68、安心できるもの
「うん、美味しい」
食卓に並べられた数々の料理の中から、早速ハンバーグを一口食べる。
ジュワリと口いっぱいに広がる脂の旨味にソースが絡みついて凄く美味しい。
結構肉厚だけれど中までしっかり火が通っている。
ボクがやると、たぶん生焼けになりそうだ。
逸る気持ちでご飯をかき込む。
ハンバーグとご飯ってどうしてこんなに合うんだろう……。
味噌汁を飲んでほっと一息ついていると、揚羽がにまにまとボクを見ていた。
「な、なに」
「ううん、な~んでも~」
ご機嫌な揚羽と話しながら食べ進める。
……なんというか、こうしてダイニングで二人きりで揚羽の作った料理を食べていると、その、少しむずむずする。
「なんだかあたしたち、夫婦みたいじゃない?」
そんなボクの内心を見透かしたかのように、にんまりと口角を上げて揚羽がボクを見つめてくる。
「そ、そうだね」
曖昧に答えながらご飯をかき込むのを装ってお茶碗で顔を隠す。
たぶん、顔を見られたら絶対にからかわれる。
「――ご馳走様でした」
「お粗末さまでしたっ」
お腹が空いていたこともあってものの十数分で食べ終えてしまった。
ご馳走になってので片付けはボクが行う。
キッチンで食器を洗っていると揚羽がひょこりと覗き込んできた。
「ハルくんがあたしのが料理しているところを見に来た理由、少しわかった気がする」
「そう?」
「うん。なんだか落ち着かないね」
両手の指先を合わせて苦笑に近い微笑みを浮かべる揚羽にボクも苦笑いを返した。
洗い物を終えると、「それじゃ、そろそろ帰るね」と揚羽が荷物を纏めだした。
結構遅い時間になってしまっていて、外は当然真っ暗になっている。
普段のボクだったら絶対に引き留めない。
送るよ、とでも言って揚羽を家まで送ったと思う。
けれど、ボクは揚羽を引き留めることにした。
「揚羽、もう少しだけゆっくりしていかない?」
「なーに? 可愛い彼女と一緒にいたいの? さみしがり屋さんだなぁ」
そう言って揚羽は茶化しながら荷物を纏める手を止めて、リビングのソファに座った。
なんだかんだで嬉しそうにしているのは気のせいじゃないと思う。
ミルクティーを注いだマグカップを手に揚羽の隣に腰を下ろす。
「ありがと」と言ってマグカップを受け取った揚羽は一口飲むと、ふわぁと気の抜けた声を漏らす。
少しの間ほのぼのとした時間が流れる。
とはいえ、ボクは揚羽とゆっくりするために彼女を引き留めたわけじゃない。
……もちろん、この時間はこの時間で凄く楽しいけれど。
ボクが揚羽を引き留めた理由。それは、可憐から告白されたことを伝えるためだった。
もちろんボクは可憐の告白を断ったし、だったら話すこともないんじゃないかとは思う。
むしろ話すことで可憐と揚羽の関係に亀裂が走るんじゃないかという懸念もある。
けれど、黙ったままにしておくのは違うと思った。
揚羽にも伝えておかないといけないと、そう感じたんだ。
たぶん、可憐とのやり取りを明かすことで揚羽に自分には後ろめたいことがないと伝えておきたいんだろう。
自分勝手な理由だけれど、今のボクにとっては揚羽がすべてだ。
彼女に疑念をもたれるようなことはしたくない。
「……その、さ」
マグカップの底が見え始めた頃、ボクは手の中でマグカップを弄びながら切り出す。
ボクの真剣な気配を感じ取ったのか、揚羽も静かにボクに向き直った。
ひと呼吸間を置いて、ボクは話した。
「――可憐に、告白されたんだ」
「知ってるよ?」
「えっ?」
俯きがちになっていた視線を挙げると、きょとんとした表情で揚羽がボクを見ていた。
「し、知ってるって、なんで?」
「なんでって、お姉ちゃんに言われたもん。今からハルくんに告白してくるって」
「ど、どういうこと……?」
