018.招かれざる客

オドレイ侯爵家のツォード様が廃嫡され、次男のビジュレイ様が嫡男に指名されたという話は、皇都の貴族にあっという間に知れ渡った。


ツォード様は婚約者がいたにも関わらず、それも破棄。その婚約者はビジュレイ様の婚約者に収まった。

さすが貴族の婚約…。


ルシアンは予想通りカーライル王国に帰ると言い出し、皇女とクレッシェン公爵とキース先生大慌て。

これまではそんな事言わないで助けてあげなよ、ルシアン、と思っていた私も、さすがにリリー様、オドレイ侯爵令嬢、ツォード様と立て続けにやられたものだから、食傷気味だ。


「災難であったな」


私の前で苦笑混じりにおっしゃってるのは、バフェット公爵夫人。つまり、皇族です。


何故か皇城に久々に登城したら、サロンに連れて行かれて、バフェット公爵夫人にご挨拶して、こうしてお茶してます。

アレクシア姫もいます。


「令嬢達がアルト伯爵に群がる理由は分かるが、妻である夫人に危害を加える理由が分からぬな」


優雅にバフェット公爵夫人は紅茶を召し上がってます。


こうして見ると、バフェット公爵夫人とアレクシア姫って、眉が似てる。

叔母と姪だもんね。


「アルト家は妻を一人しか娶ってはいけないのですって」


姫の説明に夫人が頷く。


「それで夫人に嫌がらせをな?」


呆れた様子で夫人は息を吐く。


こうして話していると、セラから話を聞いていたような、女帝とバチバチ激突して夫と共に色々画策した人には到底見えない。


「美しく着飾る為に散財するしか能のない皇国の令嬢が、領地を経営し、転生者としての価値を遺憾無く発揮する伯爵夫人に敵う筈もない。更にこの通りの美貌の持ち主でもある。

己の正しい価値すら把握出来ぬ程、皇国貴族は愚かになったか?」


あまりに辛辣な言葉に姫が苦笑した。


「美しさだけであの伯爵が手に入るなら、シンシアがとっくに果たしていよう。まぁ、アレは気性に問題があり過ぎたが…。

その時点で何故己では駄目なのかすら考えぬとはな」


割と正論を言う人なんだな、公爵夫人って。


「叔母様のご指摘はごもっともですわ。

このままでは、ミチル様を溺愛して止まない伯爵が王国に帰るのも時間の問題です。何とか対策を練らねば」


気が付けば、姫に名前呼びされているミチルです。


ふむ、と公爵夫人は何か思案を始めた。


「伯爵夫人に危害を加えられないようにする為に何が出来るか。皇女のお気に入りでは足りぬのか?」


そうですね、と姫も考え込む。


…ルシアンを帰したくないからとは言え、私の事を考えてくれてありがとうございます、お二人とも?


「実は既にお気に入りという噂は流してあるのです。

ですが、それは伯爵そのものが私のお気に入りで、伯爵の妻だから私のお気に入りなのだと誤解されているようで、失敗してしまいました」


公爵夫人は私を凝視した後、何かを閃いたようだった。目がそう言ってる。


「アレクシア、そなた、伯爵夫人の事をどう思っておる?」


そういうの、本人を前にしてやらないで!

なんだったら私、席外すから!!


姫は私を見てにっこり微笑む。


「お友達になって下さいとお願いしたのです、ミチル様には」


あ、そう言えば言われたけど、アレ、本気だったのか?

だから名前呼びに?


「伯爵夫人、私の娘になる気はないか?」


…は?




「皇族の養女に、って言うのなら、私の養女でも良いんじゃないの?」


はいこれ、お土産、と言って私にファッジの入った箱をくれるゼファス様。

この人、甘いもの好きなんだな…!


バフェット公爵夫人の爆弾発言から1日も経っていないのに、ゼファス様の耳にまで入ってるなんて、貴族社会は本当に情報社会だよね…。

でも早過ぎ!


