皇都<ゼファス視点>

「ふぁ…。」


私の欠伸に、リオンが苦笑した。


皇都に向かう馬車の中、睡眠時間を削られた弊害か、欠伸が止まらなかった。


「式典が明日で良かったよ。」


「で?王妃をどうするつもりだ?」


リオンは顎に手をあてて考える素振りを見せる。


「どうしようかねぇ、誰かさんが私の考えていた案を狂わせてくれたからなぁ。」


「ははは、それは愉快。」


それにしても、とリオンは言葉を続けた。


「黙認とは呆れたよ。色に溺れた王妃など、害にしかならない、幸い、王には3人の王子がいる。どうやら真ん中の王子は王妃とも上手くやっておられる様子。

王太子か、末の王子のどちらかが跡を継がれるのが相応しそうだ。」


「アドルガッサー王国の離宮は美しいと聞く。そこで静養するのもいいのではないか?まだ、春まで少し寒いしな。」


供された白ワインをひと口飲む。


「まぁ、それが無難だね。王太子は潔癖なお方だから、その方に贈り物をしようと思うのだけれど、それによっては離宮には行けないかもね。」


そう言ってリオンはにっこりと微笑んだ。


「私が妨害した所で、結局そこに行き着くのか。つまらん。

…それにしても、ルシアンに対して過保護なのではないか?」


「放っておいた結果が、皇女だよ。」


…なるほど。

権力のある女にのめり込まれると面倒は倍になるものな。


「それは仕方ないな。とは言え、ルシアン自身が何とかした方がいいのでは?」


「…さすがに、存在の抹消は、止めたいと思うのが、親心というものだ。」


遠い目をするリオンに、思わず顔が引きつった。


「何故そこに行き着く?」


「あれで色々手段は講じてきたようだ。その結果、如何ともし難いという結論に達した。

ルシアンは己に関しては関心が薄いが、ミチルが関わった途端に、排除に舵を切る。」


皇女の暴走は傍目にも異様ではあった。

教団に命じてミチルを排除しようとしてきたのを阻止して、逆に教団の首を取ったのはリオンから聞いた。

あれにはリオンも腹が立ったらしく、キレイな身体で済ませてあげようと思ったけど、考えを改めた、とそれはそれは美しい微笑みを見せられた時にはぞっとした。

ルシアンは即排除に持っていきたかったようだけれど、リオンとラトリアは別の方法を取った。


意外なのは、温和なラトリアが、ミチルに関しては謀に参加する事だった。

心境の変化という奴だろうか。


「ラトリアはミチルの事が可愛くて仕方がないみたいでね。前の婚約者がミチルの事を口さがなく言ったら、即婚約を破棄した。その次の婚約者はルシアンにちょっかいを出して破棄になった。」


