007.女騎士と姫
今、私はルシアンにお使いを頼まれて書類を届けに行く所です。
セラ、それからイーギスとアメリアもいるので、とっても仰々しいんだけど、そうじゃないとルシアンの執務室から出してもらえないので仕方ない。
ステュアートにより書類がきっちり分類された事で、無駄な残業が廃止された。
やらなくてはいけない事を優先的に終わらせている為、精神的余裕が生まれたようだ。
ずっと家に帰れなかった官僚達には、物凄い感謝された。
私はルシアンの負担を減らしたかっただけで、官僚の人達の為ではなかったから、なんだか居心地が悪い、という話をセラにしたら、最終的にルシアン様の為になってるんだから、気にしなくていいのよと言われた。
ステュアートにはこれまでの態度の悪さを謝罪された。
そして何故か、さすがルシアン様の奥方だ、と賛辞されるようになり、逆に気持ち悪い…。
セラは満足そうだけど。
嫌われるよりはいいと思うようにはしてるんだけど、なにしろ最初の印象というものがあるから、なかなか直ぐには受け入れられない感じ。
若干好意的に、とかじゃなくて、180度態度変わってるからね。ただ、素直に謝れる所からしても、本当に実直なんだと思う。不器用と言うか。
…こんなんでやってけるのか?…あ、だからこそ僕の実力を分かって下さるルシアン様!に繋がるんだろうか??
「向かうのは皇女殿下の所なのね」
「そうです」
ゆっくりして来ていいですよ、とルシアンに言われたから、そもそもが皇女殿下からのお誘いなのかも。
姫の執務室は城の3階中央にある。その正面がキース先生の執務室。ルシアンの執務室は同じフロアの端にある。
これは冷遇されているとかではなく、ルシアンが望んだから。あんまり中央に配置されて、逃げられなくなるのが面倒だと言っていた。うん、それは何となく分かる。
執務室のドアの前には、男性の近衛騎士が二人立っている。中にも勿論いると思う。
近衛騎士は私達に気が付くと、すぐにドアを封鎖した。
「…要件を申されよ」
スカートの裾を摘んで膝を折る。
「アルト宰相補佐官より、皇太子殿下へご報告する書類をお届けに参りましてございます」
「只今確認をする。待たれよ」
近衛騎士の一人がドアをノックし、名前を名乗り、入室の許可を取ると中に消えた。
頷いて大人しく待つ。
再びドアが開き、近衛騎士は目配せをすると、ドアの両脇に控えて言った。
「皇女殿下が中でお待ちである。無礼のないように」
頭を下げると、ドアが開いた。
私とセラが入った後、イーギスとアメリアはその場に留め置かれた。
帯剣してるからね、入れないんだよね。
中に入ると、3人の女性騎士に背後を守られたアレクシア姫が、私を見て笑顔になった。
やはりヒロイン顔!
「伯爵夫人。どうぞこちらへ」
執務机ではなく、ソファに腰掛けていらしたので、反対側のソファに失礼させてもらう。
セラは書類を近衛騎士に手渡すと、私の後ろに立った。
うん、護衛騎士の女性達も美しいけど、やっぱりうちのセラが一番美人だ。
「伯爵夫人が宰相補佐官の補助の為に登城するとキースから聞いた時には驚きました。更には転生者としての記憶で執務室内の業務内容の見直しも提言したとか」
「出過ぎた事をして申し訳ございません」
どう思われてるのか不明なので、とりあえず謝罪しておく。姫は文句言わないって分かっているけど、謙虚に。
「淑女が紳士と同じように働く事を好ましく思わない者は多くおります。私がこうして執務する事も影で色々と言われている事でしょう。
そんな中、停滞する業務を見直し、新しい風を吹き込んでくれる伯爵夫人は、同じ淑女として頼もしく思います」
「恐縮にございます」
ただ文房具を用意したのと、書類整理の仕方を考えただけで、ここまで皇女から褒められると、逆に申し訳なくなる…。
「宰相の執務室も同様の仕組みを取り入れて業務を改善し、作業効率が上がった事もあって、他の執務室でも取り入れているようです。
この城で働く者を統べる者として、感謝しますわ、伯爵夫人」
居た堪れない!
「畏れ多いお言葉、身に余ります」
これ以上褒めんでくれ。褒められ慣れてないから、恥ずかしくて死にそう。
アレクシア姫はふふふ、と笑った。
恥ずかしさをごまかす為に、紅茶を飲む。
おお、さすが皇室御用達。美味しい。
姫が用意して下さったお菓子を食べたんだけど、和菓子なんだよね。だからやっぱり、あらかじめ用意された時間なんだな。
まぁ、皇太子だから、当然と言えば当然か。
それにしても…視線を凄い感じる。姫の背後から…。
近衛騎士が姫を守る為に警戒するのは当然だとは思うんだけど、こんなに見られるものなんだろうか?
恐る恐る顔を上げると、姫の後ろに立っている、赤毛をキレイに結い上げている女騎士と目が合った。
青い瞳が美しい。
警戒をちょっとは解いて欲しいなーと思った私は、その女騎士サマに微笑みかけてみた。
ピシッと騎士の動きが固まった。何で?あれ?私の笑顔、駄目な感じ?
…あ、もしかして、それでルシアンが、アルト家以外には微笑んじゃ駄目って言った?
うわぁぁっ!そんな事も分からずに微笑んじゃったよ!
近衛騎士が凍り付く笑顔なんだ、私!
なんだろう、魔王チックな笑顔とかなのかな…。
うぅ、駄目だ。
うっかり微笑みかける訳にはいかないから、そろそろお暇しよう。
退室の旨を姫に伝え、執務室から出る間も、視線の矢が背中に刺さりまくりだった。
なんなんだ…。
あ、そうか、余計に警戒させたのか…凹む…。
ルシアンの執務室に向かう途中、セラに私の笑顔は怖いのかを尋ねてみた。
「なによそれ?」
「姫の近衛騎士の方に微笑みかけたら、硬直なさったので、私の笑顔はそんなにも酷いものなのかと思いまして…」
「そんな訳ないでしょ。ミチルちゃんの笑顔はとても可愛いわよ」
そうだった。セラもルシアン並みに私に過保護だった!
欲目が過ぎる!
その日の夜、鏡の前で笑顔の練習していた所、ルシアンに抱き上げられてしまい、カウチへごーです。
「私が愛して止まないミチルは、何故鏡の前で笑顔の練習なんてしているんです?」
ルシアンが私の頰を撫でる。
…どうでもいいけど、この前置きなんかのかな?からかってる?からかってるよね?
何なのかな?試されてるの?
「…私の笑顔は、怖いですか?」
指で頰をなぞるように撫でられる。
くすぐったいよ、ルシアン。
「誰かに何か言われたのですか?」
え?!って事はやっぱりそうなの?!
「いえ、言われておりませんわ。
今日、ルシアンの書類を姫の元にお届けに上がった際に、近衛騎士の女性にあまりにも警戒されるものだから、笑いかけてみたのです」
それで?と続きを促されたので、話を続ける。
「そうしたら、その騎士の方が硬直してしまって…」
「…どんな風に笑いかけましたか?」
思い出して、近衛騎士の女性に微笑みかけたのと同じ笑顔をルシアンに向ける。
ルシアンが無表情になった。
あぁ、やっぱり私の笑顔、怖いの?
鏡を通して自分で見る分には普通だと思うんだけど、貴族としてありえないのかな。
子供の頃から教わった通りの笑顔の筈なんだけど、もしかして、嘘を教えられてた…?!
顎に手をあてて何やら考えるルシアン。
「…なるほど」
「?何ですか?」
なんか分かったのかな??
ルシアンは私の髪を結んでいたリボンを解き、私の髪を一房手にすると、口付けた。
「皇国のエヴァンズ公爵家から、公爵家令嬢、オリヴィエ様とセラの婚約の打診を受けました」
えっと、なんか話変わったよね?
それよりも!セラに浮いた話が!!
「まぁ!それはセラにはもうお話したのですか?」
どんな方なんだろう、オリヴィエ様!うちのセラに一目惚れでもしたのかな?!
そうでしょうそうでしょう!うちのセラは超絶美人ですからね!
「話した所、呆れていました」
呆れた?なんで?
話がちんぷんかんぷんな私に、ルシアンは苦笑した。
それから私の事を抱き上げるとそのままベッドに下ろす。
「明日、顔を合わせる事になっています。ミチルもセラの主人として来て下さい」
「?はい」
なんか、話の展開が早いけど、オリヴィエ様はそんなに訳あり物件なのか??
ルシアンとセラと一緒に皇城のサロンに向かうと、人の良さそうな中年の男性と、昨日姫の部屋で見た赤毛の騎士が既に部屋にいた。
あれ?近衛騎士なのに、何故ここに?
部屋の中程まで進んだ私の前に、近衛騎士は近付いて来て、にっこり微笑んだ。
うわ!美人!
美人だけど、笑うと可愛くなるタイプなんだ、この人!
「昨日お目にかかりましたが、職務中にてご挨拶が叶わず失礼致しました。
私、アレクシア姫の近衛騎士をしております、オリヴィエ・エヴァンズと申します」
え?この人がオリヴィエ様?
セラと婚約したいと言ってる人?
あ、もしかして昨日、セラに一目惚れを?!
っていうか、挨拶が色々済んでないけど?!
でも!人様のコイバナ展開に急に胸がワクワクして参りました!
突然、オリヴィエ様は私の前に跪いた。
「お、オリヴィエ様?何をなさるのですか?お立ち下さいませ」
慌てて立ち上がらせようとした私に、オリヴィエ様が顔だけ上げた。
…あれ?うっとりしてる?
