64、別れ
長かった一週間もようやく終わった。
試験終了を告げるチャイムの音に、私はほっとシャーペンを置いた。
試験から解放されて弛緩する教室の空気とは対照的に、私はぐっと気を引き締め直した。
私は今から、凄く自分勝手なことをする。
嫌われてしまうかもしれないこと。
それがわかっていてもするのは、どうしても自分を納得させたいから。
帰りのホームルームを受けながら、私はハルの方を見た。
「……っ」
私の方を見ていたハルと目が合う。
先週のことがあったから、最近頻繁に目が合うようになった。
私が笑い返すと、ハルはどこか嬉しそうに見えた。
ホームルームが終わってハルに話しかける。
いつものごく普通の会話を交えながら、切り出すタイミングを窺う。
胸の前でぐっと手に力を込めて私はなんでもないかのように気軽に誘う。
「ね、この後何か用事ある?」
「あー、ちょっと……」
私が訊ねると、ハルは気まずそうにした。
そのタイミングでポケットからスマホを取りだしたハル。
画面を見る彼の顔を見て、私は誰から連絡が来たのかすぐにわかった。
「揚羽から?」
「うん、ごめん。この後甘いものを食べに行く話があって」
「いいのいいの。彼女はちゃんと大事にしないと! ほら、行って行って」
ハルに変な気を遣わせないように彼の背中を押す。
教室を出て行くハルを笑って送り出した。
「……ふぅ」
ハルの姿が消えるまで見送ってから、力ないため息が零れ出る。
クラスの皆が教室を談笑しながら出ていく中、私は自分の席に座り直してスマホを取りだした。
ニャインを起動して、西条くんとのトーク画面を開く。
最後のメッセージは三日前のやり取り。
西条くんから「屋上に来てくれないかな。話があるんだ」と連絡が入って、私が「わかりました」と返している。
試験前の最後の授業がある日の放課後、私たちは屋上で話し合った。
◆ ◆
「すまなかった」
屋上に着くと、そこで待っていた西条くんが開口一番そう言って頭を下げてきた。
私にとっては凄く意外なことだった。
私も、西条くんも、お互いのことには踏み込まないで置こうとしていた空気があったから。
「……ハルが、何か言ったんですね」
「やっぱりわかるかい。妬けるね……本当に、妬ける」
くしゃりと笑いながら前髪をかき上げる西条くん。
今の私は、彼がどうしてこんなことをしたのか、私たちがどうしてうまくいけなかったのか、……もうわかっていた。
……全部、私が悪かったんだ。
始まりから終わりまで、全部。
「……私の方こそごめんなさい。私が身勝手だったから、西条くんを苦しめてしまって……」
それがわかっているから、私も深く頭を下げた。
少しの間沈黙が流れる。
流れて……それから、西条くんの微かな笑い声が響いた。
「西条くん……?」
訝しみながら顔を上げると、西条くんは初めて見たような笑顔だった。
心底可笑しそうにひとしきり笑った彼は、私を見て口を開く。
「彼の言う通りだったと思ってね。俺たちは話し合えばよかったんだ。なのに、変な意地と執着にしがみついて……」
言葉尻にいくほど切ない響きを孕んだ声音。
西条くんの言葉の意味がすんなりと胸の中に入ってくる。
「……本当ですね」
私も小さく笑った。
少し吹っ切れたような、そんな気持ち。
たぶん、西条くんもこんな気持ちを抱いているんだろう。
今までわからなかったお互いの気持ちが、まさかこんな時になってようやくわかるなんて。
「……俺さ、いつもグラウンドで練習してた俺を見てくれてた相沢さんのことを好きになったんだ」
「……私も、サッカー部のエースでかっこよくて一生懸命グラウンドを走り回っていた西条くんに憧れてました」
お互いの想いを赤裸々に打ち明ける。
私たちは無言で見つめ合った。
見つめ合って、そして西条くんが口を開いた。
「別れよう」
「――はい」
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