愛の形は色々あると言うけれど<モニカ視点>

熱烈な愛と言うものに、私も人並みに憧れはあります。

実際、身に余る程の愛情を、殿下から頂いているという実感があります。


最初は追う側だった私を、いつから殿下が追うようになられたのか、私はまったく記憶がありません。


あの頃は、ルシアン様からの恐ろしい程の愛情を受けて戸惑うミチル、の姿を見るのが生き甲斐でしたし。

いえ、正しくありませんわね。今でも生き甲斐です。


あの何もかも達観して動じないミチルが、ルシアン様のなさる事にだけは動揺して、顔を真っ赤にしたり、動揺し過ぎていらぬ事を口走ったり…可愛くて仕方ありません。

ルシアン様は私と同じこの感情の上に歪んだ愛をたっぷりとお持ちなのだと思います。


何にも関心を持たないルシアン様、唯一の存在のミチル。

ステキですわ。


そんな二人の横でひたすら、傍観者として楽しんでいた時に、ミチル様に好意を抱いていたジェラルド様が婚約を決めたのです。

ジェラルド様はルシアン様とミチルの関係性を間近で見ていても、ミチルを諦められないでいました。

ミチルは何も気付いてないと思いますけれど、ついジェラルド様がミチルを目で追ってしまうたびに、ルシアン様がミチルにそれを気付かせないようにしたり、見せ付けるように甘やかしたりという、傍観者には堪らない状況が繰り広げられておりました。


それ程までにミチルを想っていたのに。

どういうことなのだろうと思っていた所、機会があってジェラルド様の婚約者のロザリー様にお会いするチャンスがあり、あまりの衝撃に頭を鈍器で殴られたような気持ちになりました。


--ミチルに似てる。


顔が、というのではありません。何が、と明確に形容し難いのですけれど、漠然と感じました。

そうだとするなら、ジェラルド様はミチルをまだ追っているということ…?


研究室でミチルとルシアン様の3人になった時に、ミチルがお茶を淹れに席を外した時でした。


ルシアン様が、ミチルには聞こえない大きさの声で言ったのです。

視線は、お茶を淹れるミチルを見つめながら。


「ロザリー嬢は、ミチルに似ていたでしょう?」


ぎくり、と身体が反応してしまいました。


何故それをご存知なの…?


恐る恐るルシアン様を見ると、何もかも見透かすような金色の瞳で、私を見返すルシアン様に、信じられない考えが頭に浮かんできました。


「まさか、ロザリー様をご紹介したのは、ルシアン様なのですか?」


ルシアン様はふふ、と笑うのです。

あぁ、やっぱりそうなのね?


「…そろそろ、いいのではないかと思ったので。」


ご自身とミチルの間にある邪魔なものは全て、排除なさるのね。

さすがですわ。

しかもそれをミチルに感じさせないならば、更に良し。


「ミチルに会わせない方がいいのかしら?」


お会いしたら、自分に似てる事に気付いて気まずい思いをミチルがしないかが心配です。


「大丈夫でしょう。

ジェラルドが好ましく思うミチルのそれは、知る者が少ないですし、ミチル自身が気付いたとしても、こういったタイプの女性がジェラルドの好みなのだとでも思うでしょう。」


確かに、ミチルならそう思いそう。

まさか、自分を溺愛する夫が、自分に似た令嬢を探し出して友人にあてがうなんて、思いもよらないだろうし。


「ジェラルド様とロザリー様には申し訳ありませんけれど、ミチルが傷付かなければ、それで構いませんわ。」


ロザリー様が自分とミチルの似た部分に気が付いてしまったとして、それでロザリー様が苦しんだとしても。


「モニカ様の、ミチルを第一に考えて下さる所、とても、好きですよ。」


あら、お褒めいただいたわ。


「光栄ですわ、ルシアン様。

私も、ミチルとの為に手段を選ばないルシアン様のなさりよう、好意的に思っておりますの。」


ルシアン様は悪戯めいた笑みを私に一瞬向けてきました。その視線から出る色気に、さすがに軽くくらっとしてしまいました。


「ジェラルド様は片付きましたけれど、殿下はどうなさるのですか?」


王太子妃、ひいては未来の王妃になる方を、またしてもミチルに似た人を、という訳にもいかないでしょうし。


ふふ、とルシアン様が笑ったのでびっくりして、じっと見てしまいました。

イケメン(ミチルから教えてもらいました)の笑う顔って、なかなかの破壊力ですわ。しかも普段は滅多に見れないですし、ミチル以外。


いつもこの桁違いのイケメンと一緒にいて、ミチルはよく平気でいられますわね。尊敬しますわ。


「貴女もミチルと同じで、日頃察しが良いのに、こういったことには鈍感なのですね?」


「何の事をおっしゃってるの?」


「ミチルがモニカ様の事を可愛いと言っていたのがよく分かりました、という話ですよ。」


質問をしようとした所、お茶を運ぼうとするミチルをルシアン様は助けに行ってしまった。

どう考えても、今のは逃げられたのだと思いますわ。




研究室に全員集まった際に、ジェラルドがうっとりした顔で婚約者の惚気を始めた。

私はそっとミチルの顔色を伺ったけれど、ミチルは何も気にしていないというか、気付いていないようだった。


うんざりした顔でジェラルド様を見ていた殿下は、疲れた顔でため息を吐くと、自分も婚約しようかな、と呟かれたものだから、思わず食い付いてしまいました。


これで、殿下のことが片付けば、ルシアン様とミチルの蜜月が更に加速しますわね!


殿下はうっそりと微笑まれます。

あら、こんな腹黒い笑顔も出来るんですのね。


「うん、いるよ。

ねぇ、モニカ。私は心配なんだ、その令嬢が私からの婚約を受け入れてくれるのかが。」


ルシアン様がご用意した令嬢なのかしら?それとも、ご自身で見つけられた方?

どちらでも構いませんけれど。


「殿下からの婚約をお断りするような令嬢なんておりませんわ、ご安心なさって下さいませ!」


誰でもいいですわ。

王太子妃に相応しい適性をお持ちであれば。

国を傾けるような人物でなければいいのです、要するに。


そっか、と言って殿下にっこり微笑まれると、私の両手を包むように握って信じられないことをおっしゃいました。


「では、私との婚約、受け入れてくれるね?モニカ。」


…は?




*****




どうやら私、腹黒い方が好きみたいです。

そう言えばお父様もそうでした。

貴族は大抵腹黒いですけれども。


ジェラルド様の天真爛漫さは、嫌いではありませんけれど、不安を覚えます。

その点ルシアン様の腹黒さはミチルに関して全力で行使されていて、見ていてうっとりします。

最初はどうしたものかと思っていた殿下との婚約ですが、思った以上の殿下の腹黒さに、きゅんとしてしまいます。


美しい見た目と、腹黒さ…ステキですわ。


本日は王妃教育を受けに王城に来ております。

王妃教育後には、殿下とお茶をするまでがセットですわ。


本来であれば日頃側にいられない距離をお茶を一緒にして近付ける、という事なのでしょうけれど、私と殿下は学園でもご一緒させていただいているので、今更詰める距離もないのですけれど。


「私、殿下のその腹黒い所、好ましく思っておりますわ。」


殿下は突然の私の発言に面食らってらっしゃいます。

当然ですわね。驚かせるつもりで申し上げましたし。

だって、先日のやりとり、なかなかの黒さで、大変好ましいですわ。


「モニカ、強引に婚約した事、怒っているの?」


いいえ、と私は首を振って、美しく腹黒い人が理想です!と率直な意見を申し上げました。

私の言葉に殿下は苦笑なさいます。

まぁ、普通に考えて腹黒は褒め言葉ではございませんし。


「それは、ありがとうと言うべきなのかな?

ただ、腹黒さではルシアンには劣ると思うけれど。見た目もね。」


「ルシアン様はミチルに夢中だから良いのです。ミチル以外を追うルシアン様なんて、駄目ですわ、許せません。」


まじまじと私の顔を見つめる殿下。


「以前から思っていたんだけれど、君にとって、ミチル嬢は、どんな存在なの?」


私にとってのミチル?


