四者四様

四者四様

■ 場所：市立病院、一般病棟７階、個室にて

「どうぞどうぞ、お座りください。こんな病室じゃなんのお構いもできませんが、そこにあるもので良ければ好きに食ってください。

　ええ、そうです。差し入れですよ。え？　そうですねえ、９対１ですね。ははは、そりゃ、９が女性ですよ。女性からのがやっぱ多いですね。

　ありがたい話ですよこんなツラになっても、ファンでいてくれるんですから。

　そうですねえ、縫いましたねえ。スパイクでもろに顔面ですからね。奥歯が無事だったのが不幸中の幸いですよ。シュート撃てませんからね。

　え？　恨んでるかって？　ははは、聞かれると思ってましたよ。そうですねえ、いやー、不思議とね、ないんですよ。恨みもつらみもね。

　遊び過ぎたツケが回ってきたのかなあ、とか、プロ入り２年目で代表に選ばれたのを当然と吹聴して回った報いかもな、とか……なんか、こう……因果応報なんだろうな、って、そんな感じで、自分の中でストンって納得しちゃってんですよ。不思議ですよね？　自分でも不思議ですよ。

　え？　そうですねえ、なんか世間じゃみんな色々言ってますね。女をとられたんじゃないか、とか、代表落選したのを俺のせいだと逆恨みしてたんじゃないか、とか……ホント好き勝手言われてますけどね、ぶっちゃけ故意じゃないですよ、あれ。

　ははは、まさか。本人がそう言ってるからじゃあないですよ。

　目が合ったんです。

　踏まれる直前に一瞬ですがね。それで見えたんです。

　怯えが。

　いや、分かりますよ。

　命の取り合いとはさすがに言いませんけどね、人生賭けた真剣勝負してる相手の目ですよ。それを肩がぶつかり合う距離で見てきてんですよ？

　表情はね、取り繕えると思うんですよ。でも、目はとっさに嘘をつけない。そう思うんですよね。役者さんたちだってよく言うじゃないですか。気持ちを作るとか、役に入るとか……だから作る時間とか入る時間とか、そういう前準備ってんですかね。要するんじゃないですか、演技のプロでもね。

　ましてや素人、とっさには無理なんじゃないですかね、やっぱり。

　ええ、さみしいですね。シーズン中ですし、誰も来ませんね。いや、誰もは言い過ぎかな。でもさみしいですね。家族とかいたら違うんですかね。

　ははは、こんなんなって初めて思うんですよ。子供がいてもいいかな、なんてね。プレイボーイ気取るのもそろそろ潮時かな、とか、身を固めてもいいかな、とかね。はい、初めてですよ。前は全然思わなかったなあ。

　ありがとうございました。ああ、はい、あとで送ってください。見ます。それよりどうですか、どれか持ってきませんか。ははは、まさか。復帰するつもりですからね。こんな甘い物ばかり食べてられませんよ。お好きにどうぞ」

■ 場所：市内某所

「あんたか。意外だよ。正直来ないかと思ってた。おっと、約束だ。ふところを確認させてくれ。そうだよ。録音は無しだ。

　あ？　おいおい、安心しろよ、刺したりしねえよ。ほら、スパイクも履いてねえだろ？

　……冗談だよ。笑うところだぜ。

　おいおい、まさか本当に何も持ってねえのか。逆に意外だよ。ああ？　大丈夫だ、紙とペンは構わない。約束だからな。

　で、何から聞きたい。

　あ？　後悔？　どっちのだ。顔面をぐしゃぐしゃにしてやったことか。それとも引退したことか。ああ、そっちか。してねえよ。死んでたら分かんねえけどな。生きてんだろ。

　会ってきたのか。そうか。いや、聞きたくねえな。別に。

　なんで踏んだのかって？　いや、なんつうんだろうな。ふと気づいちまったっていうか……このままこのムカつく顔に足を思い切り落としてもいいんだなってよ。そうか、出来るんだな、って気づいちまったんだな。

　あるだろ、そういうの。駅のホームから線路に下りるなんてできるわけねえ、って思うだろ。でも出来るんだよ。落ちて怪我する高さでもなんでもないんだ。日常ととんでもなくかけ離れて見えて、実はほんの薄い紙みたいな距離でしかねえんだ。

　それを踏み抜いちまったんだな……つい。

　目が合ったかって？　合った。一瞬だな。何しろスパイクが上に乗るまでの一瞬だ。

　意外だったなあ。恐怖に歪んだ顔みたいなんを想像してたんだ。でも、違ったんだよ。びっくりしてた。最後の最後まで、拍子抜けしてたような顔で、ただただ。

　怯え？　いや、無かった。だから、こう、驚いたような……なんだって？　俺が？　へえ、あいつがそう言ってたのか。はっ、良く見てやがんなあ、あいつ。

　そりゃまあな。ヤバい、って思ったからな。

　ちげえよ。

　あ、こりゃやめらんねえんじゃねえか、って思った。

　いや、だから言ってんだろ。後悔じゃねえんだって……ただ、なんつうんだろうな……またやっちまうかもしれないのだけが怖い。もう次はダメだろうからな。謝罪した、引退した。それでまあギリギリ逃げ切った。同じ手は使えねえ。でもあの感触も快感も換えが効かねえことが分かっちまった。

