047.迫る不安

「ここでミチルは生まれ育ったのですね。」


初めてアレクサンドリア家を訪れたルシアンは、私の部屋にいる。

なんか落ち着かない…。

元々この部屋は私も落ち着かない。ミチルの趣味で、私の趣味じゃないから。


「今のミチルの趣味とは大きく違う部屋ですね。」


「そうなのです。記憶を取り戻す前の趣味が反映された部屋なので…。」


ピンクだらけの部屋なのだ…。

借金の返済が終わって余裕が出来たら模様替えしたい。

あぁ、落ち着かない…品がない、このピンクだらけ…。嫌、ピンクだらけが悪いんじゃない。ピンクだらけでも組み合わせ次第だと思うんだけど、そう言うのとちょっと違うのだ…。


ルシアンが私を抱きしめた。


「大丈夫ですか?」


「え?」


「少しだけ、悲しそうな顔をしてました。」


そんな顔、してたかな…。


自分の顔を触ってみる。

よく分からん。


ただちょっと、緊張はしていたと思う。

突然、私が家を立て直さなくてはいけなくなったことに。

ルシアンの横でこうしてみたら、とアイデアを出すのとは訳が違う。

私が責任を負うんだという事実が、じわじわと迫ってくるのだ。


ルシアンの胸に顔を埋めた。

大きな手が私の髪を撫でる。温かくて、ほっとする。


「ルシアンは凄いですわ。私、責任の重さに潰されてしまいそうです。」


「大丈夫ですよ、私がいますし、父も兄もいます。頼って下さい。支えさせて下さい、ミチル。」


ルシアンの指が私の髪を梳くいてゆく。


「ありがとうございます、ルシアン。」


「大変良い雰囲気の所申し訳ないのだけど、夕食の時間よー☆」


セラ、いつの間に?!


ルシアンがため息を吐いて言った。


「ドアのノックぐらいはするように。」


確かに。


セラはウィンクして、「びっくりさせようと思って開けたら抱きしめ合ってるから、びっくりしたわ☆」とうふふ、と笑う。


びっくりしたのはこっちですけど?!


抱きしめられてはいたけど、抱きしめ合ってはいない!

そこ重要だから!

いや、ちょっと背中に手を回しちゃおうかなとか、一瞬考えたりもしたけど、してないから!


ルシアンが現れたことで使用人たちが浮き足立った。

アルト家に雇われたいのだろう。当然だよねー。

でも、私、エマ、リジー、セラ以外が話しかけてもルシアンは無反応だった。

こういうとこ、本当凄いと思うの。

この絶対にブレない感じ。


食堂で食事を終えた後、私はアレクサンドリア領に関する資料に目を通す為、父の書斎に向かう。

ルシアンに手を引かれながら…。相変わらず、ルシアンは私に甘い…。


「旦那様!」


使用人たちが数人、ルシアンの前で膝をついて頭を下げた。

さすがに廊下を塞がれてしまっては、前に進めない。

ルシアンは視線も変えず、表情も変えず、一言だけ言った。


「セラ。」


スッとセラがルシアンの斜め後ろに控えたかと思うと、軽く礼をした。

それから土下座する面々の前に出るとはっきりと言った。


「皆さん、旦那様にお情けをかけていただこうと思ってらっしゃるのでしょうが、旦那様はミチル様のお気持ちを第一にお考えになるお方です。

ミチル様が貴方たちに暇をと思われたなら、旦那様はその決定を覆したりはなさいません。

…むしろ、ご不快に感じてらっしゃいます。」


不快に感じてるとまで言われて、皆のっそりと立ち上がると、頭を下げて去って行った。


ルシアンは私のほうを見て微笑むと、行きましょうか、と言った。

今日もルシアンの心はブレない。




翌日、解雇予定の使用人たちの半数以上が屋敷を出て行った。

ルシアンに冷たくされて、諦めがついたのかな。

私は元々甘く見られてたからなぁ、私が言っても聞かなかったかも知れぬ…。

そう考えると、ルシアンが来てくれなかったら…あぁ、その時はセラが何とかしそうな気もする。

あんなに見た目たおやか美人なのに、迫力あるもんね…。


春になったら、ジュビリーや境界線近くの崖にも行かないとならないな。


とりあえず今回は、過分な人数の使用人に暇を出すことと、借金の返済をすることを確実に済ませなくては。


書斎でルシアンと書類を見ていたところ、今度はちゃんとノックしてセラが入って来た。


「ミチルちゃん、伯爵邸からの返事が来たわよ〜。」


高利貸しでの利息上限を知りたかったんだよね。


セラから手紙を受け取る。

商人ギルドに確認してもらったところ、カーライル王国では利息の上限が設けられており、それは年8%とのことだった。

…となると、父が結んだというこの借金の利息は国の取り決めを無視したものということになる。

だって、8.5%なんだもの。


借りたものは返すけど、駄目なものは駄目だよね。


「セラ、これを計算し直していただけるかしら。国が定める上限値を超えているから、利息としては払い過ぎなの。」


「りょうか〜い☆」


借用書の返済期日は5日後になってるから、そこで話し合わなくてはね。




*****




あぁ、本当、ルシアンがいてくれて良かった、と思った。


今日は父が契約を交わした高利貸しに会いに、王都に来ている。


「これはこれは、アレクサンドリア様、のご令嬢でしたかな?」


脂ぎった顔のグィッドという高利貸しは、趣味の悪いゴテゴテとした服を来て、椅子に座るなり偉そうにふんぞりがえった。


内装も、家具も、贅を尽くしたものなんだろうけど、バランスが悪い。っていうか悪趣味。

なんだあの、壁にかかった変な絵?


「えぇ。初めてお目にかかりますね。」


本来であるなら、上位の立場の私が話しかけていないのに、平民のグィッドから話すのは駄目だ。


高利貸し商人のグィッドは、私が女であること、子供であることで最初っから高圧的な態度を取って来たのだろうと思う。


前世でも性差別はあったけど、こっちの世界ほど露骨ではない。

以前のように話を聞いてもらうことも出来ないのだという事実は、思った以上にショックだった。

能力以前の問題だろう。


値踏みするように私を上から下まで舐めるように見る。

…あぁ、色々と嫌な予感がする。


「こちらはアルト伯爵、私の夫です。」


グィッドに隣に座るルシアンを紹介すると、些か気まずそうな顔になった。

まさか私の従者とでも思ったのだろうか?

世間知らずの令嬢が見目の麗しい者を連れているとでも?

それなら横に座らないで立ってるよ。

私の後ろに立つセラのように。


ルシアンはちら、とセラに目配せをした。

セラは笑顔で頷くとグィッドの前に、契約書と、ギルドから受け取った国が定めた利息上限に関する文書の写し、返済をするたびに作成される書類を並べた。


そこからはセラの独壇場で、国が利息の上限を定めたのはいついつで、この契約がなされたのはその後であること。

契約書上は8%となっているのに、実際はそれを超える利息を取り続けていたこと。

これは国に報告すれば間違いなく高利貸しとしての資格剥奪は免れないことを、グィッドにひと言も言葉を挟めないようにまくしたてた。

すげぇ、と思った。


ダラダラと冷や汗をかくグィッドに、ルシアンが言った。


「何も、契約そのものを無かったことにしろとは言っていない。

こちらが望むのは、正規の形に乗っ取った契約。

意味は分かるだろう?」


いつもよりも低い声でルシアンは言った。

言葉遣いも違ってて、なんかドキドキした。

ルシアンじゃないみたい!!


壊れたおもちゃのようにかくかくとグィッドは首を縦に振った。


セラが冷たい目でグィッドを見下ろすように言った。


「速やかに再作成したものをアレクサンドリア邸に持って来るように。過払い分についても計算して同じ時に。」


グィッドは小さく、承りました、と答えた。




帰りの馬車の中で、私はドキドキしたままだった。


「あらぁ、ミチルちゃんてば顔が赤いわよぉ?」


止めて、突っ込まないで!


「あ、もしかして私にときめいちゃった?☆」


「違いますわ!」


何故セラにときめかねばならんのだ?!


ちょっと、いつもと違い過ぎたルシアンのことが見れないだけです。

あんな、俺様っぽいルシアン、初めて見たし。

俺様と言えば壁ドンですよ。

おまえはオレのことだけ考えてればいいんだよ、とか言われたり?

いやいや?私、オレ様得意じゃないからね?

紳士的なのにベッドでは鬼畜みたいな人が…っていやいや!何考えてんだ私!?


「なるほど。」


隣で私の腰に手を回しているルシアンが、艶っぽい笑みを浮かべた。


あああああああ!!い、今のナシで!!

未経験者のただの妄想なんで、本当に!!お許しを!!

っていうか何でこの人私の考えてること読めるの?!


「その時を楽しみにしていて下さいね。」


そう言ってルシアンは私の髪にキスをした。


ひぃっ!

たっ、楽しみって、楽しみってナニを?!


「もぉ〜、独り身には目の毒だわぁ。」


やだわぁ、と肩を竦ませるセラに、私としては断固として抗議したい。

セラがあんなツッコミ入れなければこんなことには!!




数日後、商人ギルドがグィッドのお店をガサ入れしたらしく、グィッドは高利貸し店の資格を失った。

あぁ、うん。

何か色々、嫌な予感はしたんだ。


結果として、借金は消えた。


アレクサンドリア家としては良かったんだと思うんだけどね。なんかちょっと、何とも言えない気分になりました。


「あの高利貸し、ミチルちゃんのことを嫌らしい目で見てたから罰が当たったんだと思うわぁ☆」


ハハ、ルシアン神の怒りだよね、それって間違いなく…。




*****




屋敷は選んだ使用人以外は退去していて、静かなものです。

手間取るかなーと心配していたけど、そんなこともなく、無事退職金を渡して誓約書にサインしてもらってさようなら出来たので良かった良かった。


残った使用人たちには、エマとリジーが色々と教育を施している。


セラが連れてきた執事は、名前をアビスという。

深淵か…。

こちらの世界でも深淵という意味なのかは分からんけど。

魔王の参謀チックな容姿ではある。

銀髪に赤い目で、寡黙で目付きが鋭い。


セラは今日、お出かけです。

私の代わりに隣の領地と境界近くの崖を見に行っている。

私の考えが正しければ、分析器はある結果を出す筈なのだ。あと、その近辺の土からも同じ結果が出る筈。


「ご主人様、お茶が入りました。」


アビスは私をご主人様呼びするのだが、なんだか複雑な気持ちになる。

私はSじゃない。だからといってMでもないけども。

その内慣れるのかな、コレ。

奥様呼びも最初は慣れなかったけど、今では平気になったしな…。


「ありがとう、アビス。」


ちなみにアビスはルシアンのことを旦那様と呼ぶ。


私が不在の間、アレクサンドリア家を見てもらうことになるので、アビスにも領内のことを学んでもらっている。

気が付いた点、良い点悪い点を忌憚なく報告してもらうように頼んだ。

直感って大事ですよ違和感とか。


セラの報告を見て、今後の方針をアビスに伝えたら、明後日には王都に戻らなくてはいけないのだ。

私が正式にアレクサンドリア伯の爵位を賜る為と、新学期が始まるからだ。


モニカからは、呼ばれてもいないのに乗り込んで来た皇女シンシアが、我が物顔で入城したことが書かれた手紙が届いた。

カフェは順調らしく、モニカは気分転換に行ってるらしい。気分転換とか言いながら、カロリー控えめおやつが一番の目的だと思う。


そうか、遂に、やって来たのか、皇女…。

胃に鉛を抱えたような、鈍い痛みを感じた。

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