071.素朴な疑問

私を誘拐させ、あんなことやこんなことをしようとしたキモ男は、ベンフラッドというらしい。

奴はアルト家所有の屋敷に監禁されてるとのこと。

そのままルシアンにヤられちゃうのだろうか…。


立場が上の人が消えたら、教団困るだろうなぁ。

猊下って呼ばれてたから、結構偉い人だと思うんだよね。

教団内のトップが教皇なのか、猊下なのかは分からないけども。

皇女とか女帝とか、どうするのかなー。

でも一人で切り盛りしてる訳ではないんだろうから、大丈夫か。


私は大事を取って数日休むことになった。

念の為、らしい。

当然ルシアンも屋敷におります。

本当は昨日するべきだった仕事が、私の誘拐で出来ていないので、今日はそちらに専念するとのこと。


今回のことで知ったんだけど、ロイエの一族は薬に詳しいらしい。医術的なものにもそれなりに詳しいとのこと。

アルト家の研究所で植物を調べたのはロイエ一族なんだって。


私の脈を図り終えたロイエに話を振ってみる。


「一番得意なのは毒物です。

拷問は、貴重な人体実験の機会なのですが、今回のベンフラッドは証人として表に出さねばならないので、実験に使用出来ず、残念です。」


そう言って深いため息を吐くロイエ。心底残念そう。


ロイエ、色々おかしいことに気付いてロイエ!

毒物が得意とか人体実験とか!かなりアウトな単語をバンバン口にしてますからね?!


「ミチル様、アルマニャック家子息の処分はどうされますか?」


アルマニャック家子息というのは、姉を助ける為に私を誘拐したあの男子生徒のことだ。


「誘拐された直後は、絶対に許せないと思っていたのですが…お姉様のあの様子を見てしまうと…。

自分はみなさんのお陰で無事だったのもあって、処罰とか考えられないのです。」


男子生徒のあの悲痛な叫びを思い出してしまうと、どうも…。


「ミチル様ならそうおっしゃるだろうなとは思っておりましたが…。

事がことですから、そうも参りません。」


えぇー…。

そういってキャロルは処刑されたんだよね。

今回は相手が貴族だから即処刑にはならないんだろうけど。


正直な所、確かに私はかなり危ない状況に追い込まれはした。本当にやばかったと思う。

貞操の危機とか、薬物による精神的、肉体的な意味でも。

だけど、今こうして無事なのと、あの姉の姿がどうしても頭から離れなくって、そう言ったことが考えられない。

だからこそ、同じ目に遭わせようとしたのか!とも思えるんだろうけど、あの男子生徒はそこまで酷い状況だとは思ってなかったと思うんだよね。

あの姉を見つけた時の慟哭というのか、あの様子からそんな風に感じた。


処罰するならするでしていただくことはやぶさかではないし、したことがしたことだから、罰は受けるべきだとは思っている。

ただ、その罰を考えるのは誰か別の人にお任せしたい。


「ですが、アルマニャック家のご子息は皇都の貴族なのでしょう?

こちらがどうこう決められるのですか?」


「それについては、私に任せてもらえますか?」


ロイエと部屋で二人きりになる訳にはいかないので、扉を開け放していたら、扉の向こうからルシアンの声がして、ルシアンとセラが部屋に入って来た。


「ただいまぁ~。」


セラはアルト公爵邸に行っていたんだけど、丁度帰って来たのとルシアンが部屋に来たのがタイミングが一緒だった模様。


「ミチルちゃんへのお土産にってどら焼きもらってきたわよ。」


セラが私にどら焼きの入った包みをくれる。

うっすらとまだ温かい!出来立て?!


「開けてもいいですか?」


「いいわよぉ。」


包みを開けてみると、どらやきが6つ入っていた。

こんなに!!

私と、ルシアンと、セラと、ロイエの分で4つでしょう?あと2つはエマとリジーにあげよう!


「今すぐ食べる?」


「私のは後で一人の時に食べます。」


一人の時にまるごとかじりつく!


「おっけー。お茶は飲む?」


「いただきたいですわ。」


セラのお茶は美味しいからね。

…はて?この人侯爵家の跡取りになる筈だったのに、どうしてあんなに美味しいお茶を…?


