093.王太子の結婚式
窓の外は、真っ青な空が何処までも広がっていて、気温も程良く、風からは微かに花の香りが混じる。
良い天気!
今日はモニカと王太子であるジーク王子の結婚式。
色々すっ飛ばして誰よりも先に結婚したのもあって、友人の結婚式に参加するのは初めてだ!
花嫁だけに許される白を避け、私はロシェル様がデザインして下さったドレスを着ている。
プルシャンブルーのストレートのロングドレスで、アルト領で採れるサファイアの小さすぎて使えないものを全面に散りばめているので、ドレスの色が濃いのもあって、夜空みたいになって、とてもキレイ。
一緒に参加するお義母様が、夜空をイメージしたって言ってたから、私の認識はあってた!
髪はリュドミラが結い上げてくれた。
ドレスに緩さがないから、髪は緩さを感じられるように編み上げました、と言われた。
髪飾りや生花は敢えて付けません、とも言ってた。
私のストレートの髪を、よくこんなにふんわり結い上げるものだなぁ、と感心する。
元々好きみたいで、自分のもやっていたみたい。
器用だなぁ…。
イヤリングはルシアンの瞳と同じ色の宝石を使ったもの。でもなんか、いつものより高価な石のような気がする。
リュドミラが少し興奮した様子で言った。
「旦那様から奥様への贈り物でございますわ。イエローダイアモンドです。しかも、最高級のカナリー・イエローですのよ!」
?!
ダイアモンドだって高価なのに、更にイエローダイアモンドで、その上カナリー・イエロー?!
一体おいくらするの、これ?!
ふ、震える…っ!
庶民の私にはちょっと恐ろしいレベル!
「そんな高価な物、怖くて身に付けられませんっ。」
半泣きの私に、リュドミラが首を横に振る。
「旦那様からの愛なのですから、身に付けて下さいませ。
こんな素晴らしい物を惜しみなく贈って下さるなんて、愛されてる証拠ですよ!」
己が粗忽者すぎて、紛失してしまいそうで怖い!
ドアがノックされて、ルシアンが入って来た。
モーニングコートを着たルシアンは、イケメン度が増してる。何割増してる?!
「?!」
超絶イケメン!!
もはやそんな言葉だけでは表現しきれない気がする!
神が創りたもうたうんぬんとか、そんな感じ!
あぁ、私の語彙力の無さと言ったら…!
いつもの無造作な髪は、キレイにまとめられて、美しく整った顔がよく見えるようになっている。
髪は闇夜のように艶やかで、金色の瞳の深さすら増しているような、そんな気さえする。
ルシアンは私のドレスと同じプルシャンブルーのモーニングコートを着ている。色味の所為か、長い手足が更に長く見える。
クラヴァットには私の瞳と同じホーリーグリーンのエメラルドのピンが刺さっている。
ルシアンは私の前に立つと、私の頰にキスをした。
「私の月の女神。」
ルシアンって、結構こういう恥ずかしいこと、平気で言うよね。
いや、貴族男子は言えないと駄目なんだけどね?この手の褒め言葉を。
でも、ルシアンはその手のワードとは無縁なのかと思いきや、結構言ってくる。
元日本人としては小っ恥ずかしいの極致です。
恥ずかしがってばかりはいけない。
最近たるんでるけど、私は貴族なのです。
女伯だったりするし、いずれは公爵夫人……。
……不安しかない!!
…いやいや、だからこそ今から色々練習したり勉強せねば!
とは言え、結婚もしてるので、異性を褒める言葉は覚えなくていいんだけどね。
そんなことを他の男性に言ったら、私は不届き者になるし、その人がルシアンに滅殺される気がする。
私が月の女神だと仮定するなら、ルシアンは何になるんだろう…。
えーっと…。
「月は己だけでは輝けないと言いますわ。ルシアンが、私を照らして下さるのでしょう?」
どうよ?!
ルシアンがうっとりした顔をする。
横にいたリュドミラが顔を真っ赤にしている。何があった?!
「熱烈な愛の言葉ですね。」
あ、そっか。しまった!
意訳すれば、私を輝かせるのは私を愛する貴方だけ、だな、これだと。
恋の言葉も愛の言葉も、やっぱり私には難易度高い。
っていうか、加減が難しい。
…ルシアンが物凄いご機嫌になったから、ま、まぁ、良かったことにしよう、うん。
リュドミラの目がギラギラしてる気がする。
…もしかしてまた、創作意欲、湧いちゃったのかな…。
「リュドミラ、書いたら私に提出を。」
「はい、旦那様。」
えぇ?!いつからそうなった?!
「ルシアンはご自身が題材になって、恥ずかしさはないのですか?」
ありません、と簡潔明瞭な答えが返って来た。
うん、そうだよね。愚問だった。ごめん。
「話の中の私も、ミチルを愛している事が大変好ましい。」
えっ、そこなの?!
「リュドミラ、間違っても、ミチルが私以外を懸想するような物は書かないで下さい。あまりに許せなくて、現実のミチルを閉じ込めてしまいそうです。」
仮想と現実の境界を超えようとしないで!
「心得ております、旦那様。」
ルシアンの指が私の耳に触れる。
「よく、似合っています。」
あ、そうだ!こんな高いイヤリング!困る!
って言っても、もう購入してしまってるし…なくさないようにしないと…。
でも私、本当うっかりしてるし…。
「ルシアン、こんな素晴らしい物を贈って下さってありがとう。ですが、なくしてしまわないか不安ですから、側で見守っていて下さいませ。」
ルシアンが無表情に私を見る。そうかと思えば、なるほど、と呟いた。
「?」
何に納得した?
「高価な物を贈れば、ミチルから側にいて欲しいと言ってもらえるのですね。」
「?!」
待たれよ!
それおかしいから!
私に側にいて欲しいと言われたいから高価なアクセサリーを買うとか、意味不明だから!
止めねば!
「無駄遣いはいけませんわ!
それに、イヤリングにばかり意識がいって落ち着かないと思います。」
モニカの結婚式なのに、モニカよりイヤリングに意識が行き過ぎるのもどうかと思うし。
「それは確かにそうですね。イヤリングより私に意識して欲しいですし。」
そこなの?!
色んな意味でブレないね?!ルシアン!
婚約が決まって直ぐに製作が始まったと言われている純白の花嫁衣装は、モニカの為に作られただけあって、シルエットが大変美しい。
シルクの生地の光沢が、少し離れても分かる。最上級のシルクなんだろうなぁ。ミカサシルク的な。
ビスチェドレスで、胸元や二の腕が露出しているけれど、いやらしさは微塵もなく、むしろ清潔感というか、品が良いというか。細かな幅の広いレースが首元を覆い、これがまた美しい。
プラチナの台座にダイアモンドがこれでもかと埋め込まれたティアラがまばゆい。
キャスケードブーケの真っ白い薔薇と、繁栄を意味する植物が緑としてふんだんに使われてて、そのコントラストが鮮やかで美しい。
プリンセス!って感じで、本当に美しいし、モニカの嬉しそうな笑顔が眩しい!
「モニカ…とてもステキですね…。それにとても幸せそうです…!」
うっとりとモニカを見つめていると、ルシアンがそっと耳元に顔を近付けて、私の耳にキスをした。
見上げると、少し不安そうな顔をしている。
卒業後にする筈だった結婚が、皇女のことで早まり、アレクサンドリア領を継ぐことになり、教団に誘拐されたり、それはそれは濃厚な一年半を過ごした。
穏やかな新婚生活とは若干言い難い。
ルシアンに声をかけようと思った瞬間、式が始まり、王国の婚姻に関する話が宰相からなされ、続いてマグダレナ教会枢機卿による婚姻についての話が始まった。
ほほー、こういう所も、王族と一般貴族では違うのだなー。
気分は終業式の校長先生の長いながーいありがたーいお話な感じ。
横に立つルシアンの手と、私の手が触れて、そっと見上げるとルシアンが静かに私を見ていた。
こっそりとルシアンの手を握ると、ちょっとしてから、ルシアンが手を握り返してくれた。
ラブラブカップルっぽい!
…はっ!
私、手に汗とか…いやいや、手袋してたわ。
式が終わり、王子とモニカは馬車に乗ってパレードに出発した。
私達はアルト公爵家に集まり、お義父様、お義母様、ラトリア様、ロシェル様、ルシアン、私で晩餐までご一緒した。
帰りの馬車の中、ルシアンはひと言も喋らず、私のことを見なかった。
どうしたんだろう?
なんかちょっと、いつものルシアンっぽくない。
湯浴みをして、ルシアンが来るのを待っているんだけど、来ない。
今日もお仕事してるのかなぁ。本当忙しい人だなぁ。
今日の課題も終えてないから、起きて待ってよう。
読みかけの本でも読んで待ってよう。
うっかり寝てもいいように、ベッドに入り、枕を立てて寄りかかる。
「…ふわぁ…。」
欠伸が自然と出た。
時計を見ると、2時を回っていた。
さすがに、眠い。
いくらアルト家男子がショートスリーパーでも、さすがに遅いのでは?!
そんなことを思っていたら、ドアが開いてルシアンが入って来た。
私が起きていたのに気付いて、驚いている。
いつものように私の隣に座るものの、心なし二人の間に隙間を感じる。
「…眠れなかったのですか?」
「ルシアンを待ってたのです。」
「…私を?」
「今日の課題を、終えてませんし。」
ルシアンは苦笑して、目を伏せる。
「…そうですか…。」
それから上げた表情は、苦虫を噛み潰したような、今まで見たことのないような顔で、胸が痛くなった。
「ルシアン?」
私と目を合わせない。
何で?
「どうなさったの?」
何も答えてくれない。
頰に触れたら、その手を離された。
「!」
拒絶された…!
あれ、これ、初めてのことじゃない?
これまで何があっても、ルシアンは私を拒んだことなんてなかったのに。
今日、私、ルシアンに何をしたっけ?
朝は私のことを月の女神なんてお世辞を言ってくれたぐらいで、その後の私の外した発言にも喜んでくれてたのに。
結婚式ぐらいから、私を見る目が変わっていたような…。
いつもの熱のこもった目じゃなくて、何処か冷めてて。
え、でも、手を…人がいたから、仕方なくつないでくれたとか…?
他の女子を見るのと同じような、冷めた態度だった。
恋に落ちるのも、恋から覚めるのも、理由なんてないって言う。
ルシアンは覚めてしまった…?
そう思った瞬間、指先から、頭の先から、血の気が引いていくのが分かった。
心臓が痛いぐらいに萎んでいく。
でも、言わないでいたら、私のことなんて、ルシアンの中で直ぐになかったことになっちゃう。
でも、言えない。もし言って、肯定されてしまったらと思うと、怖い。
前に嫉妬してしまったとき、自分の気持ちを言えたのは、ルシアンが私を追いかけて来てくれたから。
でも今は、私の手を、払いこそしなかったけれど、触られることを嫌がって、私の顔も見ない。
……もう、私のことを、好きじゃない?
元々、一体私の何が好きなのか疑問だった。
一年半というのは、長かったんだろうか。短かったんだろうか。
何の変哲もない私が、こんな超絶イケメンと結婚まで出来て、一年半持ったのは、凄いことだったのかも。
うん、きっと、きっとそうだ…。
明日、明日になったら、アレクサンドリアに帰る準備をしよう。
お義父様たちに挨拶を…って未練がましいよね。
落ち着いたら、私の至らなさを謝罪しなくちゃ。
アビス…は、元々アルト家から来てくれたから、帰ってしまうだろうから、これからは、頑張らなくちゃ。
セラもそう。
エマは…契約してるのはお義父様だった筈…私が連れて行くことは許されない…。
……私、一人だ。
目の前のルシアンは俯いたままだ。
ベッドから出ても、ルシアンは何も言わなかった。
部屋を出て、この屋敷に来てからずっと使ったことのなかった、私に用意されていた、私だけの部屋に向かう。
屋敷の一番端の部屋。
今まで自室として使っていたのは、夫婦共有の部屋で、ルシアンにはルシアンの部屋がある。
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