第53話 再会

 ナミがユイルの背中を見つめていると、彼はゆっくりと振り向きブルーの瞳を彼女に向けた。昔と変わらず透き通るような肌に、均整の取れた綺麗な顔立ちをしている。

 彼は目を細めて笑うと、懐かしそうに彼女の名を呼んだ。

「ナミ」

 ナミはそれだけで涙腺が緩みそうになった。

 そして色々な言葉が溢れて来そうになる。

 ――何でルピアに行ってしまったの?

 ――どうしてすぐに結婚してしまったの?

 ――何故会いに来てくれなかったの?

 ――ユイカをどうして私の部屋の前に置き去りにしたの?

 しかし、彼女の口から出たのはたった一言だった。

「ユイル……」

 すると、ユイルはゆっくりとナミに近づいて言った。

「ごめん、巻き込んじゃって。色々ありがとう」

 ナミは俯いた。

「……聞きたいことが、沢山ある」

「そうだよね」

「答えて、くれるでしょう?」

「うん」

 そして彼女はドアを大きく開くと、部屋に入るように促した。

「ユイカが、待ってる」

「いいの?」

「ここにきて、入らないとか無しよ」

 するとユイルは、ふっと笑い「そんなことはしないよ」と言って、戸惑うことなく部屋の中に入っていった。

 ナミはドアを閉め鍵をかけると、ドアノブをぎゅっと握った。そうしないと、涙が零れそうだった。

 涙を流さないのは、泣いてしまうと聞きたいことを聞けないまま終わってしまような気がしたからである。

(絶対に、聞きたいこと全てに答えてもらう)

 ナミは深呼吸をすると、顔を引き締めてユイルがいる部屋に向かった。


 部屋に入ったユイルは、興味深そうに周囲を見回していた。

 白を基調とした壁紙は、所々にエンボス加工された小さな花柄が見える。カーテンは空色のシンプルなデザイン。左の奥には、人の胸のあたりまでの高さのある棚があり、小物や雑貨が細々と置かれている。そしてその手前には、席が二つだけのダイニングテーブル。

 右を向けば、仕切り戸で区切ることが出来る別の部屋があり、壁に際にベッドが見えた。ベッドの上にはくちゃくちゃになったタオルケットが置いてあり、誰かがここで眠っていたという生活感がある。ベッドの傍には窓があり、こちらは紺色のカーテンがひかれていた。また、こちらの部屋には、クローゼットに入らない服がハンガーラックに剥き出しの状態で置かれていた。

「ユイカなら、クローゼットの中」

 ナミはそう言うと、ユイルの脇を通り抜けて僅かに開いたクローゼットを全開にする。すると、その中には小さく縮まっていたユイカがナミを見上げていた。

「かくれんぼ、終わり?」

 ユイカが尋ねたので、ナミは頷いた。

「うん、終わったよ。一人でよく頑張ったね」

 ナミが両腕を広げて、彼が出てくるのを促すと、ユイカは少し恥ずかしそうにしながらも、クローゼットから出てその腕の中に飛び込んだ。

「あ」

 その時、ユイカはよく知った人物がナミの部屋にいることに気が付いた。そして、嬉しそうな声を上げる。

「お父さん!」

「ユイカ」

 ユイカはナミの腕から離れ、父親の元へ掛けていく。二人は、久しぶりの再会を抱きしめ合って喜んだ。

(よかった)

 ナミはその様子を見ながら、嬉しくなったことに安堵する。

 短い間に色々なことがあった。他人の子供の命を預かることがこんなに大変なことだと初めて知った。ユイルが子供を勝手に押し付けてきたことに腹を立てたこともあったが、ナミはユイルのことが好きであり、ユイカのことも大切に思えていた。その気持ちに気づけたことにほっとしたのである。

(親子、なんだなあ)

 二人は親子とはっきりと分かるほどよく似ていた。

 ユイカは母親の何を譲り受けたのだろう。それが何だか分からないくらいに、ユイルにそっくりだった。

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