072.剣術大会予選

数日ぶりに登校する。

教室に入るなり、モニカが声をかけてくれた。


「ミチル、お加減はいかがですの?」


「ご心配おかけして申し訳ありませんわ。すっかり良くなりました。」


そう言えば、この前の誘拐について、何処まで知られてるんだろう?

さすがに爆発までさせてたからね、何も知らせて無い、というのはありえないんじゃないかな、と。


「ミチル嬢も次から次へと災難だな。」


ジェラルドの言葉に、あ、やっぱり知ってるんだな、ということが分かった。

まぁ、王都の治安を任されている騎士団長の息子が、知らない訳はないね。


「そうですわね…。」


「ルシアン。」


ジェラルドがルシアンに声をかける。


「後でちょっと詳しく聞かせてくれ。」


ルシアンは頷いた。




ランチ後、いつもならいつの間にか消えているフィオニア様は、研究室について来た。

もう隠す必要はないってことだろうか?


「兄上、私はルシアン様と同じコーヒーでお願いします。」


「兄に淹れさせようなんて100年早いわよ。自分で淹れなさい。私はミチルちゃんに淹れるから。」


「冷たいですね。」


「主人と同じ物を口にしようと思うなら自分でやりなさいよ。」


セラの言葉にフィオニア様は肩を竦めた。


なんだかんだ、この兄弟も仲良いよね。


セラとフィオニア様が並んでお茶の準備をしているのを見ながら、ジェラルドがぽつりと呟いた。


「やっぱり、セラフィナ様だったんだな。」


「ジェラルド様はご存知だったのですね。私、全然知らなくて…。」


もうちょっと他の貴族について知っておいた方がいいな、これは。

そう言えば前にも覚えようとしてセラに止められて…。セラ、あえて自分のこと隠したな、あれ…。


「あのお美しい顔がこの世に二つとある方が驚きですわよ、ミチル。」


モニカの言葉に思わず頷いた。

確かにね、あんな破格の美人はそうそういないよね。世の中の女子が悲鳴あげるよ。

恋人や結婚相手として美形がいいけど、女子よりキレイな男子は困るという、複雑な乙女心。


今日は王子は公務とやらでいない。

成人が近付いてるから、色々とすべきことが増えているのだろう。ルシアンもそうだし。


「今回の教団の凶行は、アルト公から報告を受けている。

ミチル嬢の誘拐に加担したアルマニャック伯爵家の令息については、アルト家預かりが正式に決まった。

皇都に報告は敢えてせず、表向き教団の単独犯行扱いとすることになった。」


アルト家預かりと言う時点で、あまり良い予感がしない。

ラトリア様がお義父様が本気で怒ってたって言ってたし、何か起きそう…。

今回のことはルシアンも怒ってるだろうし。


「学園では警備の兵士を増やすようですわ。」


それはそうなんだろうけど…また迷惑をかけてしまった…。

キャロルの時もそうだったけど、迷惑かけないようにしてるつもりなんだけど、上手くいかないなぁ…。

なんだろう、スキだらけなのかな、私。


「ミチルちゃん、眉間に皺が寄ってるわよ。乙女の眉間に皺は厳禁よ。」


無意識に寄っていた眉間の皺を、セラがつつく。

眉間を撫でて皺を伸ばす。


「はい、シナモンスティック。これでかき混ぜてね。」


「ありがとう、セラ。」


手渡されたシナモンスティックでミルクティーをかき混ぜると、ふわりとシナモンの良い香りがして、ちょっと気持ちが落ち着いて来た。


「執事と言うより、母?」とツッコミを入れるフィオニア様に、セラは「姉がいいわ」と答えた。


いいんだ、姉で。

いや、この前私のお姉さんでいて、って口走っちゃったのは私だけどさ。


セラに恋人が出来たら、ヤキモチ焼きそうだなぁ、私。

でもセラ程の美人が生涯独り身というのも、世の中への冒涜のような気もするし…。

うーん…。


「いよいよ剣術大会ですわね。」


モニカがわくわくした顔で話題を変えた。

ユー、王子が優勝したらキスするって約束してる割にはウキウキし過ぎなんじゃないの。

むしろキスしたいとか?さすがモニカと言うべきか。


あ、そう言えば。

誘拐されたりで忘れてたけど、そうだった!

