第4話

 青年は怠惰な慣性に従ってテレビ局に保護された。

 虚ろな目が少し色をおびたのは、青年の好きなパスタが食卓に出されたときであった。

 久しぶりに生を噛み締めて、青年は食べた。そんな青年に、周りはそわそわとせわしない。

 特番枠を組んだ演出をいそげ

 これはスクープだいち早く放送するぞ

 政府の反応を誰か探っておけこの人の家族や友人についても調べてこいよ

 騒音のような怒鳴り声の数々に疲労の色をみせた青年のことを、テレビ局はいたわらなかった。

 苦虫を噛んだような顔をして、執拗にあの日のことを喋らそうとする。

 青年は怒りを感じた。

 久しぶりに持った、人らしい感情だった。


 しかしその人らしさもすぐに消えた。

 青年の元妻と子がテレビ局の手配で連れてこられていた。

 彼には一度も見せたことがないきらびやかなドレスを纏い、ヒーローの家族として丁重に扱われていた。

 青年が呆けた顔で見ていると、元妻は気まずそうに目をそらした。

 妻と子はよく喋った。虚実織りまぜて、まるでオペラの歌手のようにヒーローの葛藤と苦しみを説明した。

 番組は始まりかけていた。

 青年の担当を任された哀れな男は、なにも秘話を引き出せなかったことを偉い人に散々絞られ、とにかく青年になにも言わせないようにせよ、と命じられた。

 偉い人は番組の責任者であり、経験も豊富であるから、元妻の証言が芝居がかっていることには気づいていた。しかし、それ故に、カメラの前では芝居の方がより現実的に見えることもよくわかっていた。

 変にあやつに語らせるな。奥さんとの矛盾が出たらマズイ。

 責任者の怒号が聞こえた。

 青年はまた、人であることをやめた。


 その日のうちに青年は政府批判派の強烈な錦の御旗として担ぎ上げられた。

 専ら顔だけが流布したが、話をするのは主に元妻だった。

 借金の連帯保証人の名義だけが一人歩きしている感覚である。

 青年に課せられたのは、妻がばらまいたイメージを忠実に再現するパペットとしての役割だった。悲劇のピエロとしての演技だった。


 あの日から三年が経った。

 政府との裁判は圧勝であり、唯一の生存者たる青年には莫大な見舞金が支払われた。

 その直後から、青年に付き従っていた人々の態度が豹変した。

 善意だけで裁判を闘った人でさえ、仕事もせずに三年間走り回っていたら少しくらい報酬は欲しいものである。ましてや善意だけの人間などこの世にはいない。たとい善意だけだったとしても、政府の圧力に屈した会社から解雇され、家族からは暇人扱いを受け、その寂しさはもはや金でしか補うことは叶わなかった。

 莫大な見舞金が、盛られた砂糖に群がる蟻のような亡者によって、消えた。

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