発芽<カーネリアン視点>

ペンを置き、何度目か分からないため息を吐く。

ロッソが発症してから、ため息が増えた。

長年勤めた学園を辞めて皇都に来たのは、5年前に異例の若さで魔道研究院院長になったガブリエーレ・エスポージトに会いたかったからだ。

長く停滞していた魔道学界を変えてくれるのではないかと誰もが彼に期待した。

けれど彼は、それまで数多くの論文を発表していたにも関わらず、院長になった途端に何かの研究に没頭し、新しい論文を発表する事はなかった。

そんな彼に失望した者達は多かった。私もその一人だった。


私が彼に会いたい理由はただ一つ。

院長しか見れない機密文書を、見せて欲しかったからだ。

彼は、私の勘が外れていなければ、私に機密文書を見せてくれる筈だ。


改めてカーネリアン家特有の難病について調べた結果、エスポージトの名前が何度も出てきた。

彼が発表した論文は、私にある結論を出させた。

私と、同じ問題について研究している、という事だ。


院長の座に就いてから5年が経つ。

研究が捗々しくない事は想像に難くない。

ロッソも、いずれ発症するだろう私も、助からないとしても、エスポージトはまだ若い。

私の研究結果を彼に渡せたなら、いつか彼がこの難病を治癒する術を見出してくれたなら。

そんな思いを抱えて皇都にやって来た。


けれど、エスポージトとの面会は断られてばかりで叶わず、ミチルと会う事も出来ないでいた。

エスポージトの事は分かるとして、何故ミチルに会えないのかが分からなかった。

私とミチルの関係性は悪くなかった筈なのに。

ミチルから届く手紙を見るに、何かがあって、私に会えないような印象を受けた。

夫のアルト伯爵がミチルと私が会う事を拒否しているのだろうか?

学生時代から、アルト伯爵のミチル溺愛は常軌を逸していたものの、卒業と同時に遂に監禁にまで至ってしまったのかと思ったが、それならば手紙の返事が来るのもおかしい事に気が付いた。

だから、これは私とミチルを会わせられない理由があるのだろうと推察した。

転生者である彼女は、私達とは違う発想を持っている。それで魔力の器の有無、平民と貴族の絶対的な違いについてを調べあげた。

結果として女帝の子供が継承権を失ったりもした。


私と会えない理由…まさかまた、ミチルは何かを発見してしまったとか?

しかもその規模があまりに大き過ぎて、迂闊に知られれば魔道研究員の私がその情報を元に悪さをすると思われたとか。

…ありえなくもない。

私は以前、何も考えずに魔道研究院に報告してしまった。ミチルの名前を出さなければ大丈夫だと勝手に判断して。

結果として、私を勝手にライバル視してた奴に邪魔されそうになって、アルト公爵が助けてくれたが。

アルト公爵は皇都でミチルの名前を喧伝させた。あの人は、この事を想定して、ミチルを魔道研究院の准研究員にさせたのだろうか?

一体何処までがあの人の思惑の上なのかが分からない。

…ともかく、かつての私の早計さが、ミチルに会えない理由なのではないかと思われる。


また、ため息がこぼれた。




*****




思いがけず、エスポージトから面会許可の返事が来た。

このまま、会えずじまいかと思っていたから、正直に嬉しい。


私はこれまで内密に研究していた論文を鞄に詰め込むと、魔道研究院に向かった。


魔道研究院の興りは、マグダレナ教会に匹敵する程昔からと言われている。

そう言われるのは、魔道研究院が、マグダレナ教会のカテドラルと同じ石質、同じ造形で建築されているからだ。

そのカテドラルも造り直されているようだが。

皇城はかつて建て直された関係で、元の皇城がどういったものであったのかは、分からない。


受付にて名乗ると、座って待つよう言われた。

少しして院長の補佐を務めているヴァレリオ・ビアンキが迎えに来た。彼はエスポージトの補佐をずっとしており、研究にも深く携わっているらしい。


「お待たせ致しました、カーネリアン研究員」


「お迎えありがとうございます、ビアンキ副院長」


軽くお辞儀をすると、ビアンキは人好きのする笑顔を見せた。


「院長は執務室におられます、ご案内致します」


ビアンキの後をついて受付奥の階段を上がる。

院長室は5階にある。フロア全てが院長の為にあり、魔道学に関するありとあらゆる書物が揃えられた書庫がフロアの半分を、もう半分には研究室と、院長の居室となっている。

4階に、院長の執務室があり、そこで他の研究員達と面会をしたり、院長としての執務を行う。それから、研究員同士が話し合いをする為の会議室が複数室用意されている。

かつて私の曽祖父が院長を勤めた際に見学させてもらった為、知っている。

2〜3階は研究員達の研究室になっているが、大体の研究員は自宅に研究室を構えている。他者に研究結果を盗まれない為に。

才能はあるものの、家がさほど裕福でない研究員が、自宅で研究出来ない為、ここで研究しているようだ。


4階まで登る。

普段こんなに階段を上り下りしない為、疲れを感じた。

そもそも私はそれなりの年齢でもある。体力は昔に比べればかなり落ちている。


「こちらにおかけになってお待ち下さい」


私を案内すると、ビアンキはすぐに部屋を出て行った。

エスポージトを呼びに行ったのだろう。


ビアンキの侍従だろうか、が、お茶を持って来てくれたのを、ありがたくいただく。


紅茶を飲んでホッとしていた所、扉が開き、エスポージトとビアンキが入って来た。


いつ見ても、冷たい美貌の持ち主だ、と思う。

ストレートのブロンドは首の後ろで一つにまとめられ、瞳はミッドナイトブルー。


私は立ち上がり、カーテシーをした。

それをエスポージトが手で制する。


「カーネリアン研究員、なかなか時間が取れず申し訳なかった」


「いえ、お時間をちょうだい出来て嬉しいですわ」


「では、要件を伺おう」


私はちらりとビアンキに目をやった。

院長の研究に関わっているとは言われているものの、その研究が公開されていないし、私はこの研究を多くの人間に知られたくはない。


私の視線に気が付いた二人は、頷きあい、ビアンキは執務室を出て行って。


「人払いはした。遠慮は要らない」


「ご配慮感謝致します」


焦らしたらこの男はすぐに面会を打ち切るだろう。無駄を嫌う事で有名で、貴族としての嗜みがないと言われているぐらいだ。


「我がカーネリアン家が、呪われていると言われている事を、院長はご存知ですか?」


エスポージトの表情は変わらない。


「いや、申し訳ないが、知らない」


「私は半生をかけてその呪いを解く為の研究を行っておりました。ですが、私の従弟が、呪いと言われる難病を発症したのです」


優雅な手付きでエスポージトは紅茶を口にする。


「その難病は、皮膚を黒ずませ、髪がごっそりと抜け落ち、黒目が小さくなります」


エスポージトが顔を上げる。信じられないものを見るような目で私を見ている。


「痩せこけていき、最終的には腹部だけ大きく膨らみ、大体一年程で絶命するか…」


そこで言葉を切ると、鞄からこれまでの研究結果を出した。


「院長、遅かれ早かれいずれ私も発症致します。何とか治癒方法を見つけ出したいと思っておりましたが、私にはもう時間が残されておりません。

お願いです、院長のみが見れるという機密文書を、死にゆく者への餞に、見せていただけませんでしょうか」


エスポージトは私が出した研究結果を手に取り、ざっと目を通していく。


顔を上げた時、エスポージトは真っ直ぐに私を見て言った。


「……許可しよう、カーネリアン研究員」

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