「絶対的に信じられる人です。」


この貴族社会において、お父様はずっと、他人を信用してはならないと言い続けてらして、それは妻ですら、信用してはならないのだと。

利害関係で結ばれた夫婦であれば尚の事、信用するなど、とんでもないのだと。


日頃仲の良い夫婦に見えるのに、お父様のその言葉に、子供心に衝撃を受けたのです。

でもそれからすぐに、その言葉が嘘偽りではないことを思い知らされて。


お母様のご生家でのトラブルにお父様が巻き込まれたのを見た時に、お母様はお父様を案じたりはなさらなかった。

申し訳ないともおっしゃらなかった。

お互いの家に何かあった時に、助け合う為の契約。その為の婚姻。

ですから、お父様がお母様の生家を助けるのは、当然の事とお母様は考えてらっしゃるのでしょう。

愛し愛される関係は、物語の中にしかないのだと知りました。


貴族とは、そう言うものなのだと信じて育った私は、ミチルの存在に衝撃を受けたのです。


利害を無視して、己の心の正しいと思うことを貫く。

誰にも媚びず、遜らず。けれど誰にでも公平に優しく。

己を笑われても、腐る事なく。


「絶対的に信じられる人…うん、それは分かる。」


頷く殿下。


身分、見栄、嘘。虚飾ばかりの世界に慣れてはいるけれど、居心地が良い訳ではないのです。


ミチルの側にいると、ここにいていいのだと思える。

決してミチルは綺麗な事ばかりを言う訳でも、母のように包んでくれる訳でもないのですけれど。

むしろ、そんな綺麗事ばかりを言う方なんて、逆に信用出来ません。

なんと言うのでしょうか…心を寄せてくれる、と言うのが一番近い感覚かも知れません。

私自身を、ちゃんと見てくれる。


「私はずっと、侯爵令嬢として生きて来ました。

皆、私をフレアージュ家の娘として見ます。それはそうなのですけれど、私は、私を見てくれたミチルに、衝撃を受けたのです。

私の弱い所も、強い所も、全部可愛いと言って下さって。」


「口説かれてるみたいに聞こえるんだけれど…。」


私は思わずうふふ、と笑ってしまった。


「でしょう?私を初めて口説いて下さって、自分が男性だったら求婚していた、とおっしゃって下さったのは、ミチルですのよ。」


殿下は苦笑した。


「ミチル嬢が相手では敵わないなぁ。」


そう言いながら、殿下は私の手を取り、甲に口付けを落としました。

まぁ…意外に攻めてきますわね、殿下。


「私がモニカに求婚した後、ミチル嬢、何て言ったか知っている?」


えっ?!初耳ですわ!

何かしら?


