050.鉄扇を用意せよ?!
セラが言うには、あのフェロモン皇女は、毎日のようにルシアンを登城させろとかアホなことをぬかしてるらしい。
ここはおまえの国じゃねえよ!ってみんな思ってることでしょうな。
なんだろうね、あのテのコーマンチキは本当に鼻持ちならないです。
ルシアンは書斎で熱心に仕事をしてるし、私は書斎よりダイニングキッチンが落ち着くという、真性庶民なので、気分に合わせてお茶を飲んだりしながらアビスからの報告書を読んでおります。
来週から学園が始まるので、領地のことはやれることやっておかないとな。
で、セラは私の執事なので、私の側にというか、斜め向かいに座って優雅にお茶を飲んでる。
なんかおかしい気がしたけど、まぁいいや。
だってセラだし。この人色々おかしいし。
「それで、あの崖にあるのが塩だって分かったのはいいけど、どうするの?」
セラに調べてもらった結果、予想通り塩だった。
つまり岩塩です。
「あれは岩塩と言って、普通の塩よりもミネラル…栄養素を多く含んで、とても美味しいのです。」
見た目もキレイなんだよね。宝石みたいでキレイなのとかあったなぁ。
「何故塩だと分かったの?」
「鹿が増えたと言っていたのでそうかなと思ったのです。
野生の動物たちは、岩肌の塩を舐める為に傾斜のきつい崖も登るのですよ。
アビスには岩塩をマトックのような道具で大きく砕いて取って来てもらえるようにお願いしました。」
その結果がこれなのねぇ、と、セラは手の中のピンク色をした石を見ている。
嬉しいことにピンクソルトなのだ。見た目がキレイで結構好き。味は沖縄の雪塩のほうが好きだけど。
「色も色だから、いまいちピンと来ないわぁ。」
「今日は料理長に頼んで鶏肉のローストにしてもらうことにしました。あと、じゃがいもを蒸したものですね。
食べる時にこのピンクソルトを削りながら振って食べれば、どんなものかよく分かるでしょうから。」
コーヒーミルに砕いたピンクソルトを入れて削ると説明しておく。
「この岩塩は、粗方採掘してしまって下さい。残っていると隣の領地の方たちに盗掘されてしまいますし、鹿の被害も増えますから。」
「ということは、売る予定なのね?」
私は頷く。
「貴族なら、この宝石のような塩を気にいるでしょう。」
そうね、とセラも頷く。
鹿は、群れで訪れるようであれば、申し訳ないけど駆逐しなくてはいけない。
群れが畑を襲えば一瞬で作物はなくなるし、そのまま山に入って木の新芽や木の皮を食べられでもしたら、禿山になってしまう。
塩を定期的に鹿が食べ続ければ、鹿の数は確実に増える。
北海道で、道路の凍結防止用に巻かれた塩を鹿が好んで食べ、鹿の絶対数が増えたらしい。
鹿肉…ジビエだね!
料理したことないけど、どうやって食べると美味しいんだろうか。料理長に聞いてみようかな。
かつて畑だった場所も分析器で測定してもらった結果、塩化ナトリウムが検出された。
塩田にする程の塩分濃度でもないみたいだし、塩田の塩分濃度なんて正確には知らないけど、写真で見た塩田は、明らかに畑に白いものが混じってた。
「崖から流れ出てしまって駄目になった畑に、トマトを植えてみていただきたいのです。」
「トマト?」
「えぇ、育て方のメモを書くので、このように育てていただけると嬉しいのですけれど。」
えーと、水は少なく、っていうか殆どあげなくて良くってと。日差しがガンガン当たって、夜になったら寒くなってくれるといいんだけど。
まぁ、そこまで環境が整わなくても、地中の塩分をトマトが吸い上げてくれればいいんだよね。
「ちょっと待ってミチルちゃん、何故トマトなの?」
「あっちの世界では、トマトは元々高山で育つ食物で、その近くには塩田があったとされてるのです。」
アンデスソルトっていうのもあるからね。
お中元で世界の塩シリーズもらった時、入ってた。
詳しくは分からないから、おそらくで話すんだけどね。
「その所為なのか、トマトは地中に塩が含まれていても育つのです。ただ、こちらのトマトも同じ性質なのかは分かりませんけれど。」
あ、これってルシアンに相談したほうがいいかも?
アルト侯爵領には南の地もあったよね。
塩害があるのかは知らないけど。
「ルシアンに相談してきますわ。」
せっかくだからとコーヒーを淹れて書斎に向かう。
ドアを3回ノックすると、どうぞ、と中からルシアンの声が返って来た。
立って書類を見てるルシアンの姿は、毎日見てる筈なのに、ため息が出てしまうぐらいイケメン。
どういうことなのかしら。同じ人間とは思えない。
「ミチル。」
入って来たのが私だと気付くと、ルシアンは書類を机の上に置いて私の元にやって来た。
「ご相談ごとがありまして、コーヒーを淹れて参りましたの。」
セラがテキパキとコーヒーの準備をしてくれる。
私が持って行こうとしたら、呆れたように、執事の仕事取らないで欲しいわぁ、と言われちゃったので、一緒に付いてきてもらった。
っていうか執事の自覚あったのか。
さっき普通に私と同じテーブルに座ってお茶飲んでたよね?しかも私が淹れたお茶を?
ルシアンは私を抱き寄せると頰にキスをした。
「珍しいですね、ミチルから相談は。」
ルシアンはセラがいようがロイエがいようが、私への溺愛を止めないので、私としては些か困る…。
日本人は恥ずかしがりやなのよ!
「ルシアン、ご相談というのは、アルト家が管理している研究施設でトマトの育成をしていただけないかと思いまして。」
こちらの世界でもトマトは普通にトマトだ。
見た目も味も、慣れ親しんだトマト。
「アレクサンドリア領と隣の領地の境で起きた崖崩れのことは、お話しましたかしら。」
ルシアンが頷く。
「崩れた崖から、岩塩、塩の塊が出て来まして、その塩を求めて野生動物が増えたのと、その崖から塩分が流出しているようで、近隣の畑が作物を育てられなくなってしまったのです。」
「塩分を含む土でも栽培可能かを、こちらのトマトで試してみたいということですか?」
さすがルシアン!理解が早いです!
よく分かりましたね?!
「分かりました。ノウランド用の大豆もやしが終わって空いてる部署がありますから、そちらに回してみます。」
「ありがとうございます、ルシアン。お礼はどうすればよろしいですか?」
お礼?ときょとんとされてしまった。
「え?だって、いくら私がアルト伯爵の妻だったとしても、今回はアレクサンドリア領の為にお骨折りいただくのですもの、お礼は当然ですわ。」
良い子良い子、と何故か後ろに立ってたセラに頭を撫でられた。
何故!
ルシアンもふふ、と笑うと、「アルト侯爵家が持つ南の領地も塩害により作物が育たない地域がありますから、上手くいきましたらそちらでも使わせて下されば、大丈夫ですよ」と言われた。
そっか。もしかしたらそっちでも使えるかも、って思ってたから、安心した。
上手くいくといいなぁ。
「もう少し暖かくなりましたら、ジュビリーにも行きたいのです。書類だけでは知り得ないものもあると思うので。」
アレクサンドリア領の主要都市ジュビリー。
幼い頃に一度か二度行ったことがあるぐらいだ。
「それはありますね、私もノウランドには行きたいと思っています。」
ノウランドは食糧関係に関する部分を大きく変えて行こうとしてるもんね。
セラが教えてくれたことには、研究施設で上手くいった苗を別の区画に分けて育成し、最終的にどの米にするかを決定するらしい。
合鴨の準備も整って、ネズミやモグラ対策用の毒性を持つ植物の手配も済んでるとのこと。
凄いわー、やっぱり出来る人が指揮すると全然違うね。
「ザワークラウトと大豆もやしのお陰で、領民にも好意的に受け止められているようなので、新しいことを始めるのも楽になります。ミチルには感謝ですね。」
「私は何もしておりませんよ?」
ふふ、とルシアンは笑う。
*****
遂に始まりました、学園が。
去年はキャロルが入学してきて色々あったし、今年は今年で皇女が来ちゃってるし。
私の学園生活は呪われてる。呪われてるのはルシアンもか…。って言うかルシアンの方が受難かも。
イケメンって、本当大変!
ルシアンに手を引かれながら、クラス分けが表記された張り紙に向かう。何組かは分からないけど、ルシアンと私が同じクラスだけは確定してるんだよね。
向かう先から、バキッという何かが折れた音が…。この音…もしかして…。
隣のルシアンをちらっと見ると無表情で、私の視線に気が付くと私を見て優しく微笑んだ。
…嫌な予感しかしない。
「一体これはどういうことなの!」
美女が叫んでました。えぇ、もちろん皇女様です。
って言うか、あのナイスバデーで制服着るとただのエロコスプレみたいだね?!
制服って普通初々しさがあるものなのに、皆無だよ。逆になんかエロいよ…。
手には真っ二つに折れた扇子。
この人、直情過ぎないか。
皇女の周囲にいる見慣れない学生たちは、オロオロしているだけで、皇女の怒りは沈められそうにない。
王子が言ってた、皇女の取り巻きとして付いて来た皇国の伯爵家のご令息・ご令嬢って奴だね。
こんなところまでお疲れ様なことです…。
皇女はルシアンに気付くと駆け寄って来た。
取り巻きも後ろを駆けて来る。
「ルシアン!」
「!」
ルシアンの腕に抱きつこうと私に体当たりをしたものの、さらりと避けられ、肝心のルシアンは私を抱き締めて支えてるこの状況…。
「皇女、私に触れないで下さい。」
見上げたルシアンの目は、冷え切っており、キャロルの時もこうだった。
「貴方は私の物なのだから、私が好きな時に好きなだけ触れるのよ!」
うわぁ!!
イキナリ私の物宣言!
ジャイアニズムか?!
「皇女の物になった覚えもありませんし、今後もなりません。」
一歩も譲らない態度のルシアンに皇女は顔を赤くして怒りを露わにしたかと思うと、キッと私を睨んで言った。
「この小娘が貴方の妻だなんて認めないわよ!」
小娘って!皇女、私たち同い年!!
って言うか、私がルシアンの妻だってことは知ってるんだ?!
これ、あれですよ!
悪役令嬢に攻撃されちゃったヒロインがヒーローに助けてもらって抱き締められちゃった的イベント状態です!
「王の許可も得て婚姻を結んでおります。皇女の許可は必要ありません。」
…何て言うか…これ、こんなにはっきり言っててルシアンって不敬罪みたいなので捕まったりしないのかな…。
それともギリセーフなのかな。
「ミチル、今ので足を捻ったりはしてませんか?」
打って変わって優しい態度に、皇女はブルブルと身体を震わせていた。
美女の怒ってる姿って怖い。本当怖い…。
めっちゃ睨まれてるし…。
私の命、ピンチじゃない?
あの扇子が今度鉄扇になったら本気でヤバイと思うの!
私も鉄扇装備しようかな?!
「ミチル!ルシアン様!」
名前を呼ばれた方を見ると、モニカと王子、ジェラルドがこっちに向かって来た。
ちょっとほっとしたのもつかの間。
「ジーク王子!」
皇女が声を張り上げる。
王子は貴族スマイル?王族スマイル?のまま、皇女の前に立った。
「何か?」
「これはどういうことですの?!」
クラス分け表を指差して叫ぶ。
「私とルシアンを同じクラスにしなさいと命じた筈です!」
命じたって…。
この人、権力フルで使い過ぎ!
「同じ学年であれば同じクラスにも出来ますが、ルシアンは昇級試験を合格して3年に編入しておりますから、さすがに、2年生と同じクラスには出来かねます。」
にっこりと微笑む王子の黒い笑顔と言ったら…。
皇女には見えないように親指を立ててグッジョブをするモニカ。
以前教えたけど、使いこなしてるな、グッジョブ。
「ミチル、教室に参りましょう。」
「え、えぇ…。」
モニカに腕を引っ張られるようにして3年の教室に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます