61、誰のせいでも
ボクはすべてを包み隠さず揚羽に話した。
可憐がボクのことを好きなのかもしれないということまで含めて、包み隠さずに。
揚羽はボクの話を静かに聞いていた。
表情は穏やかなまま、時折相槌を打ちながら。
すべてを話し終える頃には喉はカラカラに渇いていた。
緊張とか、そういうものではなかった。
立ち上がってキッチンへ向かい、グラスにお茶を注ぎながらリビングのソファに座ったままの揚羽に目を向ける。
「揚羽も飲む?」
「ううん。まだ残ってるから大丈夫」
そう言って、揚羽はローテーブルの上のカップを持ち上げた。
自分用のお茶を手にリビングへ戻り、揚羽の隣に腰を下ろす。
膝枕をされていた時よりは少しだけ距離をとった。
ボクが座ると、揚羽は「あはは」と困ったような、照れたような笑みを零した。
「本当は少しだけ怖かったんだぁ。ハルくんが隠してることってなんだろうって。でもなんだ、ちょっと拍子抜けしたかも」
「拍子抜け?」
「だって、お姉ちゃんがハルくんのことを好きなことぐらい、ずーっと前から知ってたもん」
「え……」
衝撃の事実を耳にする。
西条先輩の話を受けても、ボクの中で可憐がボクを好きだということには疑念があった。
だけれど、揚羽のその言葉は、まるで――。
ボクの予感を肯定するかのように、揚羽は大人びた表情で話す。
「お姉ちゃんは、ハルくんのことが好きなんだよ」
「……それって、可憐から聞いたの?」
ボクが訊ねると、揚羽は一瞬目を丸くしてから苦笑いする。
「ううん、お姉ちゃんから聞いたわけじゃないよ。でも、わかるよ。ずっと一緒にいたら。わかってなかったのはお姉ちゃんとハルくんだけ」
「…………そう、なのかな」
西条先輩のみならず揚羽にまで言われたら、それが真実だと思わずにはいられない。
そう思わせるだけの説得力が、揚羽の目にはあった。
揚羽は小さく笑ったまま、その目に複雑な何かを滲ませている。
ふと、あのクリスマスイブの日の記憶が脳裏に蘇った。
あの時、確か揚羽はこんなことを言っていたような気がする。
『相変わらず、ハルくんは鈍いんだから。まあ、お姉ちゃんもだったけど』――と。
あの時は何のことかわからなかったけれど、西条先輩と揚羽の話を聞いた今ならわかるような気がする。
ボクは可憐と揚羽の好意に、可憐は自分の好意に鈍感だったと、そういう意味だったんだろうか。
「あたし、先輩の気持ちも少しはわかるの。好きな人が自分を見てくれないのって寂しくて苦しいことだから」
「……ごめん」
「どうしてハルくんが謝るの?」
「今更ながら、ボクは揚羽に酷いことをしていたんだなって思って」
「人を好きになるってそういうことだもん。誰のせいでもないよ。……誰のせいでも」
ボクが可憐のことを好きだと自覚したのは、いつのことだったのか。
気付くと好きになっていた。
最も身近にいる女の子と、ずっと一緒にいたいと、そう思ったことがキッカケだったような気がする。
そんな彼女にも彼氏ができて、諦めるしかなくて、でも諦めきれなくて傷ついて悲しんで。
それは、ボクに限った話ではないんだ。
ボクも可憐も西条先輩も揚羽も、みんながみんな、人を好きになって、色々なことを抱えて生きていく。
時には幸せな思い出を、時には辛い思い出を抱えて。
「……ね、ハルくん。もし、お姉ちゃんが」
「揚羽」
少しだけ震える声で何かを訊ねようとしてきた揚羽。
それが何か、ボクは瞬時にわかった。
彼女がその先を言わないように、口を挟む。
そうして、ボクは真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
「ボクは揚羽が好きだよ。この世界の誰よりも、大好きだ」
「……知ってるもん、ハルくんはあたしに夢中だもんね」
「そうだね」
胸を張ってどや顔を浮かべる揚羽に苦笑いしながら頷き返す。
その後すぐに顔を背けた揚羽が目尻に僅かに涙を滲ませていたことを、ボクは気付かなかったことにした。
いつの間にかソファで眠ってしまった揚羽に毛布をかけてから、ぼんやりと考える。
ボクは怒りに身を任せて、西条先輩から背を向けた。
可憐には自分の口から伝えろと、そう言い残して。
それが正しいことなのかはわからない。
けれど、今日ボクたちが僕たちの想いを話し合えたように、二人もそうできるはずだと思いたくなった。
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