038.全てのオスは敵です
「早すぎる…」
「本当ね…」
私とセラは同時にため息を吐いた。
だって、たった一週間で、リュドミラがリリーとツォードの話を書くとは思ってなかった。
一話じゃない。プロローグ含めて20話を書き終えたのだ。
早すぎる。これ書いてる時、脳内物質バンバン出てたんじゃなかろうか…。
さすがにアブナイおクスリとかは摂取してないだろう……してないよね…?
っていうかちゃんと寝た?!
セラがぽつりと呟いた。
「リュドミラがクロエから何かを受け取っていたんだけど…アレ、怪しい薬じゃないわよね…?」
こわ…っ!!
後でクロエに確認せねば…。
何となく、クロエなら躊躇せず薬物を渡しそうで怖い…。
それにしても…自分が主人公じゃないだけで、随分心安らかに読めるものだな、と思った。
元々、大人な記憶がある訳で、濡れ場が書かれていても普通に読める訳で。それが自分になっただけであんなにも辱めを受けるとは…。
たださ、なんでリリーとツォードの濡れ場はキス止まりなの?
私とルシアンのはがっつりだったよね?何で?ちょっとそこは問い質さないといけないと思うんだ、ウン。
タイトルは"真実に気づいた時"で、主人公の名前がリリンで、セラに駄目出しされていた。いくらなんでも捻りがなさすぎると。
仕方ないので、ユーリーという名前にしておいた。ツォードもツィードで、全然捻られてなかったので、ウールにしといた。
我ながらセンスがないが、リュドミラのよりは幾分マシだと思いたい。
ちょっときつめに見える容姿の所為で損をする事の多いユーリーは、隣国から留学して来ている王太子に恋をしている。
王太子には幼い頃からの婚約者がいて、ユーリーの想いは届かない。それでも諦めきれないユーリー。
少しでも王太子によく思われたいと、自分には似合わないと思いつつも、可愛く見えるように淡い色合いのドレスを着る。
似合わないと陰で笑われても、少しでも可愛いと思われたかった。
婚約者一筋の王太子はそんなユーリーの気持ちに気付いていても、優しい言葉をかける事はなかった。
そんなユーリーに、似合わないとハッキリ言ったのがウールで、ユーリーはなんて乱暴な物言いをする人だろうと、ウールの事を乙女心の分からない男、と嫌いになる。
会う度にユーリーに酷い事を言うウールが、ユーリーは嫌で嫌でたまらないものの、逃げても隠れても見つかってしまい、酷い事を言われる。
ある時、ユーリーは珍しく王太子に相手をしてもらえて、その喜びのあまり笑顔を我慢する事が出来なかった。冷静にならなくては、と庭に出て興奮を冷まそうとしていたユーリーは、物陰から伸びた手に引っ張られてしまう。そこにいたのはウールで、ユーリーはウールに唇を奪われてしまう。
嫌いだった筈なのに、それからはウールが気になってしまって仕方ない。
そんなある時、ユーリーの父によって失脚させられた人物が、ユーリーを襲わせ、それをウールによって助けられる。
これまで迷惑をかけられたのだから、当然よ!と思っていたユーリーだったが、ウールが廃嫡され、領地に引っ込んだという噂がたった。
それからのユーリーは王太子と出会っても、以前のように心が動く事はなく、寝ても覚めてもウールの事ばかりを考えるようになる。
そして、自分がウールを愛している事に気が付く。
父にウールとの事を認めてもらおうとするものの、ウールが暴漢に襲われた際に不能になった事を知る父はそれを許さない。
自分を救う為にウールはそれ程の怪我をしたというのに、認めてくれない父に嫌気がさし、ユーリーは勝手に屋敷を飛び出し、ウールの元に行く。
喜んで迎えてくれると思ったのに、素っ気なくされ、傷付くユーリー。ウールはユーリーが王太子を想っている事を知っている。それなのにここに来たのは、自分の所為で怪我をしたと責任を感じたからだろうと、ユーリーの気持ちに考えようとしない。
届かぬ想いを抱えながら、ユーリーは献身的にウールに寄り添うも、ウールの酷い言葉に傷付き、ユーリーは屋敷を飛び出した。
飛び出したものの森で迷っていた所を、助けに来てくれたのはやっぱりウールで、二人は森の中の小屋で一夜を過ごす。
ユーリーの愛の言葉に、ウールは首を横に振る。
自分は不能になってしまった。だから、どうか王都に戻って別の男を見つけて幸せになって欲しいと。自分は君にひと時でも思われただけで幸せだからと。
それに対してユーリーは、身体が結ばれなくても、心が結ばれるならそれで良い、と。貴方のそばにいたいのだと答える。
反対してユーリーを連れ戻そうとした父は、罪が明るみになり、捕まってしまった。
これで結婚が難しくなるかと思われたが、不能になって廃嫡されたウールと、父が罪人となったユーリーの事を気にかけるものはおらず、晴れて結婚出来る事になった。
ただ、祝福する者はいない、それでも、二人は構わなかった。
二人だけで教会に行き、口付けをし、永遠の愛を誓った。
……という所で話は終わる。
重ね重ね、本当に純愛ものじゃない?コレ。
私のと違ってそういうシーンないよね?
酷くない?それとも書いたら発禁本になるから?
発禁本にされちゃうような事を話の中でアレヤコレヤされちゃってた私って一体…?!
セラによる厳格なチェックが入った後、リュドミラが書いた小説は、皇都の出版社に持ち込まれた。
アルト家だとは絶対にバレないようにと出版社には言い聞かせ、契約まで結んだ。
こうして、リリーとツォードを主役とした、事実をほぼ取り込み、恋愛部分だけ捏造したロマンス小説が、発売された。
クリスティーヌ・レミーという作家名で。
…ルシアン、怒るかな…。
そろそろ帰って来るんだよね…。
ちなみに書かせたのはセラで、私じゃないよ…?
次のネタが欲しいです、と、この世の終わりみたいな顔をしているリュドミラに、セラが私がポロっと言った、暴れん坊皇女をネタとして提供していた。
恋愛要素はないのですか…と悲しげに呟くリュドミラ。
セラはにんまり笑うと、リュドミラの耳に顔を見て寄せて何やら教えている。
みるみるうちにリュドミラの顔色がつやっつやしてきた。
……なんだろう……良くない事を教えてそう?
「セラ様、ありがとうございます!」
リュドミラは満面の笑みを浮かべた。
ご機嫌な様子でリュドミラは部屋を出て行く。あれはきっと図書室に行くんだろうナ…。
ねぇねぇ、侍女の仕事していかないの…?
「…セラ…何を教えたのですか…?」
「んー?今はまだ秘密よ☆でも、きっとミチルちゃんの溜飲は下がるわ☆」
私の溜飲が下がる??なんだソレ?!
ルシアンは、沢山のお土産を持って帰って来た。
お義母様とロシェル様からの新しいワンピースと小物。
ラトリア様からは白磁の食器。
お義父様からは分厚い封筒と、小豆。
封筒を開けると、手紙だった。まさかコレ、全部手紙じゃあるまいな?!と、戦々恐々としながら読んでいく。
小豆は燕国から最高級のものを取り寄せたらしく、ハウミーニアでまだ出来ないからこれで我慢してねと書いてあった。いやいや、充分過ぎるでしょ?!
次のページからは、皇国の貴族達の悪事だったり弱みがびっしり調べられたものだった。
こっ、コレを私にどうしろと?!
「あらぁ、ちょうど調べようと思っていたから、とても助かるわね☆」
と、セラに言われてはたと気付いた。
…そうでした。
リュドミラに書いてもらう小説に使う悪役の設定として、完璧じゃないですか、コレ。
…あ、でも、ルシアンに許可をもらわなくては。
ルシアンはちょっと片付けなくてはいけない事があると言って書斎にこもっている。
何処にいても忙しい人だなぁ、本当に。
カウチに腰掛けて、アビスから届いたアレクサンドリアに関する報告書を読み進める。
私がやるよりもきっと完璧な領地経営の経過が書かれた報告書に、HPを抉られつつ、アレクサンドリアの領民にとっては幸せな筈!と思う事で涙を飲んだ。
飲んだけど、やっぱりちょっと凹んで、クッション抱えてカウチにごろんと横になった。
「どうしたんですか?」
ドアを開けたルシアンが、開口一番に言った。
慌てて居住まいを正した。
「なんでもありませんわ」
私の横に座ると、ひょいと私を膝の上にのせる。
「本当に?」
「本当ですわ」
ルシアンの指が私の耳を掴む。
「さっきセラから聞いたのですが、リュドミラに本を書かせたとか?」
イキナリきた?!
「…リュドミラが、また私とルシアンを題材にした、破廉恥なのを書いていたのです」
「おや、それは拝読したかった」
「駄目ですっ」
ルシアンはふふ、と笑う。
「それは残念。
それで、リュドミラが本を書く切欠は?」
あ、そうでした。
恥ずかしさのあまり話が脱線してたよ!!
「私とルシアンの話を書かない代わりに、他の人をモデルにしたロマンス小説を書いていただいたのです。
リリー様とツォード様の純愛物語です」
「…何故そんなに不満気なの?」
「だって、私とルシアンの話は破廉恥なのに、リリー様とツォード様の話は純愛なんですもの。ズルイですわ」
どうせなら私のも純愛にして欲しかった!!最初っからロマンスだったよね?!
「じゃあ、書いてもらう?」
私とルシアンの純愛物語…想像したらそれはそれで恥ずかしくなってきたから、やっぱり止めてオキマス。
「結構です…。
あの、ルシアン、リュドミラに小説を書いてもらう事に反対なさいますか?」
「セラから、リュドミラに話を書かせる事の目的は聞いてます。
その事に問題はありませんが、どの話を広げるかはこちらで決めたいと思っています」
確かにね。
ものによってはヤバイものもありそうだし。
その辺の判断とかはお任せしよう。
はぁ…どうせなら推理小説が良かった。
私は恋愛ものより、推理ものが好きです。
「ミチルに、私からお土産がありますよ」
「!」
ネグリジェじゃあるまいな?!
思わず身構える私に、ルシアンはふふふ、と笑った。
私を膝の上から下ろすと、ちょっと待っていて下さいね、と言って立ち上がり、ドアを開けた。
「?」
ドアの隙間から、シアンが見えた。
「シアン!」
私が呼ぶと、シアンは駆け寄って来て、膝の上に乗った。
「シアンー、シアンー、会いたかった!」
撫でまくり、キスしまくり、頬ずりしまくり、肉球触りまくっていたら、視線を感じた。
ルシアンである。
めっちゃ不機嫌である。何故だ。
「…連れて来なければ良かった…」
えぇっ?!
「私はあんな熱烈な愛情表現を受けた事はないのに…」
いや、ちょっと、待とうよ?!
シアンは猫ですよ?猫!
しかもそもそもは君が拾った猫でしょ?!
「何をおっしゃるのですか、ルシアン…」
前に全てのオスは敵だとは言ってたけどさ…。
猫まで?!
「シアン」
ルシアンがシアンの名を呼び、ドアを開けると、シアンは私の膝からジャンプして降りると、部屋から出て行った。
めっちゃ言う事聞いてるー。私の言う事なんてあんな素直に聞いてくれた事ないのにー。
あぁー、もふもふがー…。
ルシアンは私の横に座って言った。
「帰宅の挨拶のやり直しを、要求したいのですが?」
エッ?!
なんですと?!
「それとも、私は猫よりも、愛するに値しない?」
捨てられた子犬みたいな、しょんぼりした顔で私を見てくる。
「シアンと比べる事がそもそもおかしいですわ、ルシアン」
冷静に考えて、お願いだから!
「以前も言いましたが、全てのオスは敵です」
「ご自身で拾った猫でしょうっ」
「それとこれとは話が別ですよ、ミチル」
えええええぇ?!
「同じ事かそれ以上、私にして欲しい」
?!
私、さっきシアンに何やったっけ?
撫でて、キスして、頬ずりして、肉球触りまくった…。
逃げようとした私の腰を、ルシアンの腕ががっしりと掴む。
ぎゃーーーーーっ!!
ホールドされたーーーーっ!!
うぅ…もっと早くに気付いて逃げねばならんかったんじゃ。
うかうかした己が悪いとは言え…。
…いやいや!やっぱり猫に嫉妬はおかしいって!
「してくれないの?」
ひぃっ、可愛い?!
え?ルシアンを撫でる?何処を?
頭?頭で良いの?
そっと手を伸ばしてルシアンの頭を撫でたら笑われた。
「そこは、頰じゃないですか?」
確かに?!
ルシアンの頰を撫でると、私の手を上から押さえて、ルシアンは手のひらにキスをした。
えーと、えーと…次は…キス?
無駄な抵抗として頰にキスをすると、ルシアンの目が言ってた。
まさかそれで終わりじゃないよね?…と。
…デスヨネ…。ウフフ…。
唇にキスをする。
いつもはここで頭をロックされて、キスされまくる訳ですが、今日はされずに済んだ。セーフ。
私の心臓にとってもセーフ。
えっと、頬ずり?
頬ずり?頬ずりって何処に?
戸惑う私に、ルシアンが言った。
「私の頰に、ミチルの頰をくっつけて下さい」
この人、本当に乙女ちっく!
ルシアンの頰に自分の頰をぴたりとくっつけると、耳朶を噛まれた。
「?!」
慌てて身を引こうとするも、当然逃してはもらえない。
そうでしたそうでした!この人はルシアンでした!
そんなほっぺくっつけるぐらいで済む筈がなかった!
「恋人繋ぎして?」
甘えるような声に、心臓が鼓動を早める。
ルシアンの左手に手を伸ばし、恋人繋ぎをする。ルシアンの親指が私の指を撫でる。
頰を付けたまま、つまりルシアンの顔は私の耳の近くにある訳です。
「離れていた一週間分のミチルを、私に下さい」
一週間分の私?!
そ、それってつまり?!
「あぁ、セラから伝言があります。
冷蔵庫に食材が入ってるから安心するように、だそうですよ」
セラ?!
軟禁を予測してるなら回避する手段も考えて欲しいっ!
「本当はもっと、熱烈な挨拶をして欲しかったんですが…どうやら私はシアンに負けるみたいですので、ミチルに己の存在感を示したいなと思います」
あああああああああ。
しくじった!しくじりまくってしまった!
「ねぇ、ミチル?」
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