第2話 苦手な話

「ナミ、休憩入りなよ」

 そう言ったのは、掃除用品兼雑貨を売っている店、「スイピー」の女店主、ララである。

「ありがとうございます。でも、今日届いた品物を棚にしまっちゃいます」

 ナミは開けたばかりの段ボールから、石鹸を棚に移し替えながら言った。ララは小さな店の中に所狭しと並んでいる品物を眺め、店の角に置いてある小物に目を止める。ララはその中のブレスレットを手に取り、手の中で弄んだ。

「……」

 ブレスレットは、薄い水色の透明なガラス球と無色で同じく透明なガラス球を交互に組み込んだ単純なものである。だが、そのガラス玉がとても小さいため、光に当たるたびにキラキラと優しく光る。これはナミが作ったもので、価格も安いことから若い女の子に人気の品物なのだ。

「……」

 ララはそのブレスレットを大切そうに触りながら、元の場所に戻すと、ナミがいる棚の方へ顔を出した。

「私、代ろうか?」

 そう声を掛けられ、ナミはしゃがんだ状態から見上げる形で左に振り向いた。すると、油っ気のない長い髪を後ろで一つに結わえ、バンダナを掛けた姿のララが目に入る。

「いえ、開けたばっかりですから、やっておきます」

「そう?」

「はい」

 すると、ララは腕組みをし、傍にある棚にほっそりとした体の体重を預けるとナミをじっと見ていた。ナミは暫く石鹸を丁寧に棚にしまっていたが、視線に気が付きもう一度ララの方を向く。

「ララさん」

「ん?」

「あの、ララさんが、休憩したかったらしてもいいんですよ?」

 ララは虚を突かれたようで、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔が浮かんだ。

「私は大丈夫。休める時に休んでいるから、気にしないで」

「そうですか?」

「そう」

「……じゃあ、何か他に用事でも?」

 すると、ララが「はあ」とため息をついた。

「いや、どうしてあんたみたいないい子に、浮ついた話がないのかが分からなくてね。それを考えていたのさ」

 再びため息をつくララの傍で、ナミは作業に戻り石鹸を棚に入れていく。ララがナミの良縁について心配するのは今に始まったことではない。それにナミが25歳の誕生日を迎えた先月から、1週間に1度、ララが思い出した時に話されることなのだ。

 ナミは、また始まったなあ、という軽い気持ちで答えた。

「私はいい子じゃないです」

「いい子だよ」

「でも、ララさん。いい子だからといって、結婚できるわけじゃないですよ」

「また、言ってる」

「ララさんだって、この話何度目ですか」

「私は心配して言ってんの。25にもなる娘が、どうして恋愛とか、結婚とか考えないのよ。お見合いとかは?いい人いるかもしれないじゃない」

 ナミは、ははっと笑った。そして心の中こう思った。

(結婚ができるのは、ララさんのように、綺麗な人なんですよ)

 ララはきりりとした顔だちで、年も40も過ぎて既婚者だと言っても、彼女と話をする男たちは楽しそうである。しかも、彼女はスタイルがいい。ほっそりとした体つきなのに、胸が大きいのだ。

 それに比べて、ナミは20も過ぎたと言うのに、未だに子供のような体格をしている。体全体がふっくらしていて、胸がない。それに顔立ちも童顔で、はっきりとしていないため、かわいいとか綺麗だとかいう言葉には無縁だった。

「いないですよ。それに、お見合いした人と結婚して、一緒に生活するっていう想像ができないですから」 

 ララはため息をついた。

「そんなはっきりと断言しなくても、会ってみなくちゃ分からないじゃない。そりゃあ、お見合いをする人全員と気が合うわけじゃないけどさ。その中に、自分と会う人っているかもしれないでしょう。それに結婚って、お互い好きだからするのよ?お見合いで出会った人だったとしても、好きになれば結婚するのよ?」

 ナミは苦笑いをしながら、首を傾げた。

「お見合いの人を好きにですか?私はならないと思いますよ」

 ナミが最後の石鹸を棚にしまおうとすると、ララはいつも聞く定型文を言い放った。

「じゃあ、好きな人でもいるの?」

 ナミは一瞬手を止めたが、すぐに動かして石鹸を棚にしまう。空になった段ボールを壊し、ララに笑って言った。

「いるわけないじゃないですか」 

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