003.筋肉に目覚めました!
早朝からランニングで5キロ走り、寮に戻ったらプロテインを飲み(バニラ味)、お風呂でシャワーを浴びた後は朝食を作る。
寝る前に作っておいた昆布だしの昆布を刻んでみりんと醤油と酒で煮て、白ごまを和えておく。
よし、昆布の佃煮完成。
昨日の夜に炊いて冷凍しておいた(この世界には冷蔵庫がある!)お米を解凍して(電子レンジまで?!)、昆布の佃煮を具にしたおにぎりを握り、お味噌汁は揚げと玉ねぎにした。
いやー、朝から和食とか超最高ですわー。
その内パンとか作れるようになりたいなー。
天然酵母とか!前世では時間なくて出来なかったから、ここでならいけるんじゃ?!
…まぁ、そんな訳はないな。エマに覚えてもらおう。
私も基本全然知らないし、改めて覚えるのもいいかも。
適度な運動と、適切なカロリーの食事を終え、淑女の嗜みの刺繍をやる。
得意ではないが、嫌いではないので、サッサと刺繍をしていく。
エマはまたしてもぽかんとしていたが、すぐに眉間にしわを寄せていた。
多分、ミチル様は本当は出来ていたのにうんぬんかんぬん、という奴だと思われる。
彼女のこの表情を、日に一度は見ている内に、一週間はあっという間に過ぎ去り、学園の授業が始まった。
所謂、中学一年生の授業内容なので、難しい内容ではない。
同じ学年に王子がいるのもあって、同級生の女子たちは、授業そっちのけである。
後にヒロインを虐める筆頭の侯爵令嬢も王子に夢中だ。
すっごいな、みんな目がハートだ。
更にすごいのが、王子が慣れてることだ、この意味不明な状況にだ。
この美貌でずっと生きてきてるんだから、見られまくることにも慣れてるんだなぁ。
私はと言うと、王子に恋に落ちることもなく、他の攻略対象に憧れることすらなく、日々ランニングと料理作りに邁進している。
なんか若干、ボディビルダーの気持ちが分かるというか、なんていうの、筋肉は裏切らない的な。
一ヶ月も経った頃、代謝が上がってきて、大分ただのぷよんぷよんしていた身体に節が出てくるようになった。
よーしよしよし!
体重も50キロ台まで下がってきたよ!
Lesson2 筋肉は裏切らない
*****
王子たちイケメンに恋に落ちない理由が分かった気がする。
確かに目の覚めるようなイケメンなのだ、みんな。
笑顔なんか本当に眩しくて思わず目を背ける程だ。うす汚れた私には眩しすぎるよ、ママン。
でもいかんせん、若すぎるのだ!
なんかめっちゃ可愛い弟を見てるような気分にしかならない。
前世で、テレビに映るジャニー⚫️を見て、可愛いなぁ、って思っていた、あの感覚を思い出した。
そう、可愛いとしか思えないのだ。
前世の私は30ちょい過ぎだった訳だから、その私がきゅんときちゃうのって、この世界のどの世代になんの?
それってこっちの世界で結婚適齢期過ぎてない?やばくない?!
そんなうっすらとした恐怖を抱えていた頃、皇都出身の外国語教師の授業が始まった。
ディンブーラ皇国の言語だ。貴族として諸外国の貴族とも交流を持つ為、外国語は重要で、その中でも共通語になっているディンブーラ皇国語は必須科目だ。
突如結婚で離職した教師に代わり、皇国から来た後任教師、キース・レンブラントを見た瞬間、ずきゅんときた。
長身、黒髪、整った鼻筋、知性を感じる目。低い声。
ちょっとちょっと!!どストライクですよ!?
えええ、ちょっとこちらでは年齢差とかどうなってるのかしら?!
っていうかその前に痩せないと!
エマに聞かないといけないわ!
「適齢期はございますが、年齢差はございません。例えば身分がおありの方であれば、ご不幸などで伴侶をなくされた場合に、お若い方を後添えになさることも普通にありますので。」
なるほどね?!
でもそれ、なんか後添えとかじゃないと難しそうなパターンに聞こえるんだけど、気のせいかしら?!
あああ、でもとにもかくにもよ、女性として見てもらわなくてはいけないわけよ。
以前よりも力が入るようになったランニング中。
あいもかわらず、年齢にしては恐ろしい体重を抱えながら森の中を走っていたところ、突然目の前に何かが飛び出してきた。
「!!!」
「うわっ!」
声にならない叫びをあげてなんとか立ち止まった私の前に、少年が黒猫を抱えていた。
ボサボサに伸びた黒髪に、うちの制服、ぐるぐるの厚底眼鏡をかけて目なんか見えやしない色白な顔。
猫を抱きかかえて怯えるようにこっちを見ている。
「びっくりしたわ。」
私の言葉に、少年は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!あ、慌ててて…。」
「大丈夫。それより、どうしたの?」
「この猫を拾ったんだけど、すごい弱ってて…だから部屋に連れて帰ってごはんをあげようと思って…。」
少年の腕の中には、真っ黒い子猫がきょとんとした顔をしていた。
にゃうーと鳴き声をあげる。んまっ、可愛い!
これは確かに放っておけない可愛さだ。
「ねぇ、一生飼えるの?」
「え?」
「その子は生きているのよ。今、可哀想だからって手を出して、あなたは一生その子の面倒を見れるの?」
そこまで考えていなかったのだろう。少年は即答しなかった。
どうすればいいのか分からないようで、腕の中の子猫を見つめている。
うん、こりゃ駄目だ。
少年の腕からひょいと猫を取り上げる。
「えっ?!あの?!」
「私が面倒を見るわ。制服、汚れてるから着替えたほうがいいわよ?」
そう言って私は寮に向かって走り出した。
子猫をお風呂に入れてごはんをあげて、もし動物病院なんてものがこの世にあるなら、そこにエマに連れて行ってもらわないといけない。
エマは大の猫好きだったようで、侍女という立場だから猫を飼うことも出来ず泣く泣く諦めていたようだ。そこへ私が子猫を連れ帰ったものだから大興奮である。
お嬢様、ぐっじょぶです、に近い褒め言葉をちょうだいした。
「名前を考えなくてはね。」
後日、図書室で本を読んでいたところ、酷く怯えた少年に声をかけられた。
「…あの、猫は…元気ですか…?」
「えぇ、元気よ。」
何をするにも全方位に対して怯えているように見えるこの少年が、わざわざ私に話しかけるなんて、よっぽど猫が気になるのだろう。
「よかった…。」
少年はほっと息を吐いて、左胸に右手を添えるようにしてお辞儀をした。
「僕の名前はルシアン・アルトです。」
ルシアン・アルト。アルト、ということはアルト侯爵家の子息だろう。いいお家柄だわー。
名門も名門で、宰相を排出する頭脳派の家柄だ。
「ミチル・レイ・アレクサンドリアと申します。」
貴族の礼に倣って私もスカートを持ち上げ、膝をおるように軽くかがみ、頭を下げる。
「アルト侯爵家の方とは知らず、ご無礼を致しました。お許し下さいませ。」
ルシアンは首を激しく横にぶるぶると振ると、どうか普通に話して欲しいと何度も言ってきた。
あまりのその必死さに、こちらも根負けしてしまった。
ルシアンと呼んで下さい、と言われた。いきなりファーストネームで呼べだなんて、このおぼっちゃんは距離感がよく分からないわ?!
「では、私のこともミチルとお呼び下さいね。」
それにしても…ルシアンだなんて…。
「あの、ルシアン様、実は子猫の名前、シアンというのです。あまりにもキレイな青い目をしていたものだから…。ごめんなさい。」
エマと一緒に考えた子猫の名前は、シアン。青いキレイな瞳の目からとって、シアン。
それがまさか拾った本人と同じような名前だなんて。
「い、いえ…大丈夫です…。」
大きすぎる眼鏡の所為で顔は見えないけれど、耳が赤いので、恥ずかしがっているのだろう。
まさか自分の名前が一文字違いとはいえ、猫につけられるなんて思わないよなぁ…。ごめんねー。
「病気も特にないみたいで、よく食べてよく寝ています。」
ルシアンは嬉しそうに笑った。たぶん。目が見えないから、たぶん。
これを機に、私とルシアンは顔見知りになった。
ルシアンと私は学年こそ同じだが、クラスが違う為、接点はない。
婚約者でもない男女が二人でいるのはよろしくないとされる文化な為、廊下ですれ違うことはあっても、見かけたからと言って声をかけられるような、そんな甘酸っぱい関係になることも、友情を育むこともなかったのである。
とはいえ、たまにルシアンが、猫が好きそうなおもちゃを買ってきてくれたのを、図書室であった時にくれたりした。
そんな秘密?の交友関係を半年ぐらい続けていただろうか。
今日も図書室でルシアンとシアンの話で盛り上がっていた。
「まぁ、シアンが喜びますわ。最近とてもわんぱくになって、なんにでも飛びつくのよ。」
そんな話をしていた時、図書室に集団が近づく音が聞こえてきた。
私とルシアンはそっと離れ、別々の所で本を読み始めた。
婚約者でもない男女が二人でいるのはよろしくない(以下略)。
ドアが開き、王子と側近、それから王子のおっかけたちで図書室がとても騒がしくなった。
せっかくルシアンとシアンの話をしていたのに。
「ミチル嬢、ここにいたか。」
王子の側近のジェラルド・ハーネストがそう言って私に近づいてきた。
ジェラルドのおっかけたちがジェラルドの背後から、般若の顔でこっちを見てる…!
赤の入った茶色の髪がふわっとしている。風もないのに髪がふわっとしてる美少年 ジェラルド・ハーネスト。代々騎士団長を排出する武家の名門で、ジェラルド自身もその柔らかな見た目に反して剣の腕は確かと言われている。
そんな、騎士様が私に何の用だというのだろう?
ジェラルドは手に持っていたものをくれた。
「先日、うちの侍女から、ミチル嬢が子猫を飼い始めたと聞いたから、これを。」
ネズミのカタチをした麻縄のぬいぐるみだ。
「まぁ…!ありがとうございます!」
「じゃあ、またな。読書の邪魔をして申し訳なかった。」
嵐のように来て、嵐のように去って行った。
しかも用があったのジェラルドだったし。何故王子が付いて来ていたのかは不明だが、公私を越えて仲がいいと聞いたことがあるから、付き合ってきたのかも知れない。
少しして、ルシアンがまた近づいて来た。
「ミチル様は、あの方たちのこと、気になりますか?」
「あの方たち?」
誰のことだ?
ルシアンの顔を見ても、分厚い眼鏡が邪魔して全然表情がわからん。唯一の手掛かりの口は直線で、さっぱり分からん。
でも、まぁ、話の流れ的にさっきの一団のことだろう。
「殿下たちのことですか?」
こくん、とルシアンは頷く。
「気になるかどうかで言ったら気になりませんね。」
私の答えにルシアンはちょっと驚いていた。驚いた口の形になってた。
あの人たちを気にして私が痩せるのなら、いくらでも気にしようではないか。
そんなのある訳もない、リアルジャ⚫️ーズって感じにしか思えん。
「あんなに凄い人たちで、容姿も優れているし…女性なら…憧れるのかと…。」
精神年齢と近ければ憧れの対象として見れたのかも知れないけど…さすがに…。
ないわぁ…。
「確かにステキな方たちですけれど、だからと言って好意を持つかと言うと、それはまた別の話なのではないかしら。」
「そういうもの…ですか…?」
好き嫌いは理想とは関係ないからなぁ。気づいたらいいなって思ってた、とか鉄板だしなぁ。
「他の女性陣がどうなのかは分かりませんけれど…ルシアン様は随分気になるみたいですね?」
私の質問に、ルシアンは俯いた。直球だったみたいだ。すまん。
「…僕はあの人たちみたいに…見た目もよくないし…運動も駄目だし…もっと…しっかりしなくてはいけないのに…。」
随分と自己評価が低い。
ルシアンの素顔は分からないけれど、黒髪で(ポイント高いわー)、何しろ眼鏡がでか過ぎて鼻筋もちょっとしか分からないけど通ってると思うし、肌もすべすべに見えるし、猫背だけど、なんか小動物っぽくて可愛いと思うんだよね。
「先日のテストでも、ルシアン様はトップだったではありませんか。それにきっとルシアン様のような可愛らしい方がお好きだという方も、世の中には多くいると思いますわよ。」
めっちゃ褒めたつもりだったけど、このぐらいの年齢の人に”可愛い”は禁句だったみたいで、激しく打ちひしがれていた。
「ルシアン様ってもしかして…。」
ルシアンが慌てたように、あの、その、えっと、と口ごもってるのを遮って問う。
ものすっごい慌ててる。
「どなたか思う方がいらっしゃるのですか?」
途端にルシアンの白い顔と耳が真っ赤になった。
おお!図星!
なるほどねー。だからさっきあんな歯に衣着せるような言い方をしていたのねー。
一般的な女性の好み聞くなんて、そんなの気になる人がいるってことだよね。
「ルシアン様の片思いが通じるといいですね!」
「あ…はい…。」
ルシアンは壁に手をついて俯いてる。どうしたんだろう。そんなに難易度高い人が好きなのか?
悪役令嬢の侯爵令嬢じゃあるまいな?
はぁ、と深いため息を吐くと、ルシアンはこちらに向き直った。お、復活したか? なんか疲れた顔してるような気もしなくもない。
「僕のことはまぁいいとして…ミチル様はどんな人が理想なのですか?」
「私ですか…?」
改めてそう言われると、難しいな…?ゲームキャラではなく、リアルにだよね?
それはつまり、キース・レンブラントその人ですよ!
「うーん…頭の良い人…ですね。背が高くて、ステキな声で、黒髪で…!」
言ってる途中で興奮してる自分に気が付いた。
「何を言わせるのですか、ルシアン様。つい色々と口走ってしまいましたわ。」
「まるで、レンブラント先生のようですね。」
「!」
ルシアンの指摘に顔が赤くなったのが分かった。何で分かったし!
「え? もしかして、ミチル様は、レンブラント先生を…?」
あわわわわわわ。
ちょっ、嫌、あの…!
何と反応していいのか分からず、あわあわしている私に、ルシアンが言った。
「レンブラント先生は来月、婚約者とご結婚されますよ?」
目の前が、真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます