許されない裏切り<セラ視点>
「3ヶ月ぶりかな、セラ」
微笑むリオン様。
私はその場に膝を付き、頭を垂れた。
「リオン様のお怒りは理解しております。どうぞ、ご処分を」
「そうだね。それが手っ取り早いけれど、ミチルが嫌がるからそれはしないでおくよ」
私がミチルちゃんを連れて休憩室に入った時、休憩室には警備兵が二人付いていた。
それもあって安心し、あの部屋にミチルちゃんを一人にしたのは、私が愚かだったとしか言いようがない。
皇城と屋敷は馬を飛ばせば30分もしない。アメリアも直ぐに戻るだろうと計算しての事だった。
護衛騎士を遠去ける命令をした私が全ての元凶と言っても良い。
「しかし…」
これだけの失態をしておいて、このままミチルちゃんの側にいるのは憚られた。
2度目だ。
前回の誘拐に次いで、今回。
「まぁ、罰は受けてもらうよ」
「どんな罰も、お受け致します」
「そうそう、あの伯爵令嬢、あぁ、今は男爵令嬢だったかな?彼女、なかなか見所があると思わないかい?」
「は…」
私と護衛騎士にしか話さないと言ったのは、令嬢の考えで、エルギンからの命令は、ミチルちゃんを一人にしろ、というものだったようだ。
「サーシス家の人間が貴族令嬢一人に良いようにされるとは」
冷たい声に背中が泡立つ。
立て続けに起きていたミチルちゃんへの嫌がらせを、早く何とかしなくてはならないと思っていた。
ルシアン様がその準備をしているのも分かっていた。
その時間稼ぎの為にリュドミラに話を書かせ、皇国の貴族を牽制するつもりだった。
それが、逆にエルギンを刺激した。リリーが正気を失っていた事は計算外だが。
エルギンがここまで短絡的だった事を見抜けなかった事、エルギンとは別の動きとして、アルト家を貶めようとした家が他にもあった事を調べきれなかった事は、不徳の致す所でしかない。
ルシアン様はあの件の後、私とレシャンテに言った。
「叔父は何かしらの処分をされる可能性がある」
今回の事を引き起こすベースとしては、キース様の甘さが随所にあった。
ルシアン様が徹底的に処罰しようとしても、キース様が最終的に姫の意向を受けて罰を半減させてしまうのだ。
これでは貴族達が皇室を舐めてかかっても無理もない事だった。
「当然でしょうな」
レシャンテは頷いた。
「姫のご意向もお有りだったようですが、キース様の奥様は、キース様のなさる事に口を挟まれる方だったようで」
キース様の妻、キャスリーン様は皇国貴族だ。伯爵家の出身である。
アルト家に籍を置いている間、キース様はリオン様に婚姻を認められなかった。キース様がレンブラント公爵家に養子に入られ、アルト家に戻らない事が確定して、ようやく婚姻が認められたという経緯がある。
にも関わらず、キャスリーン様はカーライル王国に来る事を嫌がり、皇都に止まった。
ラトリア様がレンブラント公爵を正式に継ぎ、キース様は皇国貴族のクレッシェン家に養子に入った。全てはキャスリーン様との生活の為だった。
「キース様はキャスリーン様の言を受け入れていたの?」
「皇国で宰相としてやっていくのだから、あまり酷い事をして、敵を作るのは得策ではないと進言されたと聞いております」
奥歯を噛みしめる。
「誰の妻になったのか、ご理解されてらっしゃらないのね」
左様ですな、とレシャンテは頷く。
沈黙が降りてきた。
それを破ったのはルシアン様だった。
「…父上が皇都にいらっしゃる」
ルシアン様はそう言って立ち上がると、真っ暗な窓の外を見た。
「…私が、叔父を御せなかった事が良くなかった。叔父であるからと、面子を立てた事がこのように仇になるとは」
「甥が叔父君を立てる事の何に問題がありましょう。
若様、思い違いをなされてはなりません、キース様が判断を誤ったのです」
「それだけではない。私の交友関係にまでエルギンが手を出してきた」
「二条殿ですか?」
ルシアン様は頷いた。
「あの日、源之丞殿に呼び出された私は、エルギンにより源之丞殿の乳兄弟が誘拐された事を聞かされた。乳兄弟を返して欲しければ私を呼び出せと命令されたと謝罪された」
いくら友の大切な存在とは言え、ミチルちゃんと比較にならない筈だ。そう思っていた私の疑問に答えるようにルシアン様は言った。
「話を聞いて直ぐに広間に戻った私を、ビジュレイが足止めした」
ビジュレイ殿が?
それは意図的か?偶発的なものなのか?
