079.甘えの極意とセラ軍曹

自白剤、というものがこの世にはあるらしい。

貴族って本当えげつないよね…。

セラにもらったキャラメルは、自白剤に似た効果を持ったものだったようだ。


ロイエが作ったらしい。

拷問の時とかに使うのがメインらしいのだけど、余ったのをちょっとキャラメルに入れてみたと。

へぇ…拷問時に使われるようなの、食べちゃったのか、私…ハハ。

さすがにこれは、ルシアンがセラとロイエを怒った。


セラに力を使われたと思っていたのは気の所為で、その、自白剤に似たもの、は糖分と一緒に摂取すると効き目が早いらしく、それで目眩がしたと。

糖分と摂取しなければ緩やかに効果が出る為、目眩はしないのだそうだ。


「正確に説明をさせていただきますと、脳内に安心感を与えて、目の前の相手に対して心を開きやすくする、というものです。

ミチル様の場合はそこにセラによる幻覚を見ているという更なる安心感もあった、という事ですね。

一般的な自白剤ですと、耐性のある者もおりますし、使用後の関係性が拷問以外は余計な問題に繋がる可能性が高い為、アルト一門では使用しておりません。」


ロイエがドヤ顔で説明する。


詳細な説明、ドウモアリガトウゴザイマス…。


私は、本人相手に、好き過ぎてどうしようとのたまった挙句、食べたいだの食べられたいだの言った結果、いただかれた訳ですよ…ハハッ。ハハハッ。


死にたい…。

本気で死にたい…。

耐え難い…。


「お二人の顔からして、天国と地獄を味わったみたいね。」


うふふ、と笑うセラ。

いや、真剣に笑いごとじゃないよ…?


「ごめんねぇ?ミチルちゃん。さすがに途中で気が付くと思ったのよ?」


いえ、最後の最後まで幻覚だって信じてました…。


髪やら何やら触りまくり、あのキレイな顔をガン見し、顔を二度も抱き締め、遠巻きに見てきゃーきゃー言いたいとまで言い放ったと…。


とろけるような目でルシアンは私を見つめる。

ひぃ…。

膝に座らされてるので当然逃げられず…。


「ミチルに微量とは言え薬を使った事は許しがたいですが…ミチルの熱烈な愛の独白は、今思い出しても胸にくるものがあります。

あんな風に想っていて下さったなんて…それも、かなり早い段階から。」


やめてーーーーーーーーーーっっ!!


恥ずかしくて思わず耳を手で塞ぐと、ルシアンが簡単に私の手を耳から剥がして言った。


「ミチル、私はいつでも受け入れる準備は出来てますからね?」


何の準備?!


「食べて下さるんでしょう?」


ぐはっ!!


そっ、それは、肉食女子であればの話でですね?!私は純然たる草食女子でありまして、食べるとか、無理です!無理ですから!!


冷や汗をだらだら流してる私に、セラはにやにやと笑いながら言った。


「熱烈ねぇ…。」


もう駄目だ死のう…。


「そこまで暴露しちゃったんなら、開き直っちゃえばいいんじゃないの?」


とんでもないことを言うセラに、ぎょっとした。

ユー、それは私に肉食女子になれと?

ルシアンを襲えと言うこと…?


「ひ、開き直る…。」


そうよ、とセラが頷く。


「…ら、来世で…。」


「来世?!随分気が長い話ね?!」


あぁ、駄目だ。

ルシアンの言う通りなら、私、来世もこのイケメンと出会うらしい…。逃げられない…。




出来た!!

ルシアンのマフラー!!


ちょっと途中、心の乱れが反映されてるような気もするけど、そこはご愛敬です。


今すぐ渡しに行きたいけど、でも新年のお祝いの時にあげたほうがいいよね?


ラッピングとかしたほうがいいかな?

明日帰りに見に行ってみようかな。


喜んでくれるかな?

多分、喜んでくれると思うんだけど。編んでる時から喜んでくれてたから。


新年になれば、否が応でも事態は動く。


皇子の魔力の器の有無が測定され、バフェット公爵が動く。議会も連動して動いて、女帝を帝位から引き摺り下ろそうとするんだろうな。


女帝もただではやられないだろうけど、その為にウィルニア教団が動く。

キモ男は捕まってしまったけど、どうなるんだろう?

今のウィルニア教団は、ゼファス様率いるマグダレナ教会の活動で、これまでのような拡大は出来なくなっていると聞いた。


皇女は聖女としてウィルニア教団と命運を共にすることになるだろうし。

下手をしたら女帝は皇女を切り捨てて皇子だけを選ぼうとするのかも知れない。


ここまで来ると、私に出来ることはない。いや、元々何もない。

お義父様やルシアンは、多分断罪の場に立ち会うんだよね、きっと。


前にお義父様が私に、宰相が向いてるって言ったけど、無理だと思う。

一時期、悪役令嬢宜しく、皇女のこと貶めちゃうぞ!とか思ったけど、考えれば考えるほど、私の思い付きは非現実的なだけだったし。

真っ白いお腹ではないけど、黒くもなれない頭脳もない、中途半端なお腹ですよ。


変なことしてみんなの邪魔してもいけないから、大人しくしておこう、うん。




「結局、モニカは殿下へのプレゼントは何になさったのですか?」


マフラーが完成した報告をしつつ、モニカに尋ねる。


ちょっとした女子会、と言うことで、研究室の奥の部屋に二人でひきこもりです。

隣の部屋にはセラやルシアンもいます。


「それが、まだどうしたものか、迷っておりますの。」


だからマフラーにしておけば良かったのに、とは思わないけど、モニカって、王子のことどれぐらい知ってるんだろう?


「モニカ、殿下のことをお慕いしてるとおっしゃる割には淡白ですよね。」


そうですわね、とモニカは答える。

そうかと思えば、剣術大会の時のモニカは、王子のことを心から慕ってるように見えたし、なんだかそのギャップがよく分からないのだ。

ツンデレ?


「ミチルに、私の父と母の事を話したこと、ございました?」


首を横に振る。


「幼い頃の私にとって、両親は理想の夫婦だったのです。

父は母以外を迎え入れようとはしませんでしたし。」


理想の夫婦だった、という過去形の表現が気になります、モニカ先生。

突然のカミングアウトとか、心の準備出来てなくて戸惑っているんですけども。


「ある時、愛し合ってると思っていた両親が、実はそうでもないことに気付いてしまって。

分かっておりますのよ、貴族同士の結婚なのですから、契約なのだと言う事は。

…でも、私、諦められなかったのです。

お父様のことが大好きだった私は、お父様が喜んで下さるのではと思って、王太子妃を目指しておりましたの。侯爵令嬢として美しく、王太子妃に相応しい淑女に。ですが、殿下は私を遠ざけました。」


そんな時ですわ、ミチルと会ったのは、と言ってモニカは微笑んだ。


「ジェラルド様も、殿下も、ミチルを好ましく思っていて、最初は腹立たしかったのですけれど、ミチルと接する内に、私はミチルが好きになっておりました。

殿下やジェラルド様がミチルを好ましく想うのも無理からぬ事だと、私自身が納得しておりましたから。

…好きになってもらいたいと、一方通行の想いを押し付ける私を、殿下が疎ましく想うのは当然の事ですわ。」


淡々と語られる話の中に、自分が含まれることが居た堪れない。私はこの後どう絡んで来るのでしょうか…。

何て答えていいのか分からず、とりあえずお茶を飲む。


「努力をしても手に入らない。ある時我慢の限界に達して、膨らみに膨らんでいた私の心は弾けてしまって。

侯爵令嬢として正しい振る舞いですとか、殿下に気に入っていただけるようにとか、そう言った事が全く出来なくなってしまったのです。ですから元々、向いてなかったのでしょうね。」


そう言って笑うモニカの顔はちょっと悲しそうだった。


「それからは開き直って、お父様が適当に見つけて来た方に婿入りしていただいて結婚すればいいと思い始めましたの。」


アレッ?!

なんかちょっとおかしか方向に話が行ってますけど、大丈夫ですかね?!


動揺する私とは対照的に落ち着き払ったモニカ。


「高校入学と同時にルシアン様が戻られて、これでもかと言う程にミチルに求愛する姿を見ていたら、私の理想はまだ潰えてなかったのだと思いましたの。」


え。

あの。

モニカさん?