頭がこんがらがってきた。
ボクが混乱していると、揚羽は穏やかな声音で補足する。
「たぶん、あたしに言わずにハルくんに告白するのはよくないって思ったんじゃないかな?」
「……まあ、可憐ならそう思うかもしれないね」
可憐は妹想いのお姉ちゃんだ。
その姉が、妹に何も伝えずにその彼氏に告白するのは許せなかったのかもしれない。
揚羽に事前にその事実を伝えておく。
それが、可憐の中でのギリギリのところだったんだろう。
「それで、ハルくんは受けちゃったの?」
「そ、そんなわけないでしょ! ちゃんと断ったよ!」
「えへへ、わかってるよっ」
「……冗談にしても質が悪いよ」
にへらと笑う揚羽をジト目で睨む。
結局のところ、色々とボクの取り越し苦労だったんだ。
もしかしたら姉妹仲が悪くなるかもしれない、なんてのは二人に限ってあり得ない。
そういうことだ。
ボクが安堵のため息を零すと、「でも」と揚羽が唇を尖らせる。
「あたしも、別に不安がなかったわけじゃないもん。ハルくんのことは信じてたけど、だからって何も思わないわけじゃないもん」
「揚羽……」
ボクが断ると信じていても、だからといって自分の彼氏が他の人から告白されることを聞いて穏やかでいられるだろうか。
ボクが揚羽の立場だったら間違いなく落ち着かない。
……途端に、罪悪感のようなものが湧き上がる。
ボクにはどうすることもできないことだけれど、それでも申し訳ないという思う。
ボクが黙り込むと、揚羽は僅かに身を寄せてきた。
「だから、ね。あたしは今少しだけ不安になってます」
「う、うん」
「彼女としては、ハルくんから何か安心できるものが欲しかったり、するのです」
「安心できるもの……?」
何故だか顔を真っ赤にしている揚羽に問い直す。
揚羽は「ハルくんのにぶちん」と小さく零す。
それから小さくこくんと頷いて――目を瞑った。
間近で目を瞑った揚羽が、ボクを見上げてくる。
そこまでされて、ようやくボクは揚羽が何を求めているのかがわかった。
わかると同時に、心臓がどくんと跳ねる。
顔が、全身が熱くなる。
自宅の中なのに周りをキョロキョロと見回して、それからまた揚羽に視線を戻す。
震える肩。目は閉じたままだけれど、先ほどまでよりもさらにギュッと強く瞑られている。
ソファの上に載っている手も強く握られていた。
いいのか、という想いが湧き上がった。
それと同時に、大好きな女の子にここまでさせて逃げていいのかという想いが最初の想いを飲み込む。
「……っ」
震える手を揚羽の肩に載せる。
ぴくりと、揚羽が震えた。
ごくりと唾を飲み込んで、呼吸を落ち着かせ――そして。
柔らかな感触と、遅れてふわりとミルクティーの香りが漂う。
たぶん、不格好なキス。
どうすればいいのかわからなくて、唇を合わせただけのもの。
けれど、唇を通して伝わる感触と自分にすべてを委ねてくれている揚羽の表情に、ボクはこの上ない幸福感を覚える。
「――ッ、ど、どうして目、開けてるのぉ……っ」
「え、ご、ごめん!」
いつ終わればいいのかわからなくてキスを続けていると、ぱちりと揚羽が目を開けた。
ボクと目が合って、弾かれたように揚羽が離れる。
名残惜しい、と少し思った。
顔を両手で押さえ、背中をボクに向けて身悶えている揚羽を眺める。
少しして落ち着いたのか、揚羽はおずおずと肩越しにボクに視線を向けてくる。
そして、照れ笑いを浮かべた。
「えへへ、ファーストキス、貰っちゃった」
「……それ、ボクの台詞なんだけれど」
照れ隠しなのはわかっている。
わかっているから、なおさら愛おしく見える。
「……ね、今度はあたしからしていい?」
「……うん」
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