「ほうじ茶にするわね。」


アルト一門の人達はチート集団っぽいから、お茶ぐらい余裕なんだろうな、きっと。


お皿とフォークを取り出し、どらやきを乗せ、ルシアン、ロイエ、セラの前に置く。


私の隣に座っているルシアンは、どらやきをじっと見た後、フォークでひと口サイズに切ると、私に差し出した。

やると思ってましたよ!


「私のはありますし、後でいただきますから大丈夫ですわ。ルシアンが召し上がって下さいませ。」


「ミチルが美味しく食べる姿を見て、癒されたいのです。」


えっ?それ、癒しになるの?!


「でっ、でもそうしたら、ルシアンの分が減ってしまいます!」


せっかくのどらやきなのに、食べないのはもったいない!


「それはそうですが、癒しの方が優先順位が上なので。」


ぐぬぬ。

自分が食べたほうが癒しになると思うの!


セラがにやっと笑って、「ミチルちゃん、後で頬張るつもりでいたでしょう?そんなのお見通しよ?」と言われてしまった。


何故それを知ってるの?!


ふふふ、と笑ってセラはお茶を配り、椅子に座った。


うぅっ、かじりつきたかった!


ため息を吐いて自分のお皿とフォークも取り出し、どらやきを乗せる。


「自分のをいただきます。ルシアンはご自身のをどうぞ。」


まるごとかじりつきを妨害されたのだ。これ以上ルシアンの思う通りになってたまるものか!


フォークをどらやきに入れようとした瞬間、ルシアンの手が伸び、私のどらやきを取ってしまい、挙句ぱくりと口にした。どらやきにキレイな歯型が…。


「あぁっ!私が我慢したことをルシアンが!」


酷い!


セラは苦笑し、ロイエはやれやれと言った風に息を吐く。

ほら、二人も呆れてるよ?!


「ミチル様もいい加減諦めが悪いですね。」


「ルシアン様はミチルちゃんを甘やかしたいだけなんだから、べったべたに甘やかされておけばいいのよ。夫婦円満の秘訣よ?」


えっ、ちょっ、君たちそっち側なの?!

普通さ、子供っぽいことをしている主人を止めるのが役目なんじゃないの?!


「ミチル様に食べさせることでルシアン様の精神的疲労が回復されることを考えれば、私としては大人しくミチル様にはルシアン様手ずからのお菓子を召し上がっていただくのが、夫婦関係も含めて最上だと考えます。」


ロイエ、難しい言い回ししてるけど、要するにルシアンの言うことを聞けってことだよね?!


それでも悔しかった私は、どらやきを持つルシアンの手ごと引き寄せて、どらやきにかじりついた。


どうだ!食べてやったぞ!


やってやった!と思って顔を上げると、セラがにんまりと、ロイエが生温かい視線を私に向けてた。

肝心のルシアンはにこにこしている。


アレッ?!

もしかしてこれ、してやられてる?!


「このままどうぞ。」


そう言ってルシアンはどらやきを私の前に差し出す。


ルシアンの手にどらやきを持たせたまま、食べろと言うことか?!

それならまるごとかじっていいの?

意味わかんないんだけど?!


「ミチルちゃんは可愛いわねぇ。」


…私はまたしても負けたようです…。

っていうかどらやきで負けってどういうことなの。




することもなく暇なので、アビスから届いたアレクサンドリア領に関する報告書に目を通すことにした。


以前ルシアンの案でサルタニア国に野菜を輸出してから、引き続き注文がギルドを経由して来るようになった、と書いてある。

おぉ、そんなことに!