「…それから、叔父と叔母上に話しかけられ、足止めされたのだ。
言い訳にもならないが…」
「となると、今回の事に、キャスリーン殿は加担しているという事ですか?」
「だろうな」
キャスリーン様に課される罰とは、どのようなものだろうか。リオン様が、裏切り者を簡単に許す筈もない。
あの時の会話をぼんやりと思い出していた所、リオン様の声で現実に呼び戻された。
「ところでセラ、婚約おめでとう」
瞬間的に冷や汗が出て来た。
この話の流れで、婚約の話が出るなど、あり得ない。
私は、リオン様が何をおっしゃろうとしているのかを理解した。
「エヴァンズ公爵令嬢とは、なかなか良き家柄との婚約だ」
「…ありがとう…ございます…」
「夫婦円満の秘訣を、キャスリーンに教えてもらって来るのはどう?」
リオン様の目は、笑っていなかった。
「…は…」
その夜、キャスリーン様が突然死したという知らせを受けた。
私とルシアン様、リオン様がクレッシェン公爵家を深夜に訪れると、憔悴しきったキース様がいた。
サロンに通され、キース様から話を聞く。
「誰の手によるものかな?」
リオン様は出された紅茶を口にしながら、紅茶の品種を尋ねるかのように言った。
「そなたであるなら、見直すのだけれどね」
キース様は両手をぐっと握りしめた。
「…薬を…渡しました」
「あぁ、ベネフィスが調合した奴かな?あれは効くだろう?」
リオン様の執事であり、ルフト家現当主のベネフィス様は、その家系に相応しく、薬物に長けている。
ルフト家を継ぐ者は、薬物を自在に操れなくてはならない。ロイエもその為に日夜薬物の研究を怠らない。
ベネフィス様は必要なものしか作らない。ロイエやクロエのように色んな薬の調合に興味はなく、リオン様がお望みになる薬のみを精製する。
「キャスリーンとの間にあった事を、聞かせて欲しいな」
キース様は俯いた状態で、ぽつりぽつりと話し始めた。
キャスリーン様に頼まれ、皇国貴族への処罰をあえて軽くしていた事。皇女もそれを望んでいた為、表向きは皇女の意思を尊重した事にしていたと。
やたらアルト家の内情を知りたがった事。ただ、これは一切話していないと強調していた。
キャスリーン様が他の皇国貴族と繋がっていた事。これにより、いくらかなりと情報が漏れていたと思われる事。
今回ミチルちゃんを一人にする為に、しつこくルシアン様を足止めした事。これについてはオドレイ侯爵から、キャスリーン様のご実家に依頼があったそうだ。
全てを話し終えたキャスリーン様は、悪びれもせず言ったそうだ。
いつまで、お兄様の亡霊に取り憑かれているの?
貴方は輝かしい皇国の宰相なのよ?
もうお兄様は超えているの。
大丈夫よ、私にはお友達が沢山いるのだから。
それを聞いてキース様は、妻の意見に賛同するフリをして、薬を溶かした酒を飲ませたのだそうだ。
「全ては私の…不徳の致すところです…」
「そうだね」
頷くと、リオン様はアビス、と声をかけた。
そこにはミチルちゃんの執事の一人である、アビスがいた。音もなく、リオン様の背後に立つ。
「アビス、キャスリーンのご実家にご挨拶に行っておいで。我がアルト家を、このように裏切ってくれた事にお礼申し上げなくてはならないし、それが何をもたらすのか、彼らと、彼らのお仲間にも知っていただかなくてはならないからね」
歌うような柔らかい声音で、リオン様はアビスに命じた。
「かしこまりました」
恭しく頭を垂れると、アビスは部屋を出て行き、キース様は両手で顔を覆い、呟いた。
「何故なんだキャスリーン…」
「頑張った弟に、兄から贈り物をあげよう」
テーブルに置かれたのは、白い粉が包まれた紙だった。
手を顔から離したキース様は驚愕している。
「あに…うえ…?」
怯えた子供のような目で、リオン様を見る。
リオン様は困ったように微笑むと首を横に振った。
「安心しなさい。そなたを殺めようなどとは思っていないよ。大切な弟なのだからね。
その弟が苦しんでいる姿を、私は見たくないだけなんだよ。意味は、分かるね?」
「あぁ…」
呻くように声を発すると、キース様は再び顔を手で覆った。
「次に目が覚めた時には、凪いだ海のような気持ちになれるだろう」
「…あり…がとう…ございます…兄上…」
リオン様は私を見た。
「残念だったね、セラ。
キャスリーンから夫婦円満の秘訣を聞き損ねて」
楽しそうにリオン様は微笑んだ。
リオン様の言葉に、キース様は両耳を手で塞いだ。
「…いえ…」
「仕方がないから、セラには別の仕置きを考えたよ」
手をぐっと握り、次の言葉を待つ。
「セラ、しばらくの間カーライルに戻り、ベネフィスの下で学びなさい。
そなたが、ミチルに仕えたいという思いがあるなら」
「…リオン様…そんな…よろしいのですか?」
信じられない思いでリオン様を見る。
「ベネフィスの下が楽だと思っているなら甘いよ、セラ。アレは私の元でありとあらゆる事を考え、察知し、行動する。当然、そなたが嫌う事も、やる」
「…その機会を与えていただけるのであれば…どのような辛苦も耐えます」
ベネフィス様が容赦のないお方である事は分かっている。
でも、あの方の元で鍛えていただけるなら、ミチルちゃんをもう2度と傷付けずに済むかも知れない。
「キースは疲れているからね、休ませてあげなくてはいけない。掃除が終わったらカーライルに連れて帰る事にしよう。
ルシアン、キースの代わりは出来るな?」
リオン様はルシアン様を見て言った。
「はい」
「よろしい。
明日は何かと忙しくなるだろうから、皆、もう休もうか。睡眠不足は思考を低下させるからね」
そう言って立ち上がったリオン様に、その場にいた者達は頭を下げた。
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