「ミチルはマグダレナ教会と縁があるんだからさ、バフェット公爵家より私か、オットー家の養女がいいと思うよ?」


「嫌がらせが収まればいいだけの話ですのに、何故こんなに話が大きくなってしまったのか…」


皇族というのは、やっぱり一般貴族とは考えが合わないものなんだな。


「手っ取り早いし、バフェットからすればメリットしかないからね」


アルト家を取り込みたいって奴ですか?

ルシアンやラトリア様に迷惑をかけるんだと思ったら、この話は受けられないよね。

ただ、皇族からの申し出を断るのも難しい。


ちら、とゼファス様を見ると、意地悪をした子供のような顔をしている。


「ミチルのその察しの良さは、いいよね」


まぁ、考えておいてね、と言うだけ言ってゼファス様は帰って行った。自由が過ぎる!


サロンを出てルシアンの執務室に戻ろうとした所、恰幅の良い、いえ、太った偉そうな男性とすれ違った。

道を譲って端に寄った所、そのおっさんは、私の前で立ち止まり、ジロジロと舐め回すように見た。


「そなた、今から儂の休憩の手伝いをせよ」


え?!

何言ってんのこのおっさん?!

私をよく見てよ!

お仕着せとか着てないでしょ?!

そういう人間じゃないって、何で分からないかな?!


「申し訳ございませんが、ご遠慮致します」


はっきり断ると、あからさまに怒りを浮かべた顔を見せる。

怒りたいのはこっちですけど?!

なんなのこのおっさん?!


「そなた、誰に向かってそのような口を!」


私とエロおじの間にイーギスとアメリアがすっと入った。

護衛がいるとは思ってなかったようで、エロおじはいくらか怯んだようだった。


「エルギン侯爵、お戯れはそこまでにしていただけませんか」


エロおじの後ろからルシアンの声。

おぉ、凄いタイミングで来た!


なるほど、このエロおじはこの前のリリー嬢の父親か。

強引さと人の話を聞かないのは父親譲りか?


エルギン侯爵はルシアンを見た途端、表情を軟化した。


「おぉ、これはアルト伯爵ではないか」


娘が言い寄ってるのもあって、態度は柔和ですね、ルシアンには…。

リリー嬢がルシアンを落とす事に関してもウェルカムって所なのかな?


「ミチル、こちらへ」


これ幸いとばかりにささっとルシアンの後ろに回る。


「そのはしはアルト伯爵の知り合いですかな?」


端た女?!

下女扱い?!

シンプルだけどちゃんとドレス着てるのに?!


「私の妻です」


エルギン侯爵の眉がぴくりと動く。

さっきとは違った目で私を見る。絶対良くない事考えてる目だよね!


「ほほぅ、通りで。

伯爵の妻の美貌は有名ですからな」


端た女って言ったり、妙に上げてみたり、忙しい!

っていうか、この人如何にもな貴族だなぁ。テンプレ貴族。


「その妻が、何故皇城におるのかな?妻は屋敷にて夫の帰りを待つものでは?」


「皇女殿下と宰相から、要請を受けて皇城に出仕しておりますので、何らおかしな事ではありません」


侯爵は馬鹿にするように鼻で笑った。


「噂の転生者ですかな?」


やれやれ、といった顔で肩を竦ませると、嘲笑うように侯爵は私を見て言った。


「転生者だか何だか知らんが、淑女の務めは子を産み、夫を支える事だと儂は考えるが…。

よく分からん前世の世界とやらではかように紳士の世界にしゃしゃり出てくるのが、マナーなのかな?」


ルシアンは私の肩に手をのせた。


「我がカーライル王国では、転生者であるミチルの事を丁重に扱いこそすれ、このように価値を知ろうともせず、端た女だのと言う方はおりませんでした」


ルシアンは端た女のあたりで侯爵を睥睨した。侯爵は喉に何かをつまらせたように、うぐ、と呻いた。


「私は元より、皇国の貴族ではありません。

どうもこちらとは水が合わないようですから、宰相閣下と皇女殿下に、帰国の許しを願い出ている所です。

侯爵がおっしゃるように、私も子は欲しいもの。祖国の落ち着いた環境の方が、妻の心にも身体にも良いでしょう。その方が早くに子も出来るでしょうし」


そう言って微笑むと、私の頰を撫でるルシアン。

子供…っ?!

