら、雷帝国に行くのだと言う。
なんとかルシアンが帝国に行かずに済む方法はないものか?
そもそも、何故ルシアンは帝国に行く必要があるのか?
セラは言ってた。
皇弟がルシアンを替え玉にしようとするんじゃないか、って。
でも、それはもう、事実上不可能だと思う。
私が皇族になった事で、ルシアンは皇族の伴侶になった。
そんな人間を替え玉には出来ない筈だ。
…本当に?
本当に不可能?
私の考えではそうだけど、立場が変われば違う視点が見えてくる筈。
皇帝は弟を抹殺したい。だから皇弟はディンブーラ皇国に逃げて来た。自分の立場を脅かす存在だから、そんな弟をなんとかしたい。
逃げられたからと言って、弟に対する恐怖は減るもんだろうか?
皇弟は兄に命を狙われるからとこっちに逃げて来た。
逃げざるを得なかったのは、人望がなくて助けてくれる人がいなかった?
それとも、兄とぶつかりたくなかった?
ルシアンは全く無関係なのに、たまたま皇弟にそっくりなだけで。そっくりだから身代わりにされそうになったのを、回避した。完全とばっちりな訳だけど。
さて、ここで問題です。
私が皇帝だった場合、弟を憎んでると仮定するなら、弟が皇国に逃げたからと言って、安心出来るか?という事ですな。
亡命したって皇位継承権は残ってるかも知れない。残ってるんだとするなら、存在が許せないかも。皇位継承権を失ったとしても、復権はありえる事だし。
とは言ってもよっぽどの事が無ければ復権はありえないだろうけど。
例えば、殿下が姫と結婚したとか、皇国を力技で手中に収めちゃったとか。
…弟を殺すまで安心しないかも。
殿下はどうするつもりなんだろう?
ずっと皇国にいる訳にもいかないだろうし。
もし殿下が野心溢れる人なら、アレクシア姫の事を放っておかないだろうと思う。
でもあの二人は、そんな事全然起きてない。お互いに何とも思ってないのが丸わかりだ。
って事は、殿下ってば単純に逃げて来たって事?
兄と争いたくないからと考えるのが普通だよね、その場合。
それとももっと深い事を考えてる?
タイミングを伺っているとか?
たとえば、ルシアン達がいなくなるタイミングを待ってたとかね?
ルシアンはどうして雷帝国に行く必要が?
いくらそっくりだからって、殿下になりすます訳にもいかないだろうし、身の危険もあるだろうし。
アルト一家だしな。何か策略があって動いてる事は確かだよね。
雷帝国でなければ出来ない事?
皇帝に会うとか?何の為に?皇帝に弟と間違われて命を狙われてしまうかも?
…間違われる?
皇帝と殿下の仲ってどうだったんだろう?
命を狙ってるから、絶対仲が悪い筈と思ってたけど。
自分を嫌ってる兄を、もし殿下が慕ってるとするなら、殿下が皇国であんなに大人しくしてる事も理解出来る。
そもそも、お義父様が暗躍するような皇国内で、色々引き連れて皇国で裏で動くような事って可能なのか?
もし、もしもだけど、皇帝も実は弟の事を大切に思ってて、だけど大人の事情があって命を奪わなければいけないような事があったとしたなら、ルシアンを殺すのが一番じゃない?
弟は生き延びる事が出来る。でも、弟に仕立て上げたルシアンの遺体を使えば、解決してしまうんじゃないの?
そうならない為にはどうすれば良い?
殿下を表向き殺せなくすれば良いって事?
うーん…こっちの皇族と結婚するとか?
でも姫はフィオニアの事が好きだって言うから、そんなの駄目だし、実際世継ぎの姫と帝国皇帝の弟の婚姻は、ありっちゃありだけど、そうなると皇帝が皇国を手に入れようとするかも知れない。
それは駄目だよね。
………いるじゃん、適任が?!
皇女シンシアは、皇位継承権こそ剥奪されたけど、皇籍は残ってる。
女帝の子供だし。
本来皇位を継承すべきだった人の子供が出て来たから、退いた訳だけど、位的にはかなり上なんだからさ、ありなんじゃないの?