…そうだった、ご褒美が怖い…。


セラから、ルシアンがめっちゃ強いって話を聞いてしまって、これは優勝あるんじゃないかと。

そう聞くと、当たり前でしょ、ジェラルド様なんか目じゃないわよ、ワタシでも勝てるわ、とセラに鼻で笑われたのだった。

騎士団長の息子、ボコボコに言われ過ぎだよ…。


セラの言葉通りなら、ルシアンの優勝は確実で、私はルシアンの考えたご褒美を…あばばばばば。


…いや、でもなんだかんだと、ルシアンは私に手を出しませんからね、そう言った心配はないかも!

手は出さないご褒美って何だ?!逆に不安になる。


隣で静かにコーヒーを飲んでるルシアンをチラ見する。

にっこり微笑むルシアン。

…ハハ。これは…勝つ気…ですよね…?


「ミチルはルシアン様へのご褒美は決まりましたの?」


止めてモニカ!

って言うかアレでしょ、それが聞きたくて話題に出したでしょ!そうでしょ?!


「ご褒美ってなんだ?」


話についていけないジェラルドが尋ねると、モニカが楽しそうに答えた。


「もし殿下が優勝したら、私は殿下にご褒美を、ルシアン様が優勝したら、ミチルがルシアン様にご褒美を差し上げる約束なのです。」


約束してないから!


「約束はしておりませんわ!」


勝手にモニカとルシアンが決めただけで!!

私は一度も了承してませんっ!


「もう決まっております。」


そう言って艶っぽく微笑むルシアンに、モニカはまぁ、と頰を赤らめ、ジェラルドは痛むらしい頭に手を当て、私もくらくらした。


「楽しそうですね。

私も優勝したら兄上からご褒美をいただこうかな。」


フィオニア様がくすくす笑いながら言った。


「なんでワタシなのよ。」


嫌そうな顔をするセラに、にこにこと楽しそうなフィオニア様。

…フィオニア様って、ドSだよね、間違いなく。


「私はまだ恋人も婚約者もおりませんから、ご褒美を下さる方がおりませんし、兄上にしておこうかなと。」


「八つ裂きにするわよ?」


「そんな、愛する弟へのご褒美じゃありませんか?」


この兄弟…仲良いんだよね?




*****




剣術大会は3年生が全員出場するのもあって、1日で終わらない。

今日は予選が行われる。


出場する生徒は好きな服装で出て良いことになっている。


ルシアンとフィオニア様はグルジアの民族衣装のチョハのような格好で、めっちゃカッコいいんだけど、丈が長いから動きにくいのではないかな、とそれだけが心配。


ご褒美は困るけど、やっぱり頑張って欲しいし…。


チョハを着たルシアンとフィオニア様はストイックな感じで格好良い。

ルシアンのチョハは黒、フィオニア様のはピーコックブルーで、水色の髪に合ってる。

王子とジェラルドは騎士の練習服を着てて、これはこれで西洋の騎士感が出てて格好良い。

あの4人が並ぶと凄いな。あそこだけ空気が違う。


4人を見て令嬢達が顔を真っ赤にしてきゃーきゃー言ってる。いいなぁ、私も混じってきゃーきゃーやりたい。

絶対楽しいよね、アレ。


私もあの中に混じって、きゃーっ、ルシアン様ー!とか言いたかった…。


「ステキですわ!」


私の横でモニカが頰を赤らめて興奮気味に言った。

うん、気にせずきゃーきゃー言ってる人が横にいた。

私もやっても許されるだろうか?


「あの方たち、四季の王子と学園で呼ばれてるんですのよ。」


どうせあれでしょ、呼ばれてるとか言って、モニカが名付けたんでしょ?

そう思ってるのが顔に出てしまっていたらしく、モニカがうふふ、と悪戯っぽく笑った。

やっぱり!そんなことだと思ってましたよ!


「ジーク様が春の王子で、ジェラルド様が夏の王子、フィオニア様が秋の王子に、ルシアン様が冬の王子ですわ。」


なるほど?

うちのルシアン様は冬なんだ?

私には優しいけど、みんなには塩対応だって、モニカが言ってたしなぁ。その所為?それとも髪の色?