顔が熱くなる。恥ずかしいので自然と俯いてしまう。


「これは大変失礼した。伯爵のような目端の利く方には、転生者のような一風変わった淑女も、刺激になると見える。

では、儂は所用を思い出したのでこれで失礼する」


褒めてるんだか貶してるんだか微妙な事を言って、エルギン侯爵は逃げて行った。

逃げるの早いな、デブってる割に。


「大丈夫ですか?」


「ありがとう、ルシアン」


本格的にカーライル王国に帰りたくなって来た!

まだ一ヶ月しか経ってないけど!!


いや、今のところオドレイ侯爵家とエルギン侯爵家だけですよ?そんな事をしてきたのはね?

でも、この前の夜会でルシアンに集っていた令嬢の数を考えると、まだこれからも何かありそう…。

憂鬱な気分になってきたー。


執務室に戻ったら、フローレスとステュアートが駆け寄って来た。


「夫人、大丈夫でしたか?」


何故知ってるの?


「先程、エルギン侯爵に絡まれている夫人を見かけまして、慌てて補佐官に報告したのです」とフローレス。


だからルシアンが助けに来てくれたんだね!

何て良い子なんだ、フローレス!


「ありがとうございます、とても助かりましたわ、フローレス様」


ステュアートは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「エルギン侯爵は執念深いと聞きます。どうかお気を付けて下さい」


あれからすっかり従順になったステュアートは、忠犬の様相を呈している。


「ステュアート様もありがとうございます、気を付けますわ」


最近はステュアートに耳と尻尾の幻覚が見える…!

ツンデレって、こういう感じ?!ちょっと違うか。


席に着いて書類の片付けを始めていた所、セラが紅茶を淹れてくれた。

クロエが所用で一緒に登城していない時は、セラが淹れてくれる。


「ありがとう、セラ」


「良くない傾向ねぇ」


ソウデスネー。本当にねー。


「カーライルに帰りたくなって来ました」


半分冗談、半分本気で言ったら、ステュアートが書類を手から落とした。


私がカーライル王国に帰りたがる→ルシアンが帰る事を決意する→カーライル王国に帰国→ステュアート、崇拝するルシアンと離れ離れになる

…こんな感じの図式が一瞬で形成されたんだろう。


「補佐官…」


半泣きな顔でステュアートがルシアンに声をかける。

ルシアンは顔も上げず、手元の書類に目を通しながら言った。


「殿下と宰相には既に相談済みです」


みんなの顔色が一斉に悪くなる。


…うん、ごめん。

でもちょっと、わずか一ヶ月で貞操の危機とか、家に押しかけられるとか既にやられてて、私、国に帰りたいっス。


「皇都の貴族はミチルに無礼が過ぎる」


そう言って書類にサインをして、既決箱に入れるルシアンを、泣きそうな顔でステュアートが見ている。


辺境の伯爵だからね、軽んじられるのは仕方ないとは思うけどね…でもね…私、M(マゾ)じゃないんですよ…。


お手伝いと言っても文房具を変成術で作るだけで、お祭りも案を出すだけだし、宴だってレシャンテが仕切るし。

…手紙でやりとりすればいいレベルじゃない?私皇都にいる必要あるかな。


しかも、ルシアンだけに夜会の招待状が何通も来たんだよね。

オドレイ侯爵家の事もあったりして、邪魔者な私がいない方がルシアンに迫り易いと考えての事なんだろうけどね…。


貴族の陰湿さは分かっていたけど、ここまでやられるとさすがに…。

ちなみにルシアンは全ての夜会の誘いを断っていた。


夏、秋、冬の祝祭の事をさっさと決めてしまって、カーライル王国に帰りたい。

我ながら打たれ弱いって思うけど、ほぼ四面楚歌とか、辛い。

家に閉じこもってれば大丈夫かと思っていたけど、ツォード様みたいな事があったらそうもいかないし。

レシャンテもセラも、2度と屋敷の中に入れないだろうけど…。


別に皇都の為になる事をするぞとか、意気込んで来た訳じゃないんだけどね、回復するより前にダメージが降って来るからなのか、なんだか正直にしんどいです…。


私、何の為に皇都に来たんだっけ?

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