第42話 高校生

 高校生だったナミは、ユイルといるときはよくここに来て勉強していた。

 彼とはその時でさえ、幼馴染であり友達の関係。確かに友達以上ではあったけれど、「恋人未満」という言い方もしっくりくるものではなかった。

(あの時は、ユイルが荒れていた時期だった。ほとんど話してはくれなかったけれど、おじさんと口論になるので家に帰りたくないとだけ言っていたっけ)

 ユイルは幼いころ、とても素直でいい子だった。親のいう事もよく聞いていたし、勉強もしっかりしていたから成績も良かった。

 それなのに、高等教育学校(高校)に行ってから、交わる友達のせいなのか少しずつ変わっていった。それも悪い方に。彼はよく喧嘩をするようになって、綺麗な顔には傷が絶えなくなっていた。

 しかし、学校でのユイルの女子人気は凄まじいもので、毎日のように下駄箱にファンレターが入っていたし、贈り物もあった。

 それもそのはずで、顔立ちは端正でクールな表情、まるでモデルのような出で立ち。喧嘩が強いくせに、成績はいつも学年の中で十位以内に入れるほどの秀才だった。これでは女の子たちが、放って置くわけがない。

 ナミはこんなユイカが好きではなかったが、彼を追いかけていた女の子たちは、自分たちに愛想を振りまくことをせず、一匹狼のように振舞っている所がかっこいいと思っていたのかもしれない。また色々な違反をしているにも関わらず秀才、という相反するものがあることも、惹きつけられる理由かもしれなかった。 

 一方でナミは、ユイルとの距離がどんどん遠ざかっていくのを感じていた。学校は同じなのに、二人がそこで話す時間はほとんどなかった。それはクラスが違っていたせいもあるが、そっけない挨拶は交わせども他愛のない会話をすることはなく、ナミはユイルの中で自分の存在は消えたに等しいと思っていた。

 そう思っていた、高校二年生の秋のことだ。

 彼は帰り道、ナミを待ち伏せていた。彼女が毎日通る道で、友達と別れ一人になる場所を知っていて、そこで待っていたのである。

「ナミ」

 ナミはその声に驚いて、ぱっと振り返る。

 そこには、ユイルがコンクリート塀に背を預けて立っており、まるで相手の出方を伺う獣のように、こちらをじっと見ていた。

 彼の髪はとても短くて、目つきは昔とは全く違って鋭かった。その上、右側の眉毛を横断するように絆創膏が張ってあり、見目はいかにも喧嘩ばかりしている不良少年である。

 ナミは彼から久しく名を呼ばれていなかったために、驚いて硬直したままだった。そんな彼女に、ユイルはゆっくりと歩いて傍に寄った。

 ――いつの間にこんなに背が高くなったんだろう。中学生の時は、そんなに差はなかったはずなのに。

 彼女はそんなことを思って、ユイルを見上げた。

「……」

「どうして黙っているの?」

 ユイルは急に寂しそうな表情を浮かべる。こんな顔を見たのも久しかった。

「……だって、驚いたんだもん」

「それだけ?」

 彼はそう聞くが、ナミの「驚いた」の中には色々な感情が含まれていた。「どうしてここにいるのか」「何故私を待ち伏せしていたのか」「何で声を掛けたのか」色々である。

 しかし、それを事細かに聞いてはいけない気がして、彼女はただ頷いた。

「うん、それだけだよ」

 ユイルは「そう」と呟くと、ナミの手を取った。そしてゆっくりと尋ねる。

「ねえ、今から時間あるよね?」

「時間?」

「そう、時間」

 ナミはじっとユイルの顔を見つめた。彼の表情はいつの間にか、学校にいるときのクールなものではなく、幼いころのように何かを楽しみにしているようなものに変わっていた。

 それを見て、彼女は少しだけ微笑む。

「あるよ」

 すると、ユイカは小さく笑った。

「じゃあ、行きたいところがあるから、一緒に行こう」

「いいよ」

 そう言うと、ユイカはナミの手を引いて歩き出す。ナミは彼の手の温かさを感じていた。それと同時に、硬くて乾燥しているのも感じた。昔の彼の手とは似ても似つかない。

「……」

 この手を離してはいけない。

 掴んだままにしなければ――……。

 ナミは、手を引かれながらそんなことを考えているのだった。

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