「モニカを幸せにしなかったら、絶対に許しません。」


「!!」


「私は勿論、絶対に幸せにすると誓ったのだけれどね。

あの時のミチル嬢は、迫力があったなぁ。」


くすくす笑う殿下。


迫力のあるミチル、ちょっと想像出来ないですわ。


胸が熱くなります。

ミチルが、私の幸せを願ってくれている事が伝わってきます。


「それ程大切にしているミチルがルシアンに溺愛されるのは、いいの?」


「ミチルを幸せにして下さるのは、ルシアン様だと思ったのですわ。美しいだけでも、頭が良いだけでも、剣術に優れているだけでも駄目なのです。

それだけではミチルに相応しくありません。

ミチルを守る為に、己の手が汚れるのも厭わないくらいの強さを持った人がいいのです。」


今の所、ルシアン様が最強だと思っております。

それに愛しすぎて歪んでるのも、お気に入りですわ。

何より、ミチルはルシアン様を特別に思ってますもの。

ここが一番大事です。


「…私は、私の理想を、ミチルとルシアン様に見出そうとしているのですわ。

真に、愛し愛される二人。」


打算ではない、心からの関係。

両親に夢見て、一度破れた夢。


一生懸命にルシアン様のお気持ちに応えようとするミチルが、本当に可愛らしくて、そして羨ましい。

私には出来ません。モニカ・フレアージュとしての矜持が邪魔します。私はミチルのようにはなれない。

私は、疎ましく思う貴族である事を止められない。何処までいっても、私は貴族なのです。


「ルシアンとミチル嬢のようにはいかないけれど、私はモニカを愛しく思っているよ。」


真っ直ぐに殿下は私を見つめておっしゃいます。


「この胸に、住んで欲しいと思う程に。」


殿下の言葉に、胸が高鳴ります。


近付く殿下の瞳に、私がはっきりと映るのが見えて、私は目を閉じました。

唇に柔らかい感触がして、口付けされたのだと分かる。


目を開けると、殿下の顔はまだ目の前にあって、「まだ、早い。目を閉じて」と、甘い声でおっしゃるのです。


さすがにこれには私も、恥ずかしくなってしまいました。


触れては離れる、優しい口付けでした。




*****




永遠にミチルを己の物とするべく、欺いてミチルの魔石を入手したルシアン様。

さすがと言うべきですわね。

きっと嘘は吐かず、ちょっとの不利益も混ぜつつ、利益の方が気持ち多く思えるように話してミチルを誘導したのだと思いますわ。


ミチルはそんなルシアン様の事を、病んでる、と表現なさってましたけど。

何をおっしゃってるの、ミチル。

恋は病ですわ。治せない病ですのよ。


問題はミチルの気持ちですけれど、嫌がってらっしゃらなかったから、まぁ、良いのかしら。

いいの?とは若干思いましたけれど、ミチルは己に関する事に対して、妙に諦めと言うのか、思い切りが良いと言うのか。


そうかと思えば信じられない事をミチルは言いました。

明後日の方向と言うのか、斜め上の自己解釈に戸惑いを隠せません。


ルシアンは永遠に出会い続けるとは言いましたけれど、永遠に結ばれるとは言ってませんから。


この期に及んで、あのルシアン様を以ってして、ミチルの心はルシアン様の物になりきっていない事に衝撃を受けました。


そしてそんな事は絶対にルシアン様に言ってはいけませんよ?と私が言うと、ミチルは苦笑しました。


「ルシアンは、私に愛されたいと言いながら、愛される訳がないと思っている節があって。

ですから、ルシアンはきっと、私の身体を手中に出来ていれば満足するような気がします。私がもしどなたかを想った場合は、容赦なく監禁されると思いますけれど。」


あぁ、もう、ミチル、分かってらっしゃらないのね?

ルシアン様はこの上なくミチルの事を愛してらっしゃるし、ご自身を愛して欲しいとあれだけアピールされてらっしゃるではありませんか?!

ルシアン様がそれを口にしないとしても、それはきっと、わざとですわ。

言えばミチルはルシアン様を愛そうと努力する。それは、ルシアン様が欲しい愛ではない。

心の奥底から、ご自身を愛して欲しいと思うからこそ、そうおっしゃるのでしょうに。

でもそれを私の口から言う事は憚られますので、我慢しますけれど。


「ミチルは、ルシアン様の事を、愛してらっしゃるのでしょう?」


私の質問に、頰を赤らめて回答するかと思いきや、眉間に皺を寄せてうーん、と唸るミチル。

困ってる?!

予想外の反応ですわ!?


「私、まだその辺の情緒が育っていないみたいで、相変わらずよく分からないのですけれど…。」


己の情緒不足を理解してらっしゃる事には安心しました。

これならまだ、可能性が…。


「ルシアンのいない世界は想像出来ないのです。」


「!!」


それは!是非、ルシアン様におっしゃって、悶絶させてあげて欲しいですわ!!


恋愛に慣れてらっしゃらないからこその、不器用さと、誠実さがあればこその発言ですわ。


薄っぺらい愛の言葉よりも、威力があります。


貴方のいない世界は考えられない、だなんて!!


これが愛でないなら、何だと言うのでしょうか?!


「うふふふふふふふ。」


「モニカ、怖いですよ…?」


「うふふ、よろしくてよ。」


「何がですの?!」


情緒未発達、良いではありませんか。

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