第7話「メイドの務め」

 先に洞窟の奥へと行った時、シェスカの前に一人の大男が現れた。いや、待っていたというべきだろうか。その男の周囲では、火炙りとなってしまっている者が項垂れている。

 その様子を見たシェスカは、目を細めながら男に問い掛けるのであった。


 「随分とお元気そうですね。お仲間でも盾にしましたか?」

 「ほぉ、察しが良いな。その通りだ。こいつらには盾になってもらったのさ。魔法障壁も展開していたが、それでは足りないと思ったからなぁ」

 「魔法障壁の上から、肉壁として彼らを利用しましたか。下衆な事を致しますね?」

 「部下は駒に過ぎないからなぁ。頭領である存在が生きていれば、出来る事は山ほどあるからなぁ。貴族も同じ事をしてるだろう?国王が生きていれば、戦場で死んだ奴はどうでも良いってなぁ。クククク」


 大男は笑みを浮かべながらそう言うと、シェスカは嫌悪感の混ざった視線を男へと向ける。その視線を向けられた瞬間、男は目を細めてシェスカを見据える。だがその視線は、まるでシェスカよりも奥を見据えているようにシェスカは感じた。

 男にバレないように背後を見るシェスカの視界には、壁の向こう側からこちらを覗くリーサの姿があった。だが角度的に言えば、男からは見える事は無い場所から覗いている。

 見られていない以上、リーサの存在に気付く事は無いはずだと思うシェスカだったが、男は指を差しながら言うのであった。


 「――お前がさっきの魔法をやったのか?それともそっちに居る奴がやったのか?どっちだ」

 「……何を言っているのですか?ここには私と貴方しか居ませんが」

 「しらばっくれても無駄だ。騙せると思っているのか知らねぇが、盗賊を舐めないでもらおうか。他の奴らはともかく、この俺様の目を騙す事は出来ねぇぞ」

 「……」


 男の言動を聞いた瞬間、シェスカはもう隠し通せるとは思えない。そう思ったシェスカは、リーサの存在を隠すかどうかの視線を背後に送る。だがリーサと視線が重なった時、シェスカは口角を上げて男に言った。


 「――貴方が何を言おうとしているのか分かりませんが、私以外にここには誰も居ませんよ。貴方の目の前に居る私が、その証明ですよ?」

 「……」

 「それか貴方は、他に誰かが居なければ……私のような女に勝てる自信が無いのでしょうか?」

 「ハッ、言うじゃねぇか。隠す意味が分からねぇが、そういう事にしといてやる。挑発に乗ってやるとしよう。俺様も暇じゃねぇからなぁ」


 男はシェスカを見据えたまま、上から下へと視線を動かす。そのままニヤリと笑みを浮かべて、いやらしい目付きで言うのだった。


 「……姉ちゃん、良く見りゃ良い顔立ちをしてるじゃねぇか。そこら辺に転がってる人身売買で高く売れそうだなぁ」

 「人を見掛けて判断してはいけません。と幼い頃に教わりませんでしたか?」

 「照れんなって……上玉なのは本当なんだからよっ!」


 男はそう言いながら、思い切りに拾い上げた斧を振るった。その行動を見切っていたシェスカは、何食わぬ顔を浮かべたまま回避する。そんなシェスカの行動が気に入ったのか、再び不適な笑みを浮かべて言うのである。


 「ほぉ、良い動きをするなぁ」

 「貴方のような方に褒められても嬉しくありませんね」

 「決めた。多少の傷を付けた後、俺様がたっぷりと可愛がってやる!夜通しなぶってやるよ」

 

 そんな男の言葉を聞いた瞬間、シェスカは冷たい眼差しを向けて口を開いた。


 「ご遠慮願いたいですね。そんなに遊びたいのなら、今すぐにでも遊んで差し上げましょう。――光の精霊よ、我が敵の闇を貫け!ホーリーランスッ!!」

 

 黄色く輝いた魔法陣を展開したシェスカの手元から、光で生成された槍が出現した。その槍を掴み取ったシェスカは、有無を言わさずに男目掛けて突進した。確実な直撃コースだと思ったリーサだったが、砂煙が舞う中でシェスカは目を見開いた。


 「……っ!?」

 「その程度か?あぁ?」

 「(防がれた?いや、ただ魔力障壁で防がれたなら分かる。だけどこれはっ?)」


 シェスカは目を疑った。何故なら、視界に広がっている景色には、男の手が光の槍を素手で掴み取っているという状態だ。それを見たシェスカは、目を疑いながら魔法をキャンセルして距離を作った。


 「っ……貴方、拒絶魔法使い《マジックキャンセラー》なのですね」

 

 拒絶魔法使い《マジックキャンセラー》とは、防御系の魔法に特定の魔法を付与した魔法で、相手の魔法を相殺する事の出来る魔法使いの事である。

 それを理解したシェスカは、魔法陣の展開を取り止め、メイド服の下から短剣を二本取り出して構えを取った。

 

 「ここまでやっても、姉ちゃんが踏ん張るのか?魔法が効かない以上、姉ちゃんが戦う意味は無いと思うんだけどなぁ」

 「……そんな事は関係無いですね」

 「……んあ?」

 「何故なら……――」


 シェスカは短剣を構えながら、男を見据えて言った。


 「――主人の身を守るのは、メイドの務めです。私はシェスカ・ブラウ。アルテミス家に仕えるメイド長をしている者です。特技は、この二振りの短剣で敵を甚振る事です」

 「……面白い。来いよ。そして俺様を楽しませてみせろ」

 「では、お言葉に甘えて……」


 そう言いながらシェスカは、壁から覗き込むリーサに視線を送る。言葉を紡ぐつもりは無くとも、シェスカは頭の中でリーサへと告げる。構えを取り、一点突破の意志を見せながら言うのである。


 ……シェスカ、参ります。と――

 

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