皇国の継承権には関われないけど、皇国との深い繋がりは出来る。
そうすれば殿下は殺されなくなる。それでも皇帝が殺そうとしたら、それは皇国と帝国の全面戦争だ。
皇国内で死んだ場合には、むしろ向こうにとっては、よくもオレの弟を、っていう事になって戦争をしかけてくる可能性がある?
じゃあ、婚姻と同時に殿下と皇女をあっちに送り返しちやえばどうだろう?
自国内で起きた事なら、こちらの責は問われないだろうし。いや、皇女が殿下を殺そうとした、ってなったら?
皇籍から外すので好きにして下さい、で許されるだろうか…。うーん…。
あー…その場しのぎにはなっても、何も解決しないかも。
根本的な問題を解決しないといけない。
そもそも、皇帝は何で弟を狙ってんの?
「ミチル?」
名前を呼ばれて、我に返った。
考え事に没頭していたようだ。
「あ、申し訳ありません、お義兄様」
「真剣な表情だったけど、何を考えてたの?」
うーん…ラトリア様って、聞いたら教えてくれる人だろうか?
でも、聞かなきゃ教えてもらえるのかどうかも分からないもんね。
「お義兄様、質問があります」
「答えられる内容なら、いくらでも」
先にクギを刺されてしまった。
それでも良いから聞いてみよう。
えーと、男の人と話す時は、結論から話して、過程の説明をした方が集中して聞いてもらえるんだよね。
いつもはルシアンの優しさに甘えてダラダラ喋ってしまってるけど。
「まず、私の考えをお話します」
ラトリア様がうん、と頷く。
「レーフ殿下の事を上辺だけで対処しては駄目だと思っているのです」
ラトリア様の顔から優しげな笑顔が消え、哀しそうな顔に変わった。
「ミチル、それは無理だよ」
「無理かどうかは、お話を伺ってから決めさせて下さい」
それからラトリア様としばしにらめっこをする。
ロシェル様はオロオロしている。
「ルシアンを危ない目に遭わせたくないのです」
私がそう言うと、ラトリア様はため息を吐いた。
「ルシアンが言っていたよ。ミチルは日頃口数が少ない分、言い出した事に関しては引かない、って」
え?そうかな?
そんな事ないと思うけどな。
よくセラに駄目出しされていた気がするよ?
「まず、何から知りたい?」
「皇帝と殿下の本当の関係性です。それによって、全てが変わって来てしまうので」
ラトリア様は立ち上がると、ついておいで、と言ってサロンを出た。慌ててそれを追い駆ける。アビスも付いて、入ったのはルシアンの書斎だった。
あらかじめ預かっていたのだろう、鍵を取り出し、引き出しから書類を取り出して、私の前に差し出した。
「アビス、お茶を」
「かしこまりました」
カウチに腰掛け、渡された書類を読んでいく。
そこに書かれていたのは、皇帝と殿下が同じ母を持つ兄弟である事。幼い頃から二人の仲は良く、弟である殿下は将来、兄を支えるのだと豪語していた事。
帝位を継いで晴れて皇帝となった兄の治世は、賢帝と呼ばれる程に優れた物だったようだ。
多くの妃を娶ったものの、子供が出来なかった。元々身体が丈夫じゃなかった為、その所為で子供が出来ないのではないかと言われている。
それにより次の皇帝は弟であるレーフ殿下であると周囲が認識し始め、二人の関係が少しずつ狂い始めた事。
妃すらレーフ殿下に色目を使い始めたと書いてあるから、よっぽどだと思う。
兄の治世を支える為にと身に付けた殿下の知識も武術も、帝位簒奪を目論んでいるのではないかと噂された。
殿下が妃を持たなかったのは、自身に子供が出来たら、皇位継承権で荒れる事が分かっていたからだ。
22歳で妃が一人もいないなんて珍しいと思ったら、そういう事だったのか。
殿下ってばめっちゃブラコンじゃん。お兄ちゃん大好きっ子だよ。
それなのにすれ違い続けて、遂には命を狙われると。
大体こうやって拗れる原因って、周囲の側近とかが悪人だったりして、二人を仲違いさせた結果だったりするんだよね。
皇帝に子供が出来たら、全部解決するんじゃないの?コレ。
「皇帝はご病気なのですか?」
「昔は身体が弱かったみたいだけど、今は健康だとは聞いているよ」
何で遠く離れた帝国皇帝の健康状態まで知ってるのかな、アルト家は…。
子供が"出来る"、"出来ない"、はかなりデリケートな問題だからなぁ。相性もあるだろうし。
っていっても、これだけの数の妃も持っていながら誰一人妊娠していないのだとすると、皇帝自身に問題があると、普通は見做すよねぇ。
「誰かに不妊になる薬でも飲まされていたりすれば、万事解決しますのに。難しいですわね」
「ございます」
アビスが答えながら、私とラトリア様の前にお茶を置く。
「不妊にする薬は存在します。ただ、その効果は永続的ではなかった筈です」
「皇帝がそう言った薬を飲まされている、なんて事は…」
「さすがにそこまでは調べきれてはいないと思います。
レーフ殿下であれば何かご存知かも知れませんが」
「ミチルは、皇帝兄弟そのものの仲を何とかしようと考えてるの?」
私は頷いた。
だって、こんなに仲が良かった兄弟なのに。皇室なんかに生まれなければ、こんな事にはならなかっただろうに。
気が進まないけど、殿下に突撃インタビューしてみようかな。なにげなーく、質問したりして。
「殿下と皇帝陛下は仲が悪いのですか?」
ふふ…どうやって切り出していいのか悩み過ぎて、イキナリ核を突いてしまいました!!