「私に、ミチル様をお守りする権利をお与え下さいませんでしょうか」
えっと、それ、プロポーズの言葉だけど…。
どうしていいのか分からず、ルシアンを見ると、にこっと微笑まれた。怒ってはいなさそう。
セラを見ると、呆れた顔をしてる。
どういう事、ですか…?
「オリヴィエ、夫人がお困りだろう。きちんと順を追って説明しなさい」
公爵が呆れるように言って、ようやく私は公爵にご挨拶が出来て、みんな着席した。
オリヴィエ様は咳払いをすると、私を真っ直ぐに見つめる。
えーと、今日はセラとオリヴィエ様の婚約の話だった筈?それなのに、オリヴィエ様はセラではなく、私を見てらっしゃいます?
「子供の頃に、女騎士が主人公の本を読み、女騎士になる事を心に決めました」
ほ、ほほぅ?
身の上話から始まるのか。
面談か?面談なのか?
公爵はため息を吐き、セラは無表情だし、ルシアンは優雅にお茶なんか飲んだりしてますし。
何故私だけこんなに追い詰められているんでしょうか?
「騎士になり、姫にお仕えするようになりましたが、畏れ多い事ではありますが、姫と物語の中の姫は似ても似つかず。仕方のない事と諦めてお仕えしておりました。
昨日、姫の部屋を訪れたミチル様を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走りました。ミチル様のお姿と、物語の姫は瓜二つなのです」
もしもし?文書なんでしょ?
それで何で瓜二つになるんでしょーか?
「アッシュブロンドの髪、グリーンの瞳、長い睫毛、白い肌、桃色の唇、華奢なお身体、妖精のようなそのお姿!まさに!姫そのもの!」
大きくなった声にびっくりして、思わずびくりとすると、ルシアンがよしよし、と言って私の手を撫でた。
そんな私の様子に気付き、オリヴィエ様は頰を赤らめて謝罪した。
「申し訳ございません、興奮してしまいまして」
…興奮したんだ…。
「ミチル様はカーライル王国の貴族。皇国の基盤建て直しが済めば直ぐにでも祖国にお戻りになられます。
そうすれば皇国の貴族である私はミチル様にお会い出来なくなる」
え…まさか…。
そこでようやくオリヴィエ様はセラを見た。
「そこの御仁は、聞けばミチル様の専属執事で、男性だとの事。カーライル王国侯爵家と、出自としても私とも釣り合います。
セラフィナ殿と結婚すれば、カーライル王国に付いて行く事も、ミチル様に引き続きお仕えする事も可能になります」
引き続きお仕えって…お仕えされてないし、皇太子の近衛騎士が伯爵夫人の護衛とか意味わかんないから!
呆然とする私に代わって?ルシアンが公爵に尋ねた。
「エヴァンズ公はよろしいのですか?」
父親である公爵はため息をまた付いた。
…苦労してそう。
「公爵家令嬢でありながら騎士を目指した時に、色々と諦めはしたものの、アルト伯爵夫人に仕える為と動機は不純ながら結婚をしたいと言ってくれて、私としては藁にも縋る思いだよ」
なんか、少し前にもこういうの見た気がする。
デジャヴ!
ただ、と言って公爵はセラを見た。
「セラフィナ殿は女性に興味がないと伺っている。オリヴィエの事よりも、セラフィナ殿には望まぬ縁談なのではないだろうか?」
そうだよね、セラってばオネェだしね。
セラはため息を吐くと、痛むらしい頭に手をあてた。
「私は女性を愛せない訳ではありませんし、男色でもありません。
煩わしいので、そういう事にしていただけです」
!そうなの?!
ずっとそっちの人だと思ってたよ?!
それに、オネェだから私の執事にしても問題ないとルシアンが判断したんだと思ってた!
私のおねーさまではなかったの?!
ちらりとルシアンを見る。ルシアンは苦笑した。
「男色だからとセラをミチルの執事にした訳ではありませんよ。セラなら、ミチルを任せられると判断したからです」
セラはオリヴィエ様を見た。
「私はミチル様にお仕えすると決めた時、婚姻しない事を心に決めました。二心あれば、どちらかを選ばなくてはならない場合に煩わしい事になるからです。
オリヴィエ様と結婚しても、私はオリヴィエ様を第一には考えません。
目の前でミチル様とオリヴィエ様に危機が訪れた際には、躊躇なくミチル様を選びます。
それでもよろしければ、この婚姻に異論はありません」
?!
そんなに強い気持ちで私の側にいてくれたの?!
全然、そんな風に見えないけど。
いや、でも、過保護…。
オリヴィエ様は頰を赤らめてセラを見る。
恋する乙女のようにも見える表情だけど、きっとそういうのじゃないんだろうなー…。
「セラフィナ殿、私も同じ気持ちです。
私はミチル様にのみ心を捧げます。それを嫌がる殿方とは婚姻出来ないと思い、婚姻を断念しておりました。ですが、同じ思いの貴方となら、夫婦になれると思います」
…やっぱり。
………………帰りたい…。
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