塩害の酷かったエリアでは、引き続きトマトを作成しているとのこと。

塩分濃度は一定以下に下がったものの、やはり崖の方から微弱ながら塩が漏れているようで、塩害をゼロに持っていくのは難しいということだった。

塩トマトは好評なので、このままトマトを作っていくことに決めた。

地元の領民達も、割と放置で良いトマトは楽で育て易い上に、売れ行きもそれなりにあるから、気に入ったようだ。


職業訓練所は、試行錯誤の繰り返しらしい。

本人がやってみたい、と思った職業と、適性が違うことが多々あって、なかなか上手く行かないとのこと。

そういうのってあるよね。

ただ、ずっとこのまま援助し続ける訳にもいかないから、職業訓練所にいられる期間を設けて、何かしらの職業を身に付けて出て行ってもらう必要がある。

転職の自由も保証したいし、スクール的なものを別途用意すればいいのだろうか。有料で。高額にはしないけど。

そうすれば、本当に受けてみたいものにお金を払って通うのではないか。

うーん…生活でいっぱいいっぱいの人が、スクールに費用払ってまで通うかと言ったら、あり得ないよね。


まぁ、適性重視で訓練してもらって、職にしてもらうのが一番良いよね。


そんなことをアビスへの手紙に書き連ねていた所、お茶のお代わりを淹れてくれたセラが、話しかけてきた。


「ねぇ、ミチルちゃん。」


「何ですか?」


「昨日あの後、全身くまなく検査された?」


!!?


瞬間的に顔が熱くなる。

なんっ、なんてことを質問するんだ、セラ!!


お茶を口に入れてたら間違いなく吹いたわ。


「検査だけですわよ?!」


「え?本当に検査だけなの?」


止めて!!


ルシアンはあんな風に言葉攻めをちょいちょいするけど、相変わらずそんなにしてこない。


「えぇ〜っ?ルシアン様ってば、ヘタレなのかしら?」


いやいやいや!

…いやいやいや?!


「ま、ミチルちゃんを寝かせたかっただけでしょうね。

昨日、自分では自覚なかっただろうけど、あんなことがあったから、精神的に興奮状態だったと思うし。」


それなら、もっと、別の言い方が良いよ…。

あんないかにもな言い方ではなく…。


「なんなのかしらね?これだけミチルちゃんのこと溺愛してるのに。」


本人に聞かないで!

泣くよ?!


「謎だわぁ。」


セラのことを恨めしく思いながら、お茶を飲む。


ルシアンはまったく私としない訳ではない。

でも、毎晩同衾しても、基本的にしない。

やっぱりちょっとEDなのかしら?!

働きすぎてとか?!


「ルシアンは今日は何のお仕事なのかしら?

ノウランド?アルト公爵領?お義父様の代理?」


「今日は調べ物をするとおっしゃってたわよ。」


調べ物?ずっと書斎にこもって?

難しい問題に取り組んでるのかな…ルシアンって絶対働きすぎだよね。


…なんかさっき、あかんかった気がする。

普通に夜についての話しちゃったけど、セラは男だった!

いかんいかん、この見た目に騙されてはいかん!


「セラは恋人はいないの?」


「いないわ。」


即答ですね?!


「セラなら色んな意味で選り取り見取りな気がするのだけど、理想が高いの?」


「引っかかる言い方だけど、褒めてると解釈するわよ?

そうねぇ、まず女性にはモテないわね。」


何故?!


「ワタシを見てると自信を失うって言われたわ。」


「あぁ…なるほど…。」


確かにセラは恐ろしい程の美人だ。女です、って言って通用する。

むしろ男です、って言う方が驚かれると思う。


確かにこの美貌は、見惚れるを通り越して嫌味なレベルだよねぇ。


「フィオニア様は美しくても、男性だと分かりますけれど、セラは性別超えてますものね。

ルシアンやセラを見ていると、美形なら幸せという訳ではないのだな、と思います。」


「…さっき閨事の質問したことを怒ってるの?」


え?

そんなことないよ?


「セラなら子供産めそう。」


「産めないわよ!」


そうかなぁ、なんか色々可能な気がするんだけどなぁ。


「見せてもいいけど、ワタシ、胸とか無いからね?!」


胸!

胸と言えばあのばいんばいん!


「セラ、ジュビリーに行った際の変装についてですが、あの胸はどうやって作ったのですか?!」


前のめりですよ。


「ちょっとミチルちゃん、目が本気すぎて怖いわよ?!」


あまりに真剣な私の態度に、セラの顔がひきつった。


「超重要ですからね、詳しくお聞かせ願いたいですわ。」


「どうって、詰め物よ?!」


「本当ですか?実は本物の胸があって、子供産めるんじゃありませんか?!」


「産めないから!」

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