馬鹿ですが、何か!!!(逆ギレ)
殿下はいつも図書室にいると聞いて、ちょっと抜け出して図書室に来てみたら、情報通りいました、殿下!
何て話しかけようか悩んでいたら、殿下が顔を上げるものだから、軽くパニックになりまして、先程の発言につながります。
「貴女は、いつも予測がつかないな…」
苦笑する殿下の背後に立つ従者が、表情隠しきれてないよ。いや、そうさせたのは私なんだけどさ…。ごめんね?
「座ってもよろしくて?」
「勿論」
笑顔を返され、殿下の正面のソファに腰掛ける。
はー、テンパったわー。っていうかテンパってるわー、自分。
超絶好意的に捉えれば、軽い
「何故そんな事を訊く?」
まぁ、そうなるよね。
普通におかしい質問をど直球でしましたもんね、ワタシ。
ウフフフフフ。
「殿下が皇都にお越しになってからかなり経ちますが、何もなさってる風には見えませんので、どういった理由で皇都にお越しになったのかと」
あぁ、と言って殿下は手に持っていた本を閉じた。
「端的に言えば亡命だ。
だが、まだ兄は私の命を狙っている。そなたの夫であるアルト伯爵が命を狙われているのも、その所為だ」
すまない、と言って殿下は頭を下げた。
「!」
従者が慌てて殿下を止める。
「レーヴァ様!皇弟殿下ともあろう方が頭を下げるなど!」
殿下は首を横に振った。
「私が皇都に来なければ、アルト伯爵の命は狙われずに済んだのだ。私の頭など、ミチル殿下からすれば、夫の代わりにもならん程軽いものだろう」
ふふ、よくお分りですね?!
あぁ、ちょっと分かった。
ルシアンの帰りが遅かった時、ルシアンは襲われたんだ。
それで返り討ちにはしたものの、衣服が汚れたのだ、きっと。あの服、あれから見てないし。
血とかって落ちにくいって言うし。
あと、肝試しの時もそうだったんだと思う。
だから、私が巻き込まれない為に、ルシアンは敢えて自分だけ残った。
皇帝が、弟を助ける為にルシアンを狙っているのか、はたまた戦争をしかける為の口実か。
昨日見せてもらった調書に、リュドミラのお父さん、スタンキナ伯爵の事が書いてあった。
スタンキナは皇帝の命を受けて、ディンブーラ皇国の土台に揺さぶりをかける為にハウミーニア国に入り込み、ウィルニア教団を興した。
でも、お義父様に見つかって失敗し、それに怒った皇帝がスタンキナの娘のリュドミラを手篭めにして、それを苦にしたリュドミラが投身自殺した、と書いてあった。
確かにリュドミラはいと高き方がどうのと言っていた。
「皇帝陛下は、本当にディンブーラ皇国を欲しているのですか?」
「転生者とは初めて会うが、皆こうなのか?それとも貴女だからそうなのか?」
困ったように殿下は言う。
歴代の転生者はもっと凄かったみたいだけどね。
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