033.生姜焼きは正義です

目が覚めたらルシアンは横にいなかった。

もう起きて何処かに行ったのかもしれない。

ルシアンの寝顔、ちょっと見たかった。


…はっ!

私の寝顔は見られたってことか!!


…いやいや、キャロルに襲われた後、散々見られてますし…。


ベッドの端に座ってぼんやりしていたら、ドアをノックする音とエマの声がした。


「奥様、お目覚めでございますか?」


…おく…さま…?


顔が熱くなった。


そうか…結婚したから、私はもう奥様なのか…。

そこまでは考えてなかった…。


「奥様?」


「あ、起きているわ。」


いかんいかん、返事をするのを忘れていた。


ドアが開き、エマともう一人の侍女が入って来た。

エマが隣に立つ侍女を紹介してくれる。


「奥様、こちら、リジーでございます。私とリジーは奥様専属になります。」


リジーと呼ばれた侍女は、エマとそう変わらない年齢に見える。

オレンジ色の髪を三つ編みにしている。


「よろしくお願い致します、奥様。」


笑顔になるとえくぼが出来る、可愛らしい少女だ。


「これからよろしくね、リジー。」


こちらが奥様の衣装部屋ですよ、と案内されたウォークインクローゼットには、これでもか!っていうぐらいにドレスが並べられていた。

…あれ?私、こんなに洋服持っていたっけ?

痩せてから以前の服は処分してしまって、新しく買ったのも10着ぐらいで、ヘヴィロテしてたような気がするんだけど?


「大奥様が、ご用意下さいました。」


あぁ…なるほど…。

と、いうことは、ここにある服は侯爵夫人好みのゴスロリが並んでるということか!?


恐る恐るドレスを見て行く。

おおぅ…半分ぐらいゴスロリってるよ…。

に、日常でゴスロリコスをしろと…!


無難なワンピースに着替え、リジーに髪を編んでもらった後、食堂に向かうと、ルシアンがいた。

グルジアのチョハのような服を着ている。

卑怯なぐらいカッコいいですね!

目に毒!


ルシアンは私に気付くと近寄って来て、私のこめかみにキスをした。さっと手を引いて椅子にエスコートしてくれる。

自然すぎるこのイケメン!


「よく眠れましたか?」


「寝すぎてしまった気がしますわ。」


寝癖が大変なことになって、リジーがブラシ片手に苦戦してたし。


用意された朝食を食べた後、サロンに行くとシアンがいた。


「シアン!」


シアンは私に呼ばれたことに気付いてこっちを向いたものの、ぷいっと違う方を向いてしまう。


これは、機嫌が悪いときにする行動だ。


「シアン、怒っているの?」


シアンはこちらを向いてにゃぅ、と鳴くとまたそっぽを向いてしまう。

お、これは、構えば許してやる、の態度ですよ。


正面に回り、シアンの鼻にキスをする。すかさず猫パンチが頰に当たった。痛くないけど。


シアンを抱き上げると、ルシアンが口元に手を当てながら壁に寄りかかっていた。

なんか弱ってる?!


「ルシアン?」


「今すぐシアンになりたい…。」


えぇっ?!




ルシアンの膝の上に座らされております。

人間、慣れとは恐ろしいもので、こんな態勢も、繰り返してると抵抗感がなくなってくるという…。


ルシアンが猫のシアンに嫉妬して、機嫌を損ねていたので、この状態になってるのだ。

私がシアンの鼻にキスをしたのが許せなかったらしい。

相手猫だよ?!


ルシアン曰く、全てのオスは敵です、とのこと。

そうなんだ…。


まぁ、ここで自分にも口付けをしてくれないと許さないと言われないだけ良かった。


「一瞬考えましたが、その後自制出来そうにないので、止めておきました。」


正確に人の心を読んでくるな、この人!

恐ろしいよ!


っていうか自制って!!


それにしてもです。

我ながらアレだとは思うんですけど、ルシアンのお膝の上、結構好きなんだよね。


温かくて安心するし、ルシアンのいい匂いがして。

気を付けないと、ぬいぐるみにするように頬ずりしちゃいそうになるので危険だけど。


「いいですよ、なさって。私は嬉しいです。」


「私の心を読まないで下さいませ!」


ふふ、と笑いながらルシアンは私の髪を撫でる。


はぁ…多少心臓に負担はあるものの、幸せな新婚生活スタートなんではないでしょうか。

甘々ですし!


「そういえば、奥様と呼ばれるのはちょっと抵抗があるのです。」


まだ16歳なのに。

奥様のイメージはもっと年齢がいってからがいいなぁ。


「私も旦那様と呼ばれてますね。」


「旦那様…。」


ルシアンをじっと見る。

旦那様…。ちょっといいかも。


「ミチルだけは旦那様呼び禁止です。」


何故!!




お昼は、我儘を言って私がごはんを作るんだー。

夕飯は駄目です、って言われたから、お昼ごはん。


侯爵…おっとお義父様が用意してくれた私専用のキッチンです。

しかもね、ガスオーブンなんだよね。

くぅぅ、使ってみたい!

ガス口も3つだし!魚焼きグリルもあるし!


寮の設備よりちゃんとしてるので、色々作れそうー!


「ルシアン、食べたいものはありますか?」


私が料理してるのを見たいと言って、ルシアンはキッチン側のテーブルに座った。


「ミチルが作るものなら何でも嬉しいですが、家では和食は出ませんでしたから、可能であれば和食が食べたいです。」


確かに、アルト侯爵家はずっとフレンチだったなー。

食堂ぐらいでしか和食は食べてないってことね。


寮から持ってきた土鍋を取り出し、研いだお米を土鍋に入れて浸水させておく。

豚肉をボウルに入れ、しょうゆ、酒、しょうがの絞り汁を入れて下味をつけておく。

キャベツは1枚ずつ剥いてから水でキレイに洗い、シャキシャキ感が残るように、繊維に対して垂直に切っていく。水にさらしてしまうと、キャベツに含まれるビタミンCが水に流れ出ちゃうので、さらさず、ザルにあげておく。

ミニトマトはあえてトースターで焼く。こうするとトマトのリコピンが増えて酸味が減り、甘味が出る。

1つ多めに焼いたミニトマトを、テーブルにいるルシアンの口元に持っていく。


「はい、あーん。」


ルシアンはひと口でトマトを食べると、ちょっと驚いたように「…甘い」と呟いた。


「でしょう。」


我ながら乙女趣味だとは思うけど、自分が作った料理を旦那さんに食べてもらうとか、やってみたかったんだよね!


ボウルに卵を割り入れ、砂糖と醤油を入れてよく攪拌する。

卵焼き鍋に油を落とし、温める。本当はガーゼで油をひいたほうがいいんだけど、そこは割愛しちゃう。

ふっくらした卵焼きを作りたくて、まだ柔らかい状態でひっくり返したりしてたけど、ちゃんと火が通ってから巻いていかないと美味しく出来ないということを、動画で見たときは衝撃だったなぁ。

そんなことを思い出しながら、卵焼きの火の通り加減を見ながら巻いていく。

焼き終わった卵焼きをラップにきちっと巻く。巻き簀があればいいけど、さすがにないので、ラップで代用する。


浸水が終わったお米を炊き始める。

それと同じタイミングでお鍋に水を張り、火にかける。茄子を気持ち大き目に乱切りにし、沸いたお鍋にだしを入れ、茄子を投入する。

茄子も煮過ぎると崩れてしまうので、ちょっと皮の部分に食感が残るように火を止めて、お味噌を入れる。


お米が吹きこぼれてきたので弱火にする。

卵焼きのラップを外して包丁でひと口サイズに切り分け、お皿に並べて、ルシアンの座るテーブルに置く。

ルシアンが一瞬、そわっとしたのを見逃さなかったぞ!

豚肉をのせる用のお皿に千切りにしたキャベツをたっぷり盛り、横に焼いておいたミニトマトを添える。

ほどほどの所で土鍋の火を止めて蒸らしに入ったので、生姜焼きを作っていく。

熱したフライパンに油をひき、豚肉をフライパンに並べていく。じゅわーっという音が響く。いい音!

豚肉の表面に片栗粉を軽くまぶし、焼き色がついたらひっくり返していく。

豚肉から出過ぎてしまった油はキッチンペーパーに吸わせていく。

両面がキレイな焼き色になったのを確認して火を止め、キャベツの横に豚肉をのせ、ルシアンの前と、私が座る席に置いた。

蒸らしの終わった土鍋の蓋をあけ、しゃもじで全体をまんべんなく混ぜてから、ルシアンと私用のお茶碗に盛る。お味噌汁をよそり、箸を置いて私も席に着いた。


「おまたせしました。」


「いいえ、ミチル、作って下さってありがとう。」


ルシアンは一番最初に卵焼きを口に入れた。ずっと目の前に置いてたから、気になってたんだと思う。


「甘くて柔らかくて美味しい…。」


私も卵焼きが好きなのでひと口食べる。んー、甘くてしょうゆの味が程よくて美味しい。自分で作っておいてなんですけど…!


生姜焼きを口に入れたルシアンは、口をぎゅっと閉じた。この口になったときは、美味しかったときだって覚えたんだよね。


「美味しい…!」


「生姜焼きはお米と一緒に食べると美味しさが増しますよ。」


私の言葉に、ルシアンは白米も口に入れる。また口がぎゅっと閉じられた。

好みの味を食べると、いつも大人びた表情のルシアンが、年齢相応というか、可愛い顔になるのだ。


かなり気に入ったようで、もくもくとルシアンは生姜焼きとキャベツと白米を食べていく。


…はっ、見とれてる場合ではなかった。私も食べようっと。




食後にほうじ茶を入れ、ほっとひと息。


「すみません、夢中で食べてしまって…」と恥ずかしそうに言うルシアンが可愛すぎて吐血するかと思った!!


「お口に合ったようで何よりですわ。」


夢中だって!私のごはんに夢中になったんだって!!


「ミチルの料理は、美味しいのにほっとしますね。不思議です。」


「気取らない味だからでしょうね。」


フレンチと違って庶民の味ですからねー。

そういえば庶民の味を侯爵家の跡取りに食べさせてていいのだろうか?

食堂で焼き魚定食食べてたし、まぁいいか。


「ちょっと…。」


ん?


「これは…幸せ過ぎる…ような…。」


ちょっと恥ずかしそうな、戸惑ったような表情でルシアンがポツポツと話す。

こんなルシアン、珍しい。というか、出会ったばかりの頃のルシアンを想い出した。


「幸せ過ぎる?」


「えぇ、だって、愛する人と一緒に目覚めて、一番初めに顔を見れて、美味しい食事を作ってもらって、夜にはまた一緒に眠るんですよ。

想像以上に幸せで…戸惑ってます。」


なにこの人!可愛い!!

可愛すぎてちょっと血圧上がってきた!


皇女のことを早く片付けよう…とルシアンがポソッと呟いたのが聞こえたが、若干黒さを感じたので、私は何も聞こえなかったことにした。

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