027.出席強制の夜会招待状

「来月の半ばに、皇室主催の夜会が開かれるわよ」


「え?夜会?」


そう言って、セラは手元の紙をピラピラさせる。

あれ、皇室からの夜会の招待状か…。


この前やったばっかりな気がするんだけど?

3ヶ月に一度って言っていたような?月イチに変更でもしたのだろうか?


カーライルでも皇都でも、夜会は私にとって楽しいイベントではない。


そんな私の心を読んだかのように、セラが言った。


「皇弟殿下がいらっしゃったから、ですって」


あぁ、うん。ソウデスヨネ。

令嬢達は狂喜乱舞だよ、きっと。

殿下にお近づきになるチャンス到来。


まぁ、雷帝国の皇弟が来てるのに、夜会を開かない訳にもいかないか…。

でも何と申しますか、いやな予感しかしないって言うか…。


「…私、出なくてもいいですか?」


私の言葉にセラが苦笑いする。


「それが、レーフ殿下から、是非ご夫婦でいらしてくれと言われているらしくてね」


何てこと!先手をうたれてます!

いや、そりゃそうか。殿下はルシアンに関心があるんだから、呼ぶよね、当然。

でもルシアンは私がいないといかないから…。


「そうそう、ルシアン様が新しいドレスを作るっておっしゃってるから」


この前のは駄目にされちゃってるからなぁ…。

本当に申し訳ないよ…。


「何故、貴族の男性は女性に着飾らせたいのでしょうか?」


セラがポカンとした顔をする。


「そんなの決まってるでしょ」


え?もしかしてこれ、ジョーシキだった?


「自分の物だとアピールする為よ。淑女なら、それだけ己に価値がある事を見せつけられるでしょう」


あー、そっか。

男からしたら、この女はオレの物だぞ、こんなに凄いドレスやら宝飾を用意出来るんだぞ、って事なんだね。

翻って、女からすれば、こんなにお金かけてもらって、愛されてる私を見て!私はそれだけの女よ!って事だよね。

貴族って肉食だよねー。


「ミチルちゃんは、そういう所が疎いわねぇ」


「記憶を取り戻す前の私は、常識に偏りがあるのです。

他にも貴族なら知っていて当たり前な事を知らなさそうで怖いですわ」


なるほどー。

そうかそうか。

そしてそれを受け入れないと言うのは、おまえの愛なんかいらね、って受け止められても仕方ないって事?


うわぁ、私、ルシアンに申し訳ない事してたなー。

私に何か贈りたいって言ってたのはそういう事だったんだね。

ルシアン独占欲強いらしいし?他の人が分からないから、比較しようがないんだけどさ。

そんな私に愛想を尽かす事なく側においてくれて、ルシアンは良い人だ、うん。


「そうそう、ミチルちゃん、お待たせしていた白金が手に入ったわよ。お願いされていた通り、塊だったから、手に入れるのに時間かかっちゃったけど」


「ありがとう、セラ!」


また作りたくなった時用に、塊で手に入れて欲しいってお願いしていたんだよね。

これでタイタックピンが作れるぞ!


それにしても、殿下が皇帝から逃げてるのだとすれば、滞在は長期化しそうだよね。

皇国としては、一応同盟関係にあるから、煙たい存在だとしても、追い出せない存在だし。


カーライルに戻れたとして、殿下はルシアンへの関心を失うんだろうか?

もし、替え玉にする事が目的なら、皇都にいる方が手出ししにくいとかあるのかなぁ。


あのイケメンは、イケメン以外の理由でも狙われるんだなー。とは言え、影武者は想定外だったなー。あの顔が世に二つとあるとはー。


目の前の美人をじっと見つめる。


「なぁに?」


「あちらでは、同じ顔の人間が3人はいる、と言われていたのです。

ルシアンと同じ顔の人なんて存在しないだろうと思っていたのに、いましたから、もう一人も存在するのかなと。

でも、セラはいないと思います。いえ、いても、きっとじょ」


恐ろしい程美しい笑みで、ん?と言われてしまい、それ以上は言えなかった。


ナンデモアリマセンヨー。


「どうすれば、ルシアンを殿下の魔の手から救えるかしら…」


「魔の手って…」


「魔の手ですわ、ルシアンの命がかかっておりますもの」


皇女の時と違って、回避する方法が思い付かないんだよね。いや、前の時だって私の思い付きが有効だったのかはさておいてですよ?有効かどうかはさて置いても、何かしら思い付いた訳だけど、皇弟を追い出すには、この国に居づらくするとか、本国での問題を解決するしかない訳で。

よしんば思い付いたとして、難易度高くないか?


「この国にいづらくなって命を狙われる本国に戻るとなれば、それこそ手段を選ばずルシアンを連れ帰りそうだし…かと言って皇帝そのものをどうにかする手段なんて思い付きませんし…どうしたらいいのかしら…」


あー、でも、そんな事をあのお義父様が許す筈もないな。

ラトリア様だってそうだろうし。


「私、ルシアンの重荷になってませんか?」


おでこを突かれた!

痛い!痛いってば!!


「セラ、痛いですっ!本当に痛いんです、コレ!」


おでこ痛い!冷えピタ欲しい!


「当たり前でしょ…痛くなるようにやってるんだから…。

まったく、何言ってるのよ。

ミチルちゃんがいなかったら、今のルシアン様はいないのよ?」


「そうだとしてもですよ?私、今のルシアンのお役に立ててるのか不安です」


「無自覚なの?あれだけカーライル王国での問題解決にひと役買って、皇都でも業務改善に貢献しておいて」


文房具の事?確かに効率は上がったと思うけど、なくても何とかなったと思うよ、あのチートなイケメンの手にかかれば。


「それはさておき、確かに殿下の事は困ったわね。リオン様も何か考えてらっしゃるとは思うけど…」


私がヒロインだったなら、とか考えてしまうけど、ヒロインの筈のキャロルが死んだ時、この世界はゲームの世界に酷似しているけれど別物なのだ、と思ったんだよね。

ゲーム補正みたいな物があるのではないかと戦々恐々としていたけど、そんなもの一切なくって。

当たり前なんだけど、皆、この世界でちゃんと生きてる訳で、と言う事は、殿下がルシアンを本気で狙ってくる事は間違いない訳です。


またしても私に出来る事と言ったら、ルシアンのお荷物にならないようにするしかない、って事ですね。

それなのに前回は誘拐されて、結局ルシアンに助けてもらったんだよね…うっうっ…酷い…。


私に何が出来るか、考えなくっちゃ。

守られてばかりじゃあかん。


とりあえずは魔力について復習する事と、護身術?の特訓ですね。

あ、そうだ、復活祭の話もゼファス様としなくては!




採寸はつい先日やったばかりだから、今回はコールダー夫人は来ない。

デザインをいくつか出してもらって、その中からルシアンが選んだそうな。毎度の事、私に選択権はない。


「ルシアン、あの…」


どうしました?とルシアンは優しく微笑む。はぁ、見慣れてきてはいるものの、本当にイケメンの笑顔って破壊力抜群だよね。きゅんってするよ!


「あの、ドレス、ありがとうございます」


「どういたしまして」


まぶたにキスが落ちてくる。

目が甘さで溶けるから!


「実は、今回夫人が見せてくれたデザインが甲乙付け難くて、2つ作ってしまったんです」


困ったように笑うルシアン。


「出来上がりが楽しみですわ」


さすがアルト家、この前あんな高価なドレスを作ったのに、今回また2つも…!


ルシアンが私のおでこに手を当てる。


「熱が…?」


「ありませんよ?」


私がちょっと普通の反応をすると、ルシアンは直ぐに熱扱いする。

どういうことなの。


「ミチルは夜会のドレスを作るのは嫌いでしょう?」


頷く。


「好きではありませんけれど、セラからドレスの意味を教えられて、今までの私が無作法だったのだと分かりました」


「ドレスの意味?」


「女性を着飾らせる事は、男性にとって、財力ですとか、そう言ったものを見せつけるもので、女性にとっては、どれだけ愛されているか、自分に価値があるかを見せつけるものだと教わりました。

ごめんなさい、ルシアン。私、全然知らなくて…」


ただの無駄遣いだとばっかり!