ため息が出た。


「それは、愚かとしかいいようがないが…ラトリアはまさか、ミチルに懸想してる訳ではないよな?」


リオンは目を伏せ、赤ワインを口に含んだ。


「…アレはずっとアルト家を継ぐ重圧に耐えてきた。弟のルシアンにその苦労をさせない為に、ずっと。

能力としては問題はないが、ラトリアはアルト家が担わなくてはいけない謀に対して抵抗感が強い。続ければいずれアレの心は破綻しただろう。

ミチルを求めたルシアンがアルトを継ぐ事を望み、懸念だったルシアンはむしろラトリアより適性を発揮した。

その事で、アレの心は救われた。その事に恩を感じてるようだ。領民と共に生きる為の手助けも、ミチルはしてくれているようでね。

ラトリアからすれば、何の感情も伴わない令嬢よりも、ミチルの方が大切なのは当然の事だ。」


「もっともな事だ。」


繊細な人間にアルトの当主は務まるまい。

各国に草を配置し、草からの報告を受けて今後どうする事が自国の為になるのか、何を排除するのか、そう言った事を当主である限り、ずっとこなさなくてはならない。

時には非情な判断も当然必要となる。


「それに婚約者なら昨日決まった。

シーニャと趣味の合う令嬢で、ミチルを大変好ましく思っている侯爵令嬢だ。ラトリアの意向にも合うし、社交が苦手なミチルを支えられる出自と適性がある。」


「それは僥倖だ。」


「ルシアンが見つけてきた。」


そこまでやるのか、ルシアンは…。


ルシアンは春には城に上がる。

ミチルも今後は最低限の社交をこなさなくてはならない。

転生者という立場がある為、普通の伯爵夫人のように社交により夫を支える必要はない。

むしろそれは王室により禁止される。


「我が子ながら本当に…ミチルの事に関してのあの徹底っぷりには凄いとしか形容出来ない。」


「凄まじいの一言に尽きるな。」


頷きながらもうひと口ワインを口にする。


「護衛騎士も付けようとしてる。」


「王族並みだな。」


過保護過ぎるだろう。

逃走回避と言われた方がしっくりくる。


「学園で平民に襲われたり、教団にも誘拐されたりしてるからね、どちらもルシアンが側にいない時に。」


「やむを得ないな…それじゃ…。」


全然過保護ではなかった。


「スタンキナは大帝に接触をし、放逐されたようだ。」


「あぁ、レクンハイマーだったか。

…何故生かしておいた?始末しておくのが常道だろう。」


「ルシアンはお返しだと言っていたよ。」


「なるほどな。撹乱はスタンキナの得意技だからな。」


ルシアンにより見逃された、ウィルニア教団を作り、皇国圏内に混乱をもたらそうとした男。

雷帝国皇帝の側近の一人であり、策謀をリオンに見つけられて全てを失った。


「失う物の無い復讐の鬼が、何処までやるのか見学中らしいよ。ある程度予測は立ってるみたいだけどね。」


「アルト家が敵じゃなくて良かったよ。」


はは、とリオンは笑う。


「末永くよろしくね?ゼファス。」


「そうだな。」


「あぁ、皇都に入りますよ、聖下。」


リオンに言われて窓の外を見ると、皇城と、皇都を取り囲む巨大な外壁が目に入った。




皇国に入った私たちは、ここからはそれぞれ別に動く。

私はマグダレナ教会のカテドラルに戻った。


カテドラルに足を踏み入れた瞬間、司祭達が一斉にその場に膝をついた。


私はにっこりと微笑んだ。


「皆、私の留守をよく守って下さいましたね。」


私の従者を兼務している司祭のミルヒが前まで来て膝を付いた。


「勿体ないお言葉にございます、聖下。

カーライル王国からの長旅、お疲れではございませんか?

アドルガッサー城で何かあったと伺っておりますが。」


リオンめ、わざと余計な事を知らせたな?


「思わぬ事はありましたが、瑣末な事です。

そなたにも余計な心配をかけました。」


ミルヒに微笑みかけると、ミルヒは胸に手を当てて頭を下げる。


「安堵致しました。かの国はウィルニア教団を自ら取り込んでいるとの噂のある国でしたから、そのような国に聖下がお立ち寄りになると伺って、心配しておりました。

アルト家の方達がご一緒なのですから、そもそも心配など不要でございましたね。」


……初耳だ。

普段なら宿に泊まるリオンが、今回に限って王城に世話になろうと言うから、珍しいと思えば…私をダシにしたな。


今度、リオン秘蔵の酒を5本ぐらいもらおう。


まったく…実の息子まで使ってあんな…。


「聖下?いかがなさいましたか?」


「いいえ、何でもありませんよ。それで、何か報告はありますか?」


「お部屋に各国からの贈り物が届いておりますが、ご見聞なされますか?」


首を横に振る。


教会での私は、リオンに言わせると天使のようらしい。

見た目が年齢不詳な上に、我ながらよくもまぁと思う程の皇族スマイルを浮かべ、慈悲深い言葉を口にするから、その感想は間違っていない。


「手間を取らせてしまいますが、ミルヒ、確認は任せます。

その上で、過分なものはお返しするように。今現在も多くの寄付をいただいておりますから。

目録だけ提出をお願いします。

それから、然程高価でもないもので、そなた達の望むものがあれば持っていくことを許します。不在が多い私の代わりにここで勤める貴方達に、それぐらいの喜びがあっても、神はお赦し下さるでしょう。」


ザッ、と全員が再び頭を垂れた。


「一刻後、午後の祈りを開始します。」


赤いカーペットの先を見上げた。

大きく手を広げる、女神マグダレナを模した彫像が、私を見下ろしていた。

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