予選開始を知らせる鐘が打ち鳴らされ、会場にその音が響き渡る。


壇上にいる校長がクラッカーを鳴らした。

クラッカー好きだな、この校長…。

思えばこの校長がクラッカー連発した音で、前世の記憶を取り戻したんだよね…。


「これより、最高学年による、剣術大会の開催を宣言する!6年間鍛錬した成果を遺憾なく発揮してくれたまえ!」


当たり前だけど、剣術大会で使用されるのは模擬刀。


1日で行われる試合は30試合。時間制限あり。

贅沢にも3日間かけて予選が行われ、勝ち残った40人が本戦に出場し、1日で20試合行われて、最終的に8人に絞られる。

5日目は時間制限なしで、決勝戦まで行うというもの。


いつもはそんなに盛り上がらないらしい剣術大会は、今年は王子や騎士団長の息子であるジェラルド、皇都の剣術大会で優勝したルシアンがいる為、かつてない集客人数らしい。

3年生の男子のみなさん、すみません…。


初日の今日はルシアンと王子が出場するので、モニカとジェラルド、フィオニア様の4人で観客席から観戦する。


王子が闘技場に入ると、わっと歓声が上がった。


隣の席のモニカは顔を赤らめて、気持ち前のめりに王子を見つめてる。恋する乙女の顔!

可愛い!モニカ可愛い!!


試合開始直前、王子はモニカを見て微笑み、直ぐに視線を相手に向けると、真剣な顔になった。

おぉ、イケメン!


「始め!」


王子は長剣を構える。相手も同じように構えた。

細い身体をした対戦相手は、多分剣術がそんなに得意ではないんだと思う。

もしかしたら、王族に傷付けたら大変、と思っていたのかも知れないけど、剣先がゆらゆらと揺れている。

しばらく睨み合ったかと思うと、王子が走り出し、相手の頭目掛けて剣を振り下ろした。

慌てて相手は剣を頭上に掲げるものの、衝撃を全て受けて、その場に膝をついてしまった。


「勝者、ジーク殿下!」


わぁっ、という歓声が上がり、王子はモニカを見て手を軽く上げると、闘技場を後にした。

おぉ、カッコいい…!


「モニカ、やりましたね!」


「えぇ!殿下、ステキでしたわ!」


目をキラキラさせて喜ぶモニカに、私も思わず笑顔になる。可愛いわぁ。


「ルシアン様は、次の次ですわね。」


配布されたプログラムを見てモニカが言う。


ルシアンが戦うところ始めて見る!楽しみ!

絶対カッコいいと思うの!


モニカ達と話していた所、フィオニア様が言った。


「ルシアン様ですよ。」


闘技場に入って来たルシアンは、黒のチョハが似合い過ぎててカッコ良すぎて私が死にそうです!


きゃーっという歓声が起こる。

おぉ、人気高い!

私も言いたい!

きゃーっ!ルシアン様ー!


ルシアンの対戦相手は、結構体格の良い生徒で、いかにも腕に自信あります、と言った感じで、表情にも余裕を感じる。ルシアンは見た目が細いから、勝てると思われているんだと思う。


「相手が馬鹿なことをしないといいんですが。」


「馬鹿なこと?」


フィオニア様に聞き返す。


「あの対戦相手、ルシアン様を嫌ってるらしく。痛い目にあわせるとか、近しい存在に言ってたらしいので。

妻の前で恥をかかせてやるとかなんとか。」


面白い冗談でしょう?と言うフィオニア様が怖い。

ジェラルドは愚かな、と言ってため息を吐いた。


「始め!」


試合開始直後、ルシアンの対戦相手は剣を構えると、おおおおお!と雄叫びを上げてルシアンに駆け寄った。

対するルシアンは片手に持った剣を両手で握ったぐらいで、構えない。


だ、大丈夫なの?!


不安で手に持っていたハンカチをぎゅっと握ってしまう。


対戦相手がルシアンの前で大きく剣を振り上げた瞬間、ルシアンは前に屈み、手に持っていた剣が腹部に当たり、相手はそのまま倒れた。


え…?


闘技場がシーン、とする。

ハッと我に返った審判の先生が相手選手の状態を確認し、立ち上がって言った。


「勝者、ルシアン!」


何だ今の、マグレか?という声がザワザワと広がるものの、ルシアンは気にせず闘技場を後にした。


「なんだアレ…。」


横で呆然としているジェラルド。


「一瞬でしたね」とニコニコしながらフィオニア様は言った。

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