　あ？　おいおい、安心しろよ。別に今やろうってんじゃねえよ。スパイク履いてねえって言ってんだろ。

　今はな」

■ 場所：住宅街、関係者宅にて

「まあ、おあがりください。

　お前、こちらは記者の方だ。ああ、そうだな。久しぶりだな。とりあえず茶をいれてくれ。

　ええ、高校で監督をしていた頃は、よくうちにも記者が来てたんですが、最近はめっきりね。

　あれは見えて意外とミーハーでしてね。当時からずっとアイドルの追っかけもしてて、うちに来る記者に逆に質問しては困らせてました。うちに来るのなんてスポーツ担当なのにね。誰と誰が交際してるかどうかなんて知るはずもない。

　今も熱心にコンサート行ったりしてるみたいですが、なんでも応援しているアイドルが最近体調を崩して休養してるらしくてね。知ってますか？　ははあ、やっぱり。有名人なんですね。寡聞にして存じ上げませんが。

　家内も心配してますよね。イベントやコンサートも中止になってるみたいで……おかげで、と言っていいのか分かりませんが、あいつも家にいる時間が増えて、お茶もいれてもらえるようになりましたがね。

　喜んじゃいけないですね。

　ああ、すいません、話がそれました。お座りください。

　しかし、よく私の住所が分かりましたね。もう長いこと現場も離れてましてね、あまり教えてないんですよ。

　蛇の道は蛇ってやつですか。

　あいつの話ですか。

　やっぱりね。ここを突き止めたあなただ。もう知ってるんでしょうし、誤魔化しても無駄でしょう。

　ええ、来ましたよ。大体、最後は私のところですね。決断するときも、諦めるときも。

　泣いてました。

　え？　いや、私ではないですよ。あいつがです。

　怖いと言ってました。

　今回だけなら謝罪と引退で逃げ切れる。だけど次は？　その次は？　いつかすぐ終わりが来る。行き止まりが見える。

　横領とか、不正受給とか、何十回もやってる人たちが捕まって、よくニュースになるじゃないですか。

　あれ、なんでバレるか知ってますか？

　簡単な話ですよ。バレるまで続けるからです。１００回やってバレなきゃ１０１回目もやるんです。止まれない。止まる理由がない。そういうものです。それが普通です。

　ただね、１回目から２回目のハードルだけは非常に高いんです。その怖さを知っていれば、次のハードルだけは越えずに済むんじゃないか。

　私はそう伝えました。

　先のことは誰にも分かりませんが、私はやり直せるんじゃないかって思ってますよ」

■ 場所：某芸能プロダクション、会議室にて

「大体２割から３割は別に理由なくても流れるらしいね。所詮は確率なんだってさ。

　え？　だから流産の話。だからさ、分かんないんだよね、結局んところさ。あの人に蹴られたせいかどうかなんて。

　でもさ、あいつは信じちゃったわけ。話したら、そのせいに違いないって。

　まあ、それでつい私も乗っちゃってさ、でしょー、ひどいよねー、って。

　ちょっと痛い目みせてくれたら結婚してもいいよ、って言ってやったら、それも信じちゃってさ。

　ふふ。馬鹿だよねえ。

　ちょっと失礼かもだけど、あの頭じゃそりゃスポーツくらいでしか食ってけないなあ、って思っちゃった。あ、でも引退したんだっけ。やめてどうすんだろ。最近はコンビニも覚えること多いって言うし、馬鹿には無理だよねえ。工事現場とかで働くのかなあ。

　ああ、でね。

　結婚してもいいって言ったらさ、なんて言われたと思う？　ふふ、犯罪者となんか一緒になっちゃいけない、って言われたの。お前はアイドルなんだから汚れちゃいけないんだってさ。

　気持ち悪いよねえ。アイドルはトイレ行かないとか思ってそう。あたしだって人間だってばさ。出すもんは出すしさ。

　あ、ねえ、出すって言えばさ、流産って手術すんだよ、知ってた？　出すの。ダメになっちゃった子。見させられたんだけど、全然分かんないね。2ヶ月じゃねえ。赤ちゃんって感じじゃないよね。

　うん、今は術後安静。あと１週間くらいかなあ。根回しの時間とかも必要なんだってさ。全部みんなに任せてるけどね。ちょっと暇。

　なに？　ファンが待ってるって？　おばあさん！？　ホント？

　ふふ、嬉しいなあ。え？　そりゃ嬉しいよ。みんなに愛されてこそアイドルでしょ。同性相手に売れたらホンモノだと思うんだ。へー。嬉しい。頑張らないとなあ。

　たださー、ちょっと思うんだよね。いや、ファンの話じゃなくてね。なんで顔だったんだろってさ。

　いや、だから、足じゃなくてさ。なんで顔だったんだろうって。

　だって足のがダメージあると思わない？　結局はさ、サッカー選手として終わらせるつもりはなかったのかなあ、って思っちゃうんだよね。同じサッカー選手としてさ。

　ちょっと残念かなあ。だってあの人、顔が治ったらまたサッカーするんでしょ。

　稼ぐんだろうなあ……あーあ、あんなキレなきゃ良かった。子供程度でさ。失敗したかなあ……復帰できないといいのに、とか考えちゃうね。我ながらひどいけどさ。

　ん？　　別に書いていいよ。好きにすれば？　どうせ載らないよ。言ってんじゃん、みんな根回してくれてるってさ。無駄足だったね。ふふ。ご愁傷様」