第27話 目覚め

「……おとう、さん……」

 ユイカはそう呟くと、そっと目を開いた。

 白い天井が目に入る。そしてそこに這わせたレールから、クリーム色のカーテンが垂れ下がっておりユイルを囲っていた。よく見ると、自分はベッドの上にいて柔らかな布団の中に入っている。

(ここ、どこだろう……)

 だが、クリーム色のカーテンに囲まれたこの場所では、判断できるものは何もなかった。

「……お父さん?」

 試しに父を呼んでみる。だが返事はない。

「……お母さん?」

 同じように母を呼んでみるが、返事はなかった。

(探さなくちゃ……)

 ユイカはそう思った。傍にいないのなら、探しに行かなくては、と。

 彼は高さのあるベッドから降りると、カーテンの外に出る。すると、自分が寝ていたところと同じようなベッドが幾つか並んでいる。だが、ユイカ以外に寝ている人はおらず、がらんとしていた。

「誰もいないの……?」

 ふと右側を見ると、そこには窓があった。

 ユイカはその窓から入って来る光に引きつられ、そちらの方へ歩んでみる。しかし自分の身長よりも高い位置にあるため、外の風景を見ることはできなかった。

「……」

 仕方ないので、ユイカは部屋の中にあるベッドの周りを探すことにした。もしかしたら父と母は「隠れんぼ」をしているのかもしれない。そう思ったのである。

 ユイカは一つ一つ、ベッドの周りを捜索した。布団の中やベッドの下、束になったカーテンの中。とにかく探せるところは全て探してみた。だが、見つからない。父と母はここにはいない。

「……」

 その途端、急に孤独感が彼の中で押し寄せてきた。悲しみと寂しさが入り混じり、今にも泣き出したくなる。だが、その一方で「ちゃんとしなくちゃいけない」という気持ちがユイカの心の奥にあって、それが孤独な気持ちと葛藤する。

(泣いちゃダメだ……泣いたらダメ……)

 それにしても、父と母は何故自分の傍にいないのだろう。

 二人は、自分のことが嫌いになったのだろうか。それとも意地悪をしたくなったのだろうか。いい子にしていないから、お仕置きをしようとしているのだろうか。ユイカは思いつく限りの理由を探した。

 だが、その理由が思いつくたびに、ユイカは苛立ちを感じた。

 嫌いになったのなら、どうして好かれるように振舞えなかったのだろうか。

 意地悪をされたのだとしたら、どうしてそうならないようにできなかったのだろうか。

 お仕置きをされているのだとしたら、もっといい子になればよかったのに。

 どれも、不甲斐ない自分に対する怒りだった。

 そしてユイカはどうしたらいいのか分からなかった。この怒りを物に八つ当たりすればいいのか、悲しみを涙にすればいいのか分からなかったのである。何しろ、自分の心をさらけ出すと、母がカンカンに怒るからだ。

「だい……じょうぶ……。ぼくは、泣かないよ……」

 「理不尽」という言葉など知らぬユイカは、ただ自分の感情を押し殺すしかそこにいる方法がなかったのである。

 するとその時だった。

 パタ……、パタ……、パタ……、と窓がある方とは反対側の、廊下の方からスリッパの音が聞こえた。焦る様子もなく、テンポよく近づいて来る足音にユイカがぱっと振り向くと、ちょうどそこを通りがかった、頭が鳥の巣のようになっている男の人が現れた。

「あっ……」

 ユイカは目をまん丸くして、その男を見上げる。男はと言うと、ユイカの姿を見るなり、嬉しそうに笑った。

「おおっ!自分で起きれたのかい?よかった、よかった!」

 そして、ユイカに近づきしゃがんで視線を同じにすると、顔色を伺う。

「うん、血色もいいし、体調は良くなったんじゃないかな」

「……」

 すると、ユイカは青い目を瞬かせた。

「どうした?」

「あの、ぼくのお父さんとお母さんはどこですか?」

「え?」

「どこにもいないんですけど、どうしてですか?」

 その質問に、男は笑みをそっと消した。

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