「愛し愛される夫婦が、たとえ貴族社会でもあるのだと、信じたかった私に、ミチルとルシアン様が希望を下さったのですわ。」


「そう言うのは、自分で実現した方がいいのでは…。」


「それは分かっておりますけれど、どうやったら愛していただけるのか、分からないんですもの。

自分以外の人のことなら、あれこれ言えますのに。

己の事となると、上手くいかないものですわ。」


それは、何か分かる。

当事者になると、思うようにならないものだよね。


「自然体になったモニカを、殿下が見つめるようになったのを、私は存じ上げておりますわ。」


知らなかったらしく、ほんのりとモニカと頰が染まる。


「素直に甘えてみたらいかがですか?きっと殿下はお喜びになりますわ。

…あ、でも、程々に…。」


蘇る己の黒歴史。


「可愛く甘えるなんて、無理ですわ。」


人にこんなこと言っといてなんだけど、私も甘えるのとか苦手なんだよね…。


思わずため息がこぼれる。モニカも同じようにため息をこぼす。


「たとえば、どういうのが、可愛い甘えなのかしら?」


確かに。

まずそれが分からないことには、甘えようもない。


この前おねだりも失敗した身としては、厳しいものがあります。

ルシアンが優しいから買ってはもらったけど…。


うーん…やはりここは、上級者にご指南いただいた方がいいのではないだろうか。


私は立ち上がり、カギを外し、隣の部屋にいるセラを呼ぶ。

セラが部屋に入ったのを確認し、再びカギをかけた。


「どうしたの?なんか怪しいわねぇ、二人して。」


まぁまぁ、セラ先生もそちらにお座り下さいませ。


セラの正面にモニカと二人で並んで座る。


「セラ、私達に可愛く甘える手法を伝授していただけませんか?」


「?!」


「お願いします、セラフィナ様。」


セラは目を閉じ、眉間にしわを寄せながら盛大にため息を吐いた。


「貴女達ねぇ…何の為にそんなこと覚えたいのよ?

って言うか、そもそもワタシ、男なんだけど?!」


「モニカが殿下に愛される為。」


かぁっ、とモニカの顔が赤くなる。

その様子に、ふむふむ、とセラは頷いた。


「確かに、モニカちゃんも拗らせてるものね。」


突如"ちゃん"呼びですよ。

拗らせてるは同意する。

そして、モニカちゃんも、の"も"は誰にかかってるんですかね?


「そうねぇ。

まず確認したいのだけれど、モニカちゃんは殿下の事を好きなの?」


「お慕いしておりますわ。ただ、何処かで冷静な自分がいて、いつも反省します。」


あ、それ分かる!

なんか恥ずかしくて、自分を冷静に観察しちゃったりして、素直になれないの。

なったらなったで、加減が分からなくて失敗する…。


それからざっくりと、モニカの過去の事なんかを、モニカの了承を得てから話した所、セラはふむふむ、と頷いた。


「幼少期のトラウマと、努力が報われない事に挫折していた所、ミチルちゃんとルシアン様の溺愛模様を見て夢が再燃。更にかつての憧れの殿下と婚約に至ったものの、どうすればいいのか分からない。

…で、認識合ってるかしら?」


そうそう、その通りですよ、セラ先生!

凄い!私のぐだぐだな説明を簡潔にまとめましたね?!


「それで、何故、殿下に愛される話から甘える話になったのかしら?」


「私の予測では、モニカは愛する事に臆病になってるのだと思うのです!だから最初はフリでも、甘えている内に自然に愛せるようになるのではないかと考えました。」


何故か二人が、おまえが言うな、みたいな顔して私を見る。

えっ?何で?!

私は別に臆病じゃないよ?!


セラはもう一度ため息を吐く。

ため息すら美しいわ、この美人。


「じゃあ、ワタシから二人に課題を出すわ。

冬休みの間に、この3つを実行に移すこと。」


課題?!


1.顔を会わす機会があったら、会えて嬉しいと口にすること。その言い回しは各自に任せる。

2.3回に1回は好意を伝えること。

3.新年のお祝いで口付けをすること。口付けする場所は問わない。


待て待て待て待て!


1と2の間のハードルの上がり方が尋常じゃないだろう!

そして3!何処でも良いとか言ってるけど、そもそもが破廉恥!!


「セラ、難易度が高すぎます!」


「愛されたいとか言いながらこの程度で日和ってるんじゃないわよ。大体二人とも、かたや結婚してて、かたや婚約者でしょう!

甘える仕草だけ覚えたって駄目なのよ。」


鬼?!鬼軍曹なの?!


「あ、あの…モニカだけがやれば…。」


そもそも私は困った状況にはなってないし…あの…。


「へぇ、自分だけ逃げようって言うのね?」


「ミチル?」


セラとモニカの笑顔が怖いです!!


「や、やらせていただきます!」

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