私の言葉に、さすがのルシアンも目をちょっとだけ見開いた。言うなれば、おま、そんな事も知らなかったの?!という感じ?


「そこに"どれだけ愛しているか"も加えていただけると嬉しいです」


そう言って私を抱きしめる。

溶けそう。本当に溶けそう…跡形もなく溶けられる自信があります!


心なし、嬉しそうなルシアン。


「ルシアン?」


「すみません。あぁ、本当に、良かった」


??

何だ?


「ミチルは、どうして私からの贈り物を喜ばないのだろうと、ずっと思っていたものですから。まさか、全く分かっていなかったなんて、思いもよらなくて」


うぐ…。

面目次第もございません…。


「セラにも言ったのですけれど、前世の記憶を取り戻す前の私は、常識に偏りがあるみたいで…本当に申し訳ないですわ」


とは言え、やっぱり夜会のドレスは一回しか着ないものだから、抵抗感はありますけどね。

あぁ、それにしても本当、なるほど、ですよ。

パートナーの髪の色だったり、瞳の色を取り入れた衣装やアクセサリーは、コイツはオレのもんだぞ、この男は私のものよ、って意味なんだね、すっごい納得した。

そういう文化なんだと思ってた私はアホだ。ちょっと考えれば分かる事だったな。


「今度の夜会では、オリヴィエ様を貸して下さるそうですよ」


えっ!近衛騎士を?!

姫…そこまで気にかけてくれてるのか…あの人本当に良い人だよね。いや、ルシアンを引き止めたいっていうのが一番だって分かってますよ?分かってるけど、心遣いは嬉しいものです。


「まぁ、令嬢達は殿下の元に向かうでしょうから、大丈夫だとは思いますが」


そうであって欲しい!

いじめダメ!絶対!

なんか薬物のスローガンみたいだけど、そういう事してると絶対に己に返って来ると思うんだよね。因果応報って奴ですよ。


頰にルシアンの唇が触れる。

今日も絶好調にキス魔なルシアンです。


「ミチルは本当に可愛い。まさか、贈り物の意味が分かってなかったなんて」


え、そこ可愛いにポイント加算されるの?自分で言うのも何だけど、呆れるとこじゃないの?

ルシアンちょっと、私の事、好きすぎじゃない?


「こんなにしっかり者なのに、うっかりしている所が、可愛い」


コレ、完全にあばたもえくぼ、って奴だよね。

いや本当に。


「ルシアンは私の事をちょっと好意的に受け止め過ぎなのでは?」


「何か困る事が?」


ルシアンの手が私の頰を撫でる。


「恥ずかしいです」


バカップルじゃん!って事に己で気付いてしまったよ!!

いかん!いかんよ本当に!


ルシアンはこんな感じで私に寛大だから、常識うんぬんはセラ先生に聞くのが良さそうだ…!

見回してみると、常識的な人、少ないな?!


夜会…やだなぁ…殿下のお陰で?今度はルシアンの周りに群がる女性が減るだろうとは思うけど。

前世も秘書業でたまにパーティには出てたけど、壁の花してられる場合は楽しいんだよね。

おぉ、あんな所でトラブルが?とか、あの二人、いい雰囲気だな、とか。人間観察をしてる分には楽しかった。

それなのに、渦中に放り込まれる現世では、苦行以外の何物でもない。それともあの時に下世話な人間観察をしていたツケを今になって払わされているのだろうか…。

カーライル王国でも、ルシアン目当てに集まる令嬢や夫人達にガン無視される(何故!)もしくは嫌味を言われ(解せぬ!でもカーライルでは軽め)ると言うのがテンプレ化していたけど。

私にダンスをと誘いに来た男性は全てルシアンに追い返されていたし。まぁ、ないとは思うけど、殿下が私をダンスに誘った場合も、ルシアンは断るのかな?さすがに許されないだろうけど。

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