魔法オタクなウィルデリア

子鹿音沙

第1話魔法オタクなウィルデリア

 ウィルデリア・ロウフィール。

 サラサラの長い栗毛に緑色の瞳の美しき令嬢である。

 本を読むその姿さえ絵になる美少女だ。

 ただ、その本が怪しげなオカルト本でなければと友人、サリア・アリサは思う。


「なあ、ウィルデリア。

 頼むから昼食の時ぐらい、その怪しげな本を読むのをやめてくれないか?」


 金髪の男装の麗人はそう言った。


「サリアはわたくしの唯一の楽しみを奪うのですか?」


 ウィルデリアは本から目を離さずにそう言った。


「サンドウィッチが不味くなる。

 それと人と話す時は人の目を見て話せ!」


「だってやっと手に入れた貴重な文献ですもの、お食事なんてしてる場合じゃありませんわ。フフフッ」


 ようやくこちらを見た友人の顔はだらしなく歪んでいた。

 美人も台無しだとサリアは思った。

 と同時にイラッとした。


「だったら食事に誘うな!

 飯が不味くなるだろう?」

「わたくしは、いつも一人ぼっちのサリアを気にかけて、お誘いしましたのに。」


 サリアの堪忍袋の尾が切れた。


(なんだこの変人め、いつもウィルデリアのほうがぼっちなのに。)


 サリアはウィルデリアのおでこに強烈なデコピンを一発お見舞いした。


 するとおでこを押さえたウィルデリアは奇声をあげた。


「タケメェェエエッ!!」

「タケメ⁈」


 なにそれ状態のサリアは奇声をあげた後、微動だにしないウィルデリアを凝視した。


 しばらくして涙目のウィルデリアと目があったサリア。


「悪かった!大丈夫か?」


 コクリッと頷き、「ありがとう。」


「はあっ?」

「ありがとう。サリア、貴女のお陰よ。」


 何かを悟りきった友人の表情に、最早ついて行けないサリア。


「こうしてはいられないわ。

 …この本、貴女に差し上げますわ。」


 サリアは胸に押し込まれたオカルト本は後で迷わず捨てるとして、友人の変わり様にただぼうぜんとその背中を見つめるしかなかった。

 夕方、学園の図書館で地図とにらめっこをするウィルデリアを見かけたが、声もかけずにサリアは学園から帰って行った。




 ウィルデリア・ロウフィール。

 ロウフィール侯爵家の一人娘である。

 母親を早くに亡くし、その寂しさからかお伽話に出てくる魔法に心酔して育ってきた令嬢である。


 父親のニコル・ロウフィールはそんな娘に甘く、娘が望めば魔法に関するオカルト的な品々を買い与え、甘やかし育てた。

 16歳になった彼女はまさに立派な魔法オタクになってしまった。


 このエジェカ学園に通って早四年、変わり者の彼女は孤立していた。

 ある日彼女は唯一の友人を得る事になった。

 それがアリサ公爵家のサリア・アリサ。

 男勝りだが生真面目な性格で、ドレス嫌い、ゆえに男装をしている少女。


 幼い頃、女装したオカマだとからかわれてそれがトラウマになった彼女は、それ以来ドレスを着るのを拒んでいる。


 そんな友人にウィルデリアは地味に痛いデコピンをされた瞬間、自分の前世が太古の昔に栄えた和島国にある、鈴乃の国の城主が妻の一人、桜島チヨの記憶が蘇った。


 桜島チヨの記憶が一気に頭の中に流れ込み、その中でも大事な大事な娘、竹女。

 そしてリンノの魔女と呼ばれていた自分。

 ウィルデリアは自分のやるべき事を悟った。



「わたくしは鈴乃の魔女、桜島チヨ。」


 真夜中、学園の寮の部屋を訪ねて、ウィルデリアはそう言った。


 部屋の主サリアは。


「さっきは本当に悪かった。

 いろんな意味で医者に診てもらったほうがいい。」

「サリア、わたくしはいたって大丈夫ですわ。」


 真剣な顔で訴えてくる友人にサリアは、ため息ついた。


「わかった、話しだけでも聞こう。」


 ウィルデリアは薔薇の様な笑顔を咲かせて説明した。


 デコピンの影響で前世を思い出した事。

 自分が鈴乃の国を治める殿様の側室の一人で、魔女であった事。


「そして不治の病を患う娘がいるって事

 ね。」

「ええ、娘の名前は竹女よ。」

「ウィルデリア、やっぱり医者に頭を診てもらったほうがいい。」


「信じられないかもしれないけれど。

 事実ですわ。」

「魔法魔法ばかり考えてるから頭がおかしくなったんじゃないのか?

 なんなんだ、その妄想は。」

「ではどうしたら信じてもらえるの?」


 サリアはしばらく考えて言った。


「魔女というのだから、魔法が使えるはずだ、何かやってみせてくれないか?」

「残念ながらそれは無理だわ、今のわたくしでは魔法は使えないみたい。

 魔女は前世のわたくしの方ですもの。」

「それじゃ、信じられないなあ。

 他になにか信じられる証拠が欲しい。」


 いくら友人とはいえ無理な妄想に付き合えないのだ。

 しかもこんな真夜中の時間帯にだ。


「一つだけあるわ。」

「それはなんだ?」


 差し出したその手には一粒の丸い物体。


「かつてスライムと呼ばれていたものですわ。」

「!!」

「たまたま学園で発見しましたわ。」

「あのお伽話のスライムがたまたま見つかるものか!?」


 手の平の上にあるスライムはピクピクと動き、ウィルデリアはスライムを握り潰すとその物体は液体のように飛び散った。

 数秒後に液体がひと塊りに集まり、再び丸い

 物体になっていた。



 驚愕のサリアはウィルデリアとスライムを見比べ、何も言えなかった。


「これも桜島チヨの記憶ですが、魔法使いが魔法を使うと魔力に反応してごく稀にスライムが誕生する事がありますわ。

 何故学園にスライムがいるのかわかりません。

 今のわたくしがお出し出来るただ一つの証拠ですわ。」


 絶句するサリアは、まだ信じられなかった。あまりにも真剣な眼差しと目の前のスライムとでサリアは折れた。



「わかった。

 ウィルデリアを、桜島チヨを信じるよ。」


「信じていただいて、ありがとうございます。」


 ウィルデリアは深々く頭を下げて続けた。


「サリア・アリサ公爵令嬢。

 どうか娘を助けて下さい。」


 それを聞いたサリアは、16歳の美少女が言うにはシュールな言葉だなと違う事を考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る