第7話 ユイルという幼馴染

 ナミは二週間、幼馴染のユイルを探してみたが、ついに見つからなかった。

 手がかりのない彼を探すのは、ナミにとって容易なことではなく、時には危険なこともあった。

 それは、ユイルがいるかもしれないと思い、ある空き家に入ったときである。誰もいないと思ったその時、背後から物音がすると思って振り返ると、小汚い浮浪者が立っていた。そうやらその空き家に住んでいたようで、その者の足元には、僅かなごみが散らかっていた。そして、女と思われたその浮浪者は、ナミに食べ物を寄越せとせがんできたのである。

 ナミは自分を虚ろな目で見る彼女を恐ろしく思い、近づいて服を掴もうとする彼女を振り払うと、小銭だけが入った財布の中身をその場にぶちまけて、一心不乱に逃げ出した。念のため、警察には届けたが、どうなったかは分からない。

 その様な危険なこともあったが、ナミはこの日、目星をつけていた全ての公園と空き家を調べ終え、夕方に「セレ・ドヴァイア・ミカラスカ」へ戻ってきていた。

「……疲れた。……眠い」

 休日も使い、毎日のように彼を探し続けて疲れ果てていた。それでも、彼を探したかったのは、一瞬でもいいからユイルを見たかったからである。

「ユイル……どこにいるの?」

 ナミはいつものように、腰を下ろすと膝を抱え顔を埋めた。


 ナミにとって、ユイルは特別な存在だった。

 彼は彼女にとって幼馴染であり、そのころから続く片想いの相手である。

 レモンの色よりも淡い色をした、ウェーブのかかった髪に、透き通るような白い肌。その中に光る宝石のようなブルーの瞳。それだけで、ナミにとって特別だった。

 ユイルとナミが幼馴染であったのは、母親同士が仲の良い友人であったからである。生まれたときから傍にいて、母親がお互いを訪問するたびに一緒に遊んでいた。そして年齢が上がって学校へ行くことになっても、二人の関係はあまり変わらなかった。確かに、ユイルは男の子で、ナミは女の子なので、学校の中で関わったりすることは少なくなったが、その外に出ればいつもと変わらなかった。寧ろ、お互いの秘密をより共有するようになった。それ故に、ナミは物理的な距離は離れたとしても、心はより近づいていると思っていた。

 しかし、ユイルは成長するにつれて、色々なことが変わっていった。「ユイルは、素直で優しい子」というナミのイメージを打ち消すように、彼は非行に走るようになったのである。

 そして、ユイルとナミが十八歳を迎えた年のこと。

 ユイルは、高等教育学校(高校)を卒業すると同時に家を出て、何故か『ルピア』の街に行ってしまったのである。彼は家族にも詳しい事情は言わなかったようで、置手紙に「ルピアに行きます。暫く戻りません。探さないで」と書いて出て行ったようであった。家族はその置手紙通り、彼を探さなかった。いや、父親に探す気がなかったせいで、探さそうとはしなかったのである。このころの彼は随分と周りに迷惑を掛けていたので、勘当同然だったのかもしれなかった。


 そしてナミが十九歳の誕生日を迎えた年、前触れもなく家族の元に手紙が届いた。いや、手紙と言えるかも疑問である。何故なら、たった二言しか書いなかったのだ。


――結婚した。子供が生まれた。


 それだけである。


 その話は、母親を経由してナミの耳にもすぐに入った。彼女はその話を聞いて、がっかりとも悲しいともいえる気持ちになった。ナミは彼のことが好きだった。だが、彼はナミではない別の女性と結婚し、子供をなした。ナミは彼に好きである気持ちを伝えぬまま、心の中でひっそりと恋を終わらせ、そして今まであった「期待」も失った。


 ナミは心の中で、期待していた。

「彼はきっと『ルピア』から戻って、『シュキラ』に残した自分と結婚してくれるはずだ」、と。どんなに非行に走ろうと、いつか自分の元に帰って来てくれると思っていたのだ。

 ナミは彼と結婚した後のことを想像した。彼のキスはどんなものだろうか。彼と一緒のベッドに寝るのはどんな感じなのだろう。朝ご飯はきっと彼の好きなものを毎日一生懸命作るに違いない。子供はさぞかし彼に似て美しいに決まっている。

 そんな、幸せで美しい家庭をナミは想像した。

 だから、自分が今惨めであっても、きっと未来はナミが理想とするものが待っている。そう思ったからこそ、彼と同じ高等教育学校(高校)を卒業し、針子として毎日深夜まで働き詰めでも頑張れた。彼がいつか『シュキラ』に戻ったら、私はきっと幸せになれる、と。

 だが、現実はそうではなかった。

 ナミは、彼からの手紙の内容を知ってから、体調を崩した。連日の無理な労働が原因であることは明白だった。ナミは「これ以上は無理だ」と思い、針子の仕事を辞めたのである。

 療養している最中に、現在の『スイピー』のお店で働き手を探していたことを知り、そこで働くことにした。彼がいなくなってしまった今、とりあえず無理に働かなくて済むところなら正直どこでも良かった。だが、思ったよりも居心地がよく、いつの間にか6年の歳